第三部 魔物使い富国編

プロローグ:帝国の策謀

「……もう一度、申せ」


 ドラウコス帝国、帝都カルカーダ。

 煌びやかな装飾の施された謁見の間――そこに跪いている帝国魔術師筆頭、『七色の魔術師』シェリー・マクレーンへ向けて、当代ドラウコス帝国皇帝アレクシス・グラン=ドール・ドラウコスはそう言った。

 アレクシスは既に壮年と言って差し支えない年齢だが、しかし耳が遠くなったというわけではない。そう重ねて言ったその理由は、ただ一つ。

 あまりにも、彼女の齎した情報が、衝撃的だったからである。


「はっ……。ラファスの街が……敵の手に、落ちました」


「どういう、ことだ……」


「一万を超える魔物達が、一斉に街へと襲い掛かった模様です」


「なんと……」


 くらりと、気が遠くすらなってくる。

 ラファスの街は、決して戦略上重要な拠点というわけではない。一応はオルヴァンス王国との最前線に位置するが、リルカーラ遺跡を含めた広大な森によって国境を塞がれたそこに、かの王国から攻められた歴史などないのだ。

 時折、魔物の群れが襲ってくるという話はアレクシスの耳にも届いたことがある。だが、その全てがラファスの街を拠点とする冒険者たちによって、討伐されていたはずなのだ。

 それが、まさか魔物達の手に落ちるなんて。


「私の《千里眼リモートビュー》に映ったのは、万を越える魔物の軍勢でした。それが一斉に、ラファスの街へ進軍しておりました……」


「……あの街には、Sランク冒険者も滞在していたはずだったが」


「陛下……その、魔物を率いていた者なのですが」


「うむ」


 シェリーは冒険者であるが、その魔術師としての能力はかなり高く、帝国魔術師筆頭という立場を持つ。国内において何事もなければ冒険者として自由に過ごし、有事の際には帝国の助力となる――そんな契約を結んでいるのである。

 そして、そんなシェリーに与えられた仕事の一つとして、国内の《千里眼リモートビュー》による巡視があるのだ。

 月に一度程度、『特に何事もありません』と報告されるだけのそれだったというのに。


「ドレイクの姿が、ありました」


「――っ!?」


「ゾンビやスケルトンを率いていたドレイクを、《千里眼リモートビュー》により確認いたしました。その間、人の言葉を喋っている様子はみられておりません。死体を……そのまま、使われたのだと思われますが」


死霊術師ネクロマンサーがいるということか!」


「恐らくは……」


 ぎりっ、と歯を軋ませる。

 同じくシェリーも、辛そうに眉間に皺を寄せていた。Sランク冒険者であるシェリーは、同じくSランク冒険者だったドレイクと長くチームを組んでいたのだ。そんな仲間だったドレイクの死体をいいように使われて、良い気分になるわけがない。

 そして何より、死霊魔術ネクロマンスは忌むべきものだ。死体を己の奴隷として操るその魔術は、少なくとも国教であるミュラー教の庇護下においては全面的に禁止されているものである。死者の遺髪を持ち帰ることすら死者を傷つけ、その冒涜に繋がるとされる厳しいミュラー教だ。死体を操るなど、許される行為ではない。

 ゆえに、過去には天職の儀式において職業『死霊術師ネクロマンサー』が示されたとき、天職の儀式を行ったミュラー教の神官によってその場で処断された、という例もある。

 それだけ、死霊魔術ネクロマンスとは忌むべき代物なのである。


「そして、陛下」


「うむ……」


「そのように魔物達を率いた集団に……あの、ノア・ホワイトフィールドの姿がありました」


「――っ!」


「ノア・ホワイトフィールドが姿を現した瞬間、私の《千里眼リモートビュー》が破壊されましたので……彼がその後何をしていたのかは不明です。ただ……状況証拠として考えるならば、ノア・ホワイトフィールドがあの魔物達を率いていると考えて、間違いないかと」


「やはり、魔王か……!」


 ノア・ホワイトフィールド。

 アレクシスが今まで、何度も聞いてきた名前だ。大教皇ルークディア・ライノファルスから。そしてシェリーとランディという二人のSランク冒険者から。

 恐らく、その正体は魔王。

 かつて千年前にこの地に現れた魔王リルカーラの依り代、そうとしか考えられなかった。


「カーマイン、例の件は問題ないのだろうな」


「衰弱しておりますが、問題ありません」


「ふん……魔王に、肉親の情があるとは思えぬがな……」


「人として生きてきた記憶を持つかどうかは分かりませんが、交渉のカードくらいにはなってくれるでしょう。全く効果がないにしても、陛下への攻撃を三度防ぐだけの盾にはなります」


「ならば良いが……」


 アレクシスは魔王ノア・ホワイトフィールドの報告を受けてからすぐに、ノアの親族である父ノエル、母マリッサ、兄ハルの三人を帝都に呼び寄せ、そのまま地下牢に幽閉した。

 本当ならばすぐにでも処断するつもりだったのだが、宰相であり『ドラウコスの智』と称される男、カーマインに止められたのである。まだ利用価値があるかもしれない、と。いざというとき、肉親を殺すと脅せば魔王が止まる可能性がある、と。

 まさか、これほど早く魔王がドラウコス帝国を攻めてくるとは思っていなかったが。


「シェリー……Sランク冒険者に、近々召集をかけると伝えておけ」


「……承知いたしました」


「ならば良い。下がれ」


「は」


 シェリーがゆっくりと立ち上がり、そのまま背を向けて謁見の間を後にする。

 そして、残されたのは皇帝アレクシス、宰相カーマインの二人だけだ。アレクシスは大きく息を吐き、そのまま玉座に深く背を預ける。


「カーマイン」


「は」


「どうすれば良い。いかにすれば、かの魔王を討伐することができる」


「妙案がございます、陛下」


「言うてみよ」


『ドラウコスの智』。

 そう、カーマインが評価されているのは、内政面においても外交面においても、軍事面においても彼を超える智慧者がいないからだ。既に老齢のカーマインであるが、その実力は先代の皇帝の頃から若き宰相を務めていた、と言えば分かるだろう。

 カーマインが宰相となって、ドラウコスは過去の歴史にないほど広大な版図を得たのだから。


「騎士団を一個師団、ハイドラの関に駐屯させましょう。かつて、魔王リルカーラの進軍を抑えたとされる堅固な砦にございます」


「……だが、ハイドラの関より西の領土はどうするつもりだ」


「民へ触れを出し、移動させましょう。ハイドラの関にて、魔王を撃破するまでの間にございます。帝都の外に簡易な住居を用意して、暫くそちらで過ごさせれば良いかと」


「……だが、本当に魔王を倒すことができるのか? 勇者は、未だ見つかっていないのだぞ」


「撃破するには至らずとも、足止めは可能でしょう。ハイドラの関さえ堅固にしておけば、魔王もオルヴァンス王国も怖くはありません。騎士団に被害は少なからず出るでしょうが、その間に勇者さえ探せば良いのです」


 ハイドラの関。

 それは、ドラウコス帝国における最も堅固な関砦だ。左右を切り立った山々に囲まれたその地は、守るに易く攻めるに難い。例えドラゴンが現れたとしても、設置されている破城弩バリスタにより落とせるだろう。

 確かに、そこで防備さえ固めれば、どうにか魔王の進軍も防ぐことができるかもしれない。


「そしてもう一つ、かの魔王に肉親の情が果たして効果的であるのか……それも確認することができます」


「どういうことだ」


「一軍を率いらせて、ハイドラの関へ駐屯させましょう」


 にやり、とカーマインが笑みを浮かべる。


魔王ヤツの兄……正騎士レイ・ホワイトフィールドを」

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