第6話 大教皇との謁見

 聖アドリアーナ大神殿。

 元々田舎領主であり、辺境伯の小間使いでしかなかったホワイトフィールド家の三男として生まれた僕は、ドラウコス帝国の首都――帝都に入ったのは初めてだった。

 だからこそ、荘厳に築かれた巨大な神殿を見て、思わず絶句してしまった。


「ここだ。降りろ」


「はー……凄い場所だね」


「随分と建築費のかかりそうな建物ですね」


「いや、初めて来た場所の感想がそれはどうなのかなジェシカ」


 確かに、建築費物凄くかかりそうだけどさ。外壁の素材、金箔とか使ってそうだし。

 こんなにも高そうな素材ばかり使っていると、盗まれそうな気がするんだけどさ。いくら帝都といっても、スラム街くらいあるだろうし。

 そんなにも、帝都って治安がいいのだろうか。


「それじゃジェシカ、ドレイク、降りるよ」


「はい、ノア様」


「は。御心のままに」


 馬車から、まず僕が先導して降りる。

 そしてやや乗り台に高さがあるため、ひょいっ、と飛び降りるような形だ。そしてジェシカの方は、ドレイクが先に降りてから手を出し、下ろしていた。ドレイクって、案外紳士なところあるのね。

 そして、神殿騎士であろう門兵が二人、守護している豪奢な扉へ。


「……」


 レイ兄さんを先頭に、僕たちが後ろをついていく。

 特に神殿騎士に対して何を言うでもなく、レイ兄さんは扉を押し開いた。兄さんの言った通り、あの馬車で来た者は何も問われることなく入ることができるらしい。

 僕たちにやや猜疑的な視線こそ向けてきたものの、特に何も動くことなく通される。

 そして、中に入るとさらに豪華な調度品の数々や、贅を凝らした壁紙、手織りであろう深紅の絨毯たちが迎えてくれた。こんなにも高そうなものに囲まれていると、なんとなく緊張してしまう。壺とか割っちゃったら、やっぱ弁償しなきゃいけないのだろうか。


「ふむ……久々に入りましたな、大神殿には」


「ドレイク、来たことあるの?」


「ああ、はい。一応、帝都を中心に活動しておりましたので。ルークディア大教皇とは、お会いしたことがありませんが」


「そうなんだ」


 残念。

 大教皇とドレイクが知り合いなら、交渉とか任せようと思っていたんだけど。


「おっと……失礼、ノア様」


「ん?」


「《人変化メタモルヒューマン》」


 ドレイクが呟くと共に、その体に一瞬だけ光が走る。

 それと共に、ドレイクが元の冒険者の体――人間へと戻った。もっとも、ドレイクやアンガスといった元人間の魔物って、《人変化メタモルヒューマン》使っても全く見た目が変わらないんだよね。

 だから、僕いつもドレイクがどっち状態なのか分からなかったりする。ジェシカなら、言葉が通じないから今魔物モードなんだなぁとか分かるらしいんだけど。

 一瞬だけ光の走ったドレイクに、レイ兄さんが奇妙な視線を向ける。でも、それ以上は何も言わない。


「ここから、上に昇る」


「大教皇、上にいるの?」


「一階は主に、信者が参拝するための場所だ。説法所や懺悔室なども設置されている。司祭よりも上の身分でなければ、二階より上には入ることができない」


「へぇ」


 レイ兄さんが示すのは、上へ続く階段。

 当然、そこも二人の神殿騎士が警備をしていたが、恐らく彼らには話が通っているのだろう。レイ兄さんの歩みも、その後ろに続く僕たちの歩みも止められない。

 かつ、かつ、と階段を昇る音だけが響く。

 もうすぐ、僕を呼びつけた大教皇とやらが迎えてくれるのだろう。ドレイクもジェシカも、どことなく強ばった顔をしている。

 階段を昇り終えて、相変わらず装飾過多な廊下を歩き、その最奥に到達する。

 そこには明らかに、存在感の異なる巨大な扉があった。


「……」


 ミュラー教のシンボルである、黄金の鳥をモチーフにした彫刻。それが大きく、左右対称に刻まれている大理石の扉だ。

 ふぅ、と小さくレイ兄さんが嘆息して、それから扉へと手をかけた。

 ぎぃっ、と軋む音を立てて、開く扉――その向こうに。


ぞ」


 まず見えたのは、三つの人影。

 向かって右に見えるのは、どこかこちらを小馬鹿にしたような笑みを浮かべて立っている、若い男である。

 そして左に見えるのは、いつだったかリルカーラ遺跡で出会った神官――マリンの姿だった。あのときと異なり、纏っているのは金の刺繍が施された白のカソックだ。僕の姿を確認したからか、はっ、と一瞬だけ目を見開く。しかし、それ以上は何も言わない。

 最後に、中央に見えるのは唯一、玉座のような椅子に座っている老齢の男。しかし妙に思えるのは、その目から下に布を下げていることだろうか。どのような表情を浮かべているのか、全く分からない。

 恐らく――この男が、大教皇ルークディア・ライノファルス。


「レイ・ホワイトフィールドでございます、大教皇猊下。ご所望であった、ノア・ホワイトフィールドを連れて参りました」


「ほう……では、その男が魔物使いノア・ホワイトフィールドか」


 レイ兄さんが跪く。

 しかし、その後ろに控える僕たちは立ったままだ。別に僕、ミュラー教の信者ってわけじゃないし。そもそも僕を呼びつけたのは大教皇であるわけだから、僕は客人だと考えていいだろう。

 そして立場が対等な客人である以上、僕に跪く理由など全くない。


「それで、何の用?」


「おい、ノア!」


「悪いけど、僕は国の代表としてここに来てる。跪くつもりはないよ」


「くく……良いだろう。多少の不敬は許す」


 大教皇の言葉に、眉を寄せる。

 不敬も何も、僕はあんたの部下でも何でもないんだけどさ。

 だけれど、ここは敵地だ。いざとなれば、この神殿全体が敵に回ると考えてもいいだろう。そうなった場合、どうにかジェシカだけは守り切ってみせよう。

 とりあえず、僕も不敵に微笑んでみせる。


「先、うぬの話を聞いていた。魔物使い」


「へぇ。何の話?」


「魔物を己の部下にできるらしいな。それで、魔物の国を作っているのだろう」


「まぁね。僕としては、魔物と人間が一緒に暮らせる国を目指しているんだけど」


「ほう……」


 これは、僕の本音だ。

 今のところは魔物の国だけど、これから人間の数を増やしていけたらいいと思っている。そして、魔物のことを良き隣人として受け止めてもらえるような国になるのが、僕の理想なのだ。


「それは、どのような国だ?」


「そこまで深くは考えてないけど。ただ、魔物は人間より力もあるし、強い。人間が魔物を怖がるんじゃなく、頼れる隣人として仲良くできるような、そんな国を目指してるよ」


「なるほど」


 僕の言葉に、少し驚いたような素振りを見せるのは、大教皇の隣に控えるマリンだった。

 逆に、逆側に控える若い男の方は、ふん、と鼻で笑っている。一体何様なんだろう、こいつ。


「であらば、我らの利害は一致している」


「へ?」


「魔物使いよ、我に力を貸せ。さすれば、うぬの望みも我が望みも叶おう」


 ……は?

 何言ってんの、こいつ。

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