第1話 落ち着いた情勢

「やー、落ち着いたねー」


「これも、ノア様のご威光の賜物にございます。魔物たちも秩序を守り、この地で暮らしております」


「いや、僕何もしてないけどね」


 統治したラファスの街の中央通り――そこを僕とドレイクは並んで歩いていた。

 僕が、というか僕の配下の魔物たちがラファスの街を占領して、一月が経った。

 最初は街の中の清掃、建物を魔物サイズに修正する作業を主に行わせていた。このあたりは、エルフの建築士であるリュートさんに大いに協力してもらってのことだ。

 で、そのまま居抜きで使えそうな家屋は使って、別の家は大きい魔物も住めるように建て直したり、そういった作業は八割がた終わった。そして魔物たちの住処として、僕の配下全員が住めるようにしたのだ。

 もっとも、まだ僕の手加減作業が終わってないから、意思を持つ魔物は全体の十分の一くらいしかいないけど。


「素晴らしいですね。魔物ばかりだというのに、戦いの一つも起こっておりません。これもノア様の敷いた、法による統治です。国とは民、領地、法の三つにより成り立つものですから」


「法っていっても、かなり適当だけどね」


「それでも法は法です。むしろ、魔物たちにしてみれば分かりやすい方が良いでしょう」


「ま、そんなものかな」


 ドレイクの言葉に、頷く。

 僕が定めた法――といっても、そんな大したものじゃない。

 そもそも魔物たちの国であるのだから、食料問題とかは全くないし、生産的行動をする必要が皆無なのだ。これから人間も一緒に住むとなると、食料の自給とか必要になってくるかもしれないけど、現状は魔物以外って、僕を含めてごく少人数しかいないんだよね。僕にアリサ、リュートさん他エルフ数名ってとこ。

 そのくらいの人数くらいなら、アリサがエルフの隠れ里から作物を持ってきてくれるから、それで賄える。加えて、この街の住居に残っていた保存食とかも割と量があったから、僕たちが飢えることはそうそうないだろう。

 ちなみに、そんな僕の定めた法は以下である。


『僕の命令がない限り、人を殺すな』。


『僕の命令がない限り、仲間を殺すな』。


『僕の命令がない限り、この街から外に出るな』。


 意思を持っている魔物ならまだしも、単純な命令にしか従わない連中に対しては、これくらいシンプルでないと伝わらないってドレイクに言われたんだよね。


「それで、ノア様。今後はどうされるおつもりですか?」


「何が?」


「このように、帝国の拠点を得ることができました。今後は、帝国を蹂躙するような形で進んでゆく方が良いかと思われます」


「いや、それは駄目って言ったでしょ。平和的にいかなきゃ」


「ですが……」


「約束しちゃったしねぇ」


「……あの女狐の言葉になど、従う必要はないと思われますが」


「それでも、僕たちの同盟国なんだから」


「……」


 ドレイクは、随分と不満そうな様子だ。

 それというのも、僕がこの街を落としてから七日目。

 突然、風のようにやってきたオルヴァンス女王――フェリアナとの会談によるものだった。











「まずは、帝国との戦いにおける橋頭堡を得たこと、祝福させていただきますわ。グランディザイアのようなお強い国と同盟国となれたこと、オルヴァンスを統べる者として嬉しく思います」


「ありがとうございます、フェリアナさん」


 フェリアナは、僕がラファスの街を落としたと聞いて、すぐにやってきたらしい。

 一応先触れの連絡はあったけれど、それも使者が「二日後、女王がこちらを訪れます」と決定事項を告げただけだった。さすがに僕も街を落としたところだったし、歓待することができない、とは言ったんだけど。

 あくまで非公式な訪問であるから、歓待する必要はないって言われたから、もうその言葉を信じて何も用意しなかった。

 そりゃ、寝泊まりできる場所くらいは用意したけど、食料とか全くなかったもんね。


「申し訳ありませんが、まだ僕もこの街について全容を把握しているわけじゃないんです。何も歓待する必要はない、って使者の方が言ってましたので、何も用意してませんけど……大丈夫ですか?」


「勿論、そのような必要はありませんわ。むしろ、わたくしからの祝いです。馬車の方に料理人と、我が国における最高級の食材を用意してまいりましたわ。よろしければ、我が国の料理人たちが厨房に入る許可をいただければと」


「あ、そうなんですか。それなら、是非。厨房も全然使ってないので、何があるのか分かりませんけど……」


「ありがとうございます。聞いたわね? 料理人たちをお呼びして。側仕えは協力して、今夜にはパーティを開けるようになさい」


「承知いたしました」


 フェリアナが後ろにいた、多分護衛の騎士だろう男性にそう言う。

 知らなかったけど、こういう場合って祝福する側が料理とか用意するんだ。てっきり、僕が用意しなきゃいけないと思っちゃったよ。

 え、どうなんだろう。実際のところ分かんない。このあたりも、後でドレイクに聞いておこう。

 ふと隣を見ると、ジェシカが軽く頭を抱えているのが目に映った。


「……あの、ノア様」


「えっ?」


 フェリアナが、側仕えの人たちにそれぞれ指示を出している。

 そんなフェリアナに聞こえないように、ジェシカが小声で僕にそう言ってきた。


「……本来、歓待すべきはこちらです。事前に仰ってくだされば、わたしの方でご用意しました。今後は、教えてください」


「え……あ、うん……ごめん……」


 やっぱり失礼だったのか。

 今回フェリアナは許してくれてるみたいだし、今後は気をつけよう。


「さて」


 そんなフェリアナが居住まいを正して、改めて僕を見る。


「ノア様の進軍があり、帝国も戦に本腰を入れるつもりになったようですわ。潜入している者からの報告によれば、国境線をハイドラの関まで下げて、それより西は領地を放棄する考えのようです」


「……ハイドラの関?」


「かつて、魔王リルカーラの進軍を止めたとされる堅固な関のことですわ。ハイドラの関より以西となると、帝国の領土の四分の一に及ぶものとなります。それだけ、帝国の国力が下がったと考えてよろしいですわ」


「そ、そうですか。まぁ、はい。良かったです」


 よく分からないけど、そう答えておく。

 一応、僕の隣にはドレイクとアンガスが控えてくれているんだけど、二人とも人間の言葉が喋れない状態だ。基本的に相手をしなければならないのは僕である。

 でも大丈夫。ちゃんとドレイクとはパスを繋いでいるから、いつでも念話ができる状態だ。

 僕に何か失言があったら、すぐに教えてくれるように言ってある。

 それより先に、ジェシカに怒られそうではあるけど。


「それにしても、驚きましたわ。ノア様」


「……何がですか?」


「いえ。そちらに控えているのは、あの『拳王』ドレイク・デスサイズに『鉄塊』アンガス・フールガーでしょう。魔物ばかりが部下だと思っていましたけれど、まさか冒険者の英雄を部下にしているとは知りませんでしたわ」


「あー……ええ、はい。まぁ、僕の仲間、ですね」


 二人とも、もう魔物になってるんだけど。

 わざわざそんなこと、教える必要はないよね。


「ええと……それで、今日はどうなされたんですか? フェリアナさんがわざわざ、ここにやってくるなんて」


「我が国との友好を改めて確認に、といったところですわ」


「あ、そうなんですか」


 そんな理由で女王自ら来るとか、随分フットワーク軽いな。

 僕の国はまだ街一つだけど、オルヴァンス王国って広いし統治とか面倒じゃないのかな。それこそ、女王様の仕事って多い気がする。

 しかし、そんな僕の言葉と共に、ジェシカが笑みを浮かべた。


「あの、ノア様」


「うん?」


「疑うは易く、信ずるは難し。古語にそうあります。ノア様は容易にできる疑りの気を持つことなく、オルヴァンス王国に信を持ってお向きくださっておられること、同郷の者として感謝いたします」


「……うん?」


 いきなりジェシカが何を言っているのか分からない。


「ですが、目的はそれだけでないと思います。それだけでこの国まで来るほど、女王という仕事は暇なものではありません。そうですよね、フェリアナ陛下」


「あらあら……ジェシカには全てお見通しというわけね」


「勿論、ノア様もその程度のことはご理解くださっております」


「……」


 ジェシカとフェリアナの会話を聞いても、特にぴんと来ない。僕、何も理解してないよジェシカ。

 ええと。

 つまりこれは、僕がフェリアナの目的を察することができなかった、ってことになるのかな。

 だって仕方ないじゃないか。分からないし。


「実を申し上げますと、ノア様に不躾なお願いを申し上げに参りましたの」


「ええと……?」


「オルヴァンスはこれを機に、帝国の領土を削ろうと思っております。具体的には、ハイドラの関より西の地を、そのまま貰い受けようと思いまして。我が国にも難民はおりますし、決して潤沢な土地があるとは言えません。そんな民草に対して、新天地である帝国の領土をそのまま与えれば、我が国の人口問題も解決いたします」


「はぁ……」


「勿論、わたくしもただ領地を貰い受けようなどと厚顔なことは申し上げませんわ。このように、容易く帝国の領土を得ることができるようになったことも、ノア様の威光あってのもの。そこで……」


 僕の理解が及ばないうちに、話が進んでる。

 どうしよう。


「オルヴァンスより民を移住させた新たな領地……その地における税収を、全てグランディザイアに提供いたしますわ」


 ……。

 …………。

 ………………うん?

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