第20話 信じられない事実

「兄さん……それ、本気で言ってんの?」


「本気だ。本来、首魁であるお前も殺さねばならないところだが、それは俺が約束を取り付けた。今すぐ平和的に降伏するのであれば、お前の命だけは助けてくれる」


「……いや、そういう意味じゃなくてさぁ」


 意味が分からない。

 僕の部下である魔物たちを皆殺しにして、この街を開け渡せば、僕の命だけは助けてくれるってさ。

 それ、圧倒的に強い立場にある奴が言う台詞だよ。

 僕の国と帝国に、それほどの差は感じないんだけど。


「皇帝に、伝えてくれる?」


「む?」


「おたくの領民を皆殺しにして、全部の街を僕たちに明け渡すのなら、皇帝の命だけは助けてやる、って」


「……」


「兄さんが僕に言ってるのは、そういうことだよ。頷けるわけがないだろ」


 僕は一応、王様だ。グランディザイアという国の王だ。

 そんな条件、受け入れられるはずがないだろう。そのくらい、分からないものかな。


「ならば――」


「実力行使でどうにかできる……そう思ってる?」


 心の中で、準備しておいてスキルを念じる。

 それはスキル――『魔物呼び寄せ』。任意の魔物を一匹、自分の近くに呼び出すというスキルだ。

 対象は、パピーである。


――魔物呼び寄せ。


 真横の空間が歪むような感覚と共に、そこから巨大なドラゴンが姿を現す。

 ま、この街では大分威厳の方がなくなっちゃってるけど、それでも一応ドラゴンのパピーだ。

 見た目での示威行動にはなってくれるだろう。


「くぁ……む、む? なんだ、何故我がここにいる? 良さそうな木を見つけたから昼寝をしていたはずなのだが。む、小僧、また我を呼んだのか。また我の鱗を奪うつもりか!?」


「黙れパピー」


 僕は今、ちょっと真剣なんだよ。

 レイ兄さん、そして後ろにいる騎士たちが、突然現れたパピーに驚いたように身じろぎした。


「ドラゴンっ……!」


「くっ……!」


 レイ兄さんと一緒に来ていた九人の騎士が、僅かに退くと共に腰へと手を伸ばす。

 一応、逃げずに戦うつもりらしい。


「お前たち、落ち着け。抜剣は許可していない」


「は、はっ……!」


「んで、もう一度聞くけど」


 そんな僕の言葉は、最後通牒のように聞こえたかもしれない。

 血の繋がった身内でも、さすがに仲間を殺せと言われて頷けやしないよ。

 だから極めて魔王らしく、僕は不敵な笑みを浮かべて、兄さんへもう一度告げた。


「実力行使でどうにかできる……本気で、そう思ってる?」


 だったら、それが間違いだって分からせてやろう。

 たかが十騎で、僕をどうにかできるとか。

 そんなわけがないって、思い知らせてやろうじゃないか。


「ふむ……ドラゴンを呼び出すとはな。それで、そのドラゴンに俺たちを殺せと命令するつもりか、ノア」


「……」


 レイ兄さんの言葉に、沈黙で返す。

 既に兄さんと、交渉の余地はない。兄さんは僕の部下たちを殺せと、そう言ったのだ。

 そんな言葉に従えるほど、僕と僕の部下たちは弱くない。


「兄さん」


「何だ」


「兄さんは僕の敵……そう考えて、いいんだね?」


「……」


「《解析アナライズ》」


 答えを待たずに、そう力ある言葉を呟く。

 範囲は、僕の視界にいる全て――兄さんと、兄さんに従う九人の騎士全てだ。

 彼らの情報が、半透明の文字列となって僕の目の前に現れる。



 名前:レイ・ホワイトフィールド

 職業:騎士レベル28

 スキル

 剣技レベル28

 体術レベル20

 盾防御レベル15

 馬術レベル10



 別段、強くはない。

 むしろ、この街にいる魔物の平均レベルよりも下だ。僕が魔改造していない魔物でさえ相手にできる程度である。

 そして兄さんと一緒に視界に映った残る騎士も、ほとんどがレベル20台だ。兄さんが一番レベルが高いのは、一応上役だからだろうか。こうやって集まっていてくれると、《解析アナライズ》一回やるだけで済むから楽だ。


 端的に言おう。

 十人がかりでかかってきたところで、パピーが瞬殺できる。その程度だ。

 なんで、この程度のレベルでこれほど落ち着いていられるのだろう。パピー、一応レベル66なんだけど。


「ノア様、もうこの輩と話す必要はないと思います」


「い、いや、ジェシカ……」


 隣にいるジェシカが、《解析アナライズ》中の僕に向けてそう言ってくる。

 あ、まずい。

 ジェシカに許しもとらずに、《解析アナライズ》が――。



 名前:ジェシカ・ノースレア・オルヴァンス

 職業:詐欺師レベル8

 スキル

 舌鋒レベル8

 真実秘匿レベル8

 演者レベル5



「……え」


「どうされましたか、ノア様?」


「い、いや……?」


「……?」


 僕の視界に映ったのは、信じられないものだった。

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