第7話 大教皇の野望

「……どういうことさ?」


 疑問に、眉根を寄せる。

 いきなり利害が一致しているとか言われても、僕にはさっぱり分からないんだけど。

 大体、そっちの目的とか僕聞いてないし。


「何、話は簡単だ」


「だから……」


「我は、この国を簒奪する。うぬが、その一助となれ。魔物使い」


「……」


 簒奪?

 つまり、帝国をミュラー教が乗っ取ろうっての?


「帝国は、もはや長くない」


「げ、猊下、それは……」


「黙れ、マリン。我は今、客人と話をしている。貴様は口を挟むべき立場にない」


「うっ……」


 大教皇が、何か言おうとしたマリンを高圧的に止める。

 この場所は、帝都だ。ドラウコス帝国の中心であり、宮廷も存在する場所である。大教皇は、そんな帝国のど真ん中にいるというのに、あっさりと「帝国は長くない」などと言いやがった。

 ただの批判でなく、事実を淡々と語るかのように。


「帝国が長く保たないって……どういうことだ」


「言葉通りだ、魔物使い。帝国は大陸でも最も広い領土を持つ、最強の帝国であると言っていいだろう。持ち得る兵の数、生産量、国民の数……どれも、周辺諸国とは何倍も違うほどの巨大帝国だ」


「いや、だから……」


「されど、その戦火は四方に広がっている。貴様の国、グランディザイア。西方の国、オルヴァンス王国……そして北方、東方でも他国と諍いを繰り返している。その結果、繰り返す戦争に若者を奪われた農村は、生産量がさらに減少してゆくだろう。そして繰り返す戦争に莫大な軍事費を必要とし、さらに税が高騰する」


「……」


「生産量が減り、税が増える――これは、帝国の民に死ねと言っていることに等しい。今はまだ緩やかな衰退なれど、これを繰り返せば帝国は力を失う。そして力を失った帝国の代わりに、次に大陸の覇権を得ようとする諸国の戦争が幕を開けるだろう」


「……」


「我はそうなる前に、この国を救う。教義に基づき、我はここに聖ミュラー教国の建国を宣言する。貴公は、そのための一助となれ。魔物使い」


「……」


 ええと。

 それほど難しい話というわけじゃないし、僕にだって理解できる。帝国は、それだけ既に疲弊してしまっているのだ。

 疲弊しながらも、しかし周辺諸国との戦争を繰り返すために、無理をしている状態だということだ。確かにそう聞けば、大教皇が「帝国は長くない」と言ったことも理解できるというものである。

 だが。

 そのために僕に、何をしろと言うのだろう。


「猊下、そのようなお考えを……! このヘンメル、猊下の手となり足となり、全力をもってその建国を支持する考えにございます!」


「うむ。ヘンメルよ、うぬは次代の聖ミュラー教国を担う若者となるがよい」


「ありがとうございます、猊下!」


 隣でヘラヘラと笑っていた若い男が、そう大教皇へと頭を下げる。知らなかったけど、どうやらヘンメルという名前であるらしい。

 そして、大教皇が僕を見た。

 まるで、僕に決断を迫るかのように。

 もっとも、殺気も何もないそんな眼差しに、怯むような弱い心はしていないつもりだけどさ。


「んで、聞きたいんだけど」


「何だ、魔物使い」


「聖ミュラー教国ってのは、一体どんな国なわけ?」


「偉大なる聖ミュラー様の下にて、その信仰を認められし者により成り立つ国である」


「つまり、国民は全員ミュラー教の信者だってこと?」


 眉根を寄せて、そう尋ねる。

 その理論で言うなら、僕なんて完全に無宗教なんだけど。ミュラー教に限らず、神様なんて信じていないし。

 だけれど、大教皇は鷹揚に頷いた。


「帝国が滅びようとしている理由は、ただ一つ……帝国が、資本主義の国であるからだ」


「資本主義?」


「資産を持つ者が、金を持つ者が最も偉い。ゆえに、金は下層から上層へとやってくる。貧しい農民は冬を越えることもできず、貴族は彼らから徴収した金で贅沢をする。そして帝国に住まう誰もが、金だけを目的にして支配を企む」


「……」


「貧しい乳飲み子は生きることもできず、その一方で天寿を迎えそうな老人が金の力で医師に縋り付く。強い者は弱い者から奪い、弱い者はスラムの路傍で死ぬ。金がなければ生きていけないから、僅かな金を求めて貧しい者は犯罪に走る……このような国において、税を上げてみよ。それは、弱者からさらに搾り取ることに過ぎぬ」


「……」


 大教皇の言葉を、黙って聞く。

 金があるから、人は争う。金があるから、人は競う。金があるから人は優位に立ち、金があるから人を見下せる。

 強い者は弱い者から搾取し、弱い者はもっと弱い者から奪い取る。そしてもっと弱い者は金がないから死ぬしかない。

 その言葉は、確かにこの国を憂いている言葉のように聞こえるかもしれないが。


「ゆえに我は、絶対的な平等社会を作る。誰もが聖ミュラー様の名の下、飢えることもない。平等に労働を負荷し、平等に税を納付する。平等に食料を配給し、平等に医療を与える。それこそが、この世に生まれし理想郷となろう」


「……」


「そして、いつか我が国はこの大陸を聖ミュラー様の光に包もう。聖ミュラー様の下、誰もが平等であるこの国こそが、大陸の覇権をとる。さすれば、我が子らは誰一人飢えることない。貧しい思いをすることがない」


「……」


 確かに、そう聞けば理想郷だ。

 誰だって、貧しい思いなどしたくない。誰だって、飢えたくはない。

 それは確かに、思考を失った者からすれば、ただ庇護を受け続けるだけの理想郷――。


「魔物使いよ」


「ああ……」


「貴公が我に助力をするのであらば、我が国はより版図を広げることができよう。貴公の魔物たちを先鋒とし、神殿騎士たちが諸国を制圧しよう。そして新たな大地へ、聖ミュラー様の祝福を与える。さすれば、我が聖ミュラー教国は永劫の存在とならん」


「……」


 そんな大教皇の言葉に、「さすがです、猊下!」と言っているのはヘンメルただ一人であり、僕もレイ兄さんも、渋い顔をしていた。隣で立っているマリンでさえ、頭痛がするかのように頭を押さえている。

 確かに、それは理想郷なんだろう。

 お前らにとっては。


「僕はさ、正直、あまり学のある方じゃない。まぁ、ここにいるドレイクやジェシカの方が、僕よりもっと頭がいいはずなんだ」


「ノア様、そんな!」


「だから、僕の考えは間違ってるのかもしれない。だけど、話を聞いて改めて、思ったよ」


「ほう……」


「お前の国を作ることに、協力するわけにはいかない」


 ぎろり、と大教皇を睨み付ける。

 こいつは、いかにも自分が平和な国を作ってみせると言っていた。だけれど、それは真っ赤な嘘だ。

 こいつはただ、支配する者とされる者――それを、ただ入れ替えたいだけなのだから。


「平等な食料、平等な金銭、平等な労働、平等な医療……それは、いいだろう。誰も飢えない世界があるのなら、それでいい」


「ならば……」


「だったら、それを誰が管理するんだ? 誰がそれを与えるんだ?」


「……」


「お前さ、いかにも民のために考えてます、みたいな風に言うけど。お前の言葉の裏、透けて見えるようだったよ」


 こんな暴論で、僕が納得するとでも思ったのか。

 こんな最悪の建国を、僕が協力するとでも思ったのか。


「お前が、支配するんだろう」


「……」


「お前が、この国の頂点に立つ。全てを支配する。食料を与えるのも、医療を与えるのも、きつい仕事に就かせるのも、お前の思いのままに。そんな国を、僕は知ってるよ。それは……独裁国家だ」


「ふん……どうやら、貴公とは協力することができないらしい」


 はぁ、と大きく溜息を吐く。

 そもそも、こんな話で騙されるとか思ったのかよ。


「ヘンメル、あれを用意しろ」


「は、猊下」


 大教皇が、そうヘンメルへと何かを用意するよう命じる。

 それと共に、ヘンメルが大教皇の後ろにある空間へと入っていった。幕がかけられていたそこは、どうやら奥に繋がっているらしい。

 一体、何を目的に――そう思いながら、少しだけ待つと。


「お、おいっ! 何のつもりだっ!」


「いいからさっさとこっちへ来い!」


「ぐあっ!」


 その声は、聞いたことのあるもの。

 そして、僕がここまでやってきた目的――。


「おらっ!」


「ぐはっ! く、くそっ……!」


 ヘンメルに蹴り出されたのだろう、その姿は。

 まるで奴隷のような貫頭衣を身につけ、両腕を縛られ、随分とやつれて細くなった。

 僕の父――ノエル・ホワイトフィールドの姿。


「父さんっ!!」


「ノアっ!?」


「ヘンメル、用意せよ」


「は。猊下」


 ヘンメルは、流れるようにその懐から短剣を抜き。

 その切っ先を父さんの喉へとあてがった。


「父さんっ! くっ……!」


「さて、魔物使いよ。我に協力せよ。さすれば、この男の命は助けてやろう」


「お、お前っ……!」


 大教皇は、限りなく見下した目で、僕を見て。

 それから、告げた。


「返答は、すぐとは言わぬ。だが、あまり待たせるな。駒は、あと二つしかないのだからな」


「……」


 それは。

 その言葉は。

 もし今逆らった場合、父さんを殺す。

 それでも残り二人――母さんと兄さんが控えていると。


 そう僕を、脅してきた。


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