第19話 騎士レイ・ホワイトフィールド

「……兄さん、何故、ここに」


「入らせてもらうぞ。別段、今日は戦いに来たわけではない。お前たちはここで待て」


 騎士――レイ兄さんが、後ろにいる部下であろう騎乗している騎士たちへとそう告げる。

 レイ兄さんと最後に会ったのは、今から七年ほど前のことだ。僕の実家、ホワイトフィールド家を継ぐのは長兄であるハル兄さんの役目であり、次男であるレイ兄さん、三男である僕は、成人すればそのまま家を出て行くのが推奨されていたのだ。

 僕より二歳年上のレイ兄さんは、十五歳になったその時に騎士団へと加入した。僕がその二年後に旅に出て以降会っていないので、丁度七年になる。

 だけれど、その兜の下にあるレイ兄さんの顔立ちは。

 幼かった頃の残滓を残しながらも、しかし鍛えられた騎士のそれになっていた。


「お待ちを」


「何だ、オルヴァンスの犬。俺は弟に用がある。お前はそこを退け」


「帝国の騎士は、どうやら礼儀を知らない様子ですね。身内であるとはいえ、そのように仰るのは礼儀がなっておりません」


「オルヴァンスの犬に払う敬意など持ち合わせていないものでな」


「くっ……どこまでも、馬鹿に……!」


 ジェシカとレイ兄さんが、そう睨み合う。

 兄さん、こんなに口悪かったっけ。そりゃ、粗暴なところはあったけど、こんなに誰にでも喧嘩を売るような人じゃなかったと思うんだけどな。

 そして、僕もジェシカをここまで馬鹿にされたら、黙ってはいられない。


「兄さん」


「どうした」


「悪いけど、ジェシカは僕の仲間だ。オルヴァンスの出自だからって馬鹿にするのはやめてくれ」


「なんだ、オルヴァンスの犬と繋がっているのか、ノア」


「……」


「早々に放せ。さもなくば、いずれ手を噛まれることになるぞ」


「…………もういい。ジェシカ、少し下がっていて。僕が相手するから」


「は、はい……」


 兄さん、そんなにもオルヴァンス王国が嫌いなのかよ。

 帝国からすればオルヴァンス王国は長年の仇敵だから、好きになれないのは分かるけどさ。

 これ以上、何を言っても無駄か。


「で、レイ兄さん。何の用?」


「ああ。六年……七年ぶりか? お前は冒険者になったと聞いていたが、随分と出世したのだな」


「ま、一応ね。この国の王様みたいな感じにはなってるよ」


「お前の天職は、『村人』だったはずだがな。一体何がどうしてそうなった」


「……まぁ、色々」


 おっと。

 そういえば僕、周りには天職『村人』だって言ってたんだった。

 いや、だってさ。『勇者』って言えないし。その場で適当に嘘吐いちゃったから、そのまま貫き通してきたんだよね。

 さすがに、家族にだって言えなかったんだよ。だから父さんや母さんも、ハル兄さんも僕の天職は『村人』だって思ってるだろう。


「単刀直入に聞くが」


「うん?」


「この街を帝国から奪ったのは、お前か?」


「そうだよ」


 あっさりと、そう答える。

 そりゃね。ここで変な嘘を吐いても仕方ない。

 具体的には僕の配下の魔物たちで脅したわけだけど、僕を中心とした集団がやった、って言われたらその通りだし。


「そうか。では、もう一つ聞こう」


「ああ」


 そんな僕の答えなど分かりきっていたように、小さくレイ兄さんが溜息を吐く。

 相変わらず高圧的だね。せめて、馬から降りてくれたらいいんだけど。

 とりあえず、心の中だけでスキルを念じる。

 対象は――まぁ、パピーでいいか。

 ミロでもいいんだけど、やっぱり見た目で一番迫力があるのはパピーだしね。


「お前が、魔王になったというのは本当か」


「……」


「帝国では散々聞こえてくるぞ、お前のことが。今代魔王ノア・ホワイトフィールド、とな」


「はー……」


 魔王ってわけじゃないんだけどなぁ。

 あくまで魔物使いなんだけど、それを説明するのも面倒だし。

 加えて、魔王扱いされてる方が色々面倒くさくないらしいし。

 あとは、魔物使いになったことも、転職の書の説明とかも色々あるから面倒だし。

 結果、僕の心の中の天秤は、面倒と面倒を秤にかけて『どっちかといえば面倒臭くない方』を選ぶ。


「まぁ、そんなところ」


「……そうか」


「それで、何の用? まさか世間話をしに来たわけじゃないんだろ」


「ああ。俺は帝国からの特使としてここにいる。俺は皇帝陛下より全権を委託されてここにいると思ってくれて構わない」


「うん」


 あ、これ面倒なやつだ。

 でも、まぁ、僕だけで判断しなきゃいけないわけじゃない。隣にはジェシカもいてくれてる。

 いざとなれば、ドレイクと魔力のパス繋げば助言もらえるし。

 大丈夫。どんな内容でも――。


「ノア。今すぐこの街を解放し、魔物たちを皆殺しにしろ。そうすれば、お前だけは助けてやる」


 でも。

 そんな兄さんの口から出てきた言葉は。

 誰に相談する必要もない、全く交渉の余地などない言葉だった。

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