第10話 エルフの隠れ里
「私は、アリサという」
女の子――アリサが、そう名乗る。
どうやらエルフの間では姓はないらしい。まぁ、人間でも姓を持つのは貴族かそれに準ずる者くらいだけれど。ちなみに平民の出で功績を上げ、貴族階級を新たに貰った場合は、皇帝から直々に姓を貰えるらしいという話は聞いたことがある。
まぁ何にせよ、ひとまずは事情を聞かないと。いきなり土下座されて助けてくれと言われても、よく分からないし。
「ええと……ノア殿、とお呼びしても?」
「あ、うん。それでいいよ」
「では、ノア殿と……恐らく察しはついているだろうが、ここはエルフの隠れ里だ。だが、今は私以外、老人と子供しかいない」
「何かあったの?」
「一年ほど前に、強力な魔物がこのあたり一帯を縄張りにしたんだ。それまでは、魔物がこの村を襲ったことはあっても、それほど大した被害は出なかった。それが一年前から、規模を拡大してきている」
「なるほど……ドラゴンが現れたってことか」
「……その通りだ」
アリサが、苦々しくそう頷いた。
話には聞いたことがある。
魔物は基本的に群れて行動する。だが、それはあくまで同種族の間だけでのことだ。
だが、レベルの高い魔物が平均してレベルの低い魔物がいる場所を縄張りとして占拠すると、種族に関係なくその魔物たちが従って一つの大きな群れを作ることがあるらしい。そして、その縄張りの中にある他の種族を、徹底的に殲滅するのだとか。その代表的な例が、空を飛んで自在に移動するドラゴンである。
運が悪かった、としか言いようがない。
ドラゴンは気紛れに移動し、縄張りを変える魔物だ。同じ事例で冒険者ギルドに依頼が出されることもあるし、同じ事例で村を捨てて逃げることになった、という話も聞いたことがある。
でも、やった。
この辺にドラゴンがいるのなら、そいつも仲間にしちゃおう。
「我々も戦ったのだが……戦士たちは、皆死んだ。今となっては、私しか生き残っていない。私と共に戦っていた最後の戦士は、つい昨日亡くなったばかりなのだ」
「……」
「だが、村を捨てるわけにはいかない。我々がこの森から出れば、すぐに盗賊や人攫いに捕まり、そのまま奴隷となる未来が訪れるだろう。エルフがどれほどの値で取引をされているか……その程度のことは知っている」
「……だろうね」
エルフは高値で売れる。その認識は間違っていない。
帝国において、人間の売買は法で禁じられている。だが、その庇護は亜人――エルフやドワーフ、獣人にまでは及ばないのだ。奴隷商人は、今日も嬉々として亜人を取引していることだろう。
そして、特にエルフは高値で売れる。見た目が尖った耳以外は人間に近く、長い寿命を持つためにいつまでも若々しく、女性は揃いも揃って美女ばかりというエルフは、特にだ。
僕もエルフは初めて見たけれど、アリサって物凄く綺麗な顔してるし。
「だからこそ、我々はこの村を捨てるわけにはいかない。人間に捕まるくらいならば、村ごと全滅した方がましだ」
「そっか……」
「あのドラゴンさえどうにか倒せば……そう考えて、何度も戦士たちで挑んだのだ。まだ若いと、私は外されたが……戦士たちは帰ってこなかった。それ以来、残った若者でどうにか襲ってくる魔物たちを撃退し続けていたが……その数も、次第に減っていった。もう、残っているのは私だけだ」
「……」
どうしよう。
ものすっごい重い。
そんな事情を聞く前は、「あ、やったーこの辺ドラゴンいるんだ仲間にしちゃえー」とかちょっとだけ考えてしまった僕を許して欲しい。だって知らなかったんだもの。
「だが……もしも貴方が魔物を自在に操ることができるのならば、あのドラゴンも、従えさせることができるのではないだろうか」
「う、うん……多分、できると思うけど」
「そうなれば、魔物の群れは自然に消滅するはずだ。この村を襲ってくる魔物の頻度も、これからは減ってゆくと思う。だからこそ……どうか、この村を、助けて欲しい」
「あ、い、いや、いいから頭上げて!」
「私は、頭を下げることしかできない。無茶を言っているのは百も承知している。だが……もしも助けてくれるのならば、金貨にして五十枚を約束する」
「ぶっ――!」
思わぬ報酬に、噴き出す。
金貨五十枚とか、破格にも程がある。冒険者ギルドに依頼したら、多くても二枚ってところだよ。
さすがに、それほどの額を貰うとか常識人の僕にはできないのだけど。
「と、とりあえず、頭を上げて欲しい。大丈夫。任せて。僕がなんとかする」
「本当か!」
ばっ、とアリサが顔を上げて、涙目になっていた。
それだけ長く、困っていたのだろう。そして僕も、もう捨てたとはいえ元『勇者』だ。困った人がいれば助けるのは当然である。アリサが可愛いからとかそういうの関係なく。ドラゴン仲間にしたいとかそういうのも関係なく。
とりあえず、考えよう。
これから僕が、どう動くべきか――。
「ドラゴンは、どこにいるの?」
「あいつの巣は、山の上にある。我々が聖山と呼び、神殿を建てていたあの山の上だ」
アリサが隠れ里から程近い、小高い山を指差す。
あの距離なら、今日中には終わらせることができるかな。途中で魔物の群れが出てきても、僕ならなんとかなるし。
ちゃちゃっと終わらせて、戻ってくればいいや。
「それじゃ、今から行ってくるよ。ミロ、ギランカ、チャッピー」
「おう」
「はっ」
「う、うん……」
「お前たちはここに残って、この村を守ってくれ。バウ、お前だけ僕と一緒に来い」
「はい! ご主人様!」
「けっ、なんで新入りだけなんだよ」
ミロが、やや不満そうにそう声を上げた。
戦力的には、一番役に立たないのがバウだ。ワイルドドッグだし。それならバウだけ連れていって、残るメンバーでこの村を守ってもらう方がいいだろう。この三匹なら、ワイルドドッグ百匹の群れぐらいは余裕で倒せるだろうし。
「アリサ、僕が離れている間に、また大きな群れが襲ってくるかもしれない。こいつらを残して、この村の防衛を任せるよ」
「だ、だが……危険では、ないのか?」
ちらちらと、アリサがミロたちを見ながら言った。
まぁ、確かに威圧的な感じではあるけど。僕以外、こいつらの声は聞こえないはずだしね。
「大丈夫。ちゃんとこの村を守ってくれるから」
「だ、だが、ノア殿がいなくなれば、その瞬間に襲ってきたり……」
「しない……と、思うよ?」
あ、でも距離とかはまだ検証してないや。物凄く離れたら効果を失うとか、そういうのはないと思うのだけれど。
大体、それだと常に僕一緒にいなきゃならないじゃないか。仲間なんだから、別行動する場合だってあるし。
「お、思う……?」
「さて、それじゃ行ってくるから待ってて! 行くよバウ!」
「はーいっ!」
バウと共に、再び森の中へと入る。
勿論、僕がバウだけ連れていくのは、理由があってのことだ。ドラゴンくらいは僕一人で倒せるし。そもそも仲間にするつもりだから、戦うの僕だし。
だからこそ、バウを連れていくのはただ一つ――その、犬特有の鼻を使ってもらうのだ。
「バウ、帰り道ちゃんと案内してね」
「分かりました! ご主人様!」
だって。
ドラゴン倒すのは簡単でも、僕、多分一人でここに戻ってこれない。
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