第9話 攻防

「この魔物たちは、僕の仲間なんだ。危害は加えない。安心してほしい」


「そんな言葉、信じられるわけがない!」


 随分と、頑なな少女だった。

 僕が少しでも動こうとすると、「動くな! 魔物の手先め!」と歯を剥き出しにして敵意を示すのだ。まぁ、どれほど鋭い矢が飛んできたところで、僕なら受け止められると思うけど。

 それでも、僕はあくまで魔物使いの旅人であって、魔物の部下とかそういうのじゃない。

 そのあたりを分かって欲しいのだけれど。無理か。多分僕でも敵対すると思う。


「ええと……」


「この村には入れさせん! 私が、この村を守ってみせる!」


「どうすればいいかな……」


 頰を掻く。

 まだ女の子は、僕に向けて矢を放っているわけじゃない。こちらが明確な敵意を示した場合は、多分容赦なく撃ってくるだろう。

 でも、今はまだ矢をつがえているだけの状態だ。少しは話し合う余地があるのかもしれない。


「――っ!」


「ん……?」


「また来たか! 奴らめ!」


「は?」


 女の子が何故か、僕ではなく後ろの森へと鏃を向ける。随分と忙しそうな様子だ。

 そして、僕も警戒を解いてくれたからといって、すぐに村の中に侵入しようとは思わない。むしろ、これで勝手に入ったら、それこそ後ろから矢を射られる未来しか見えない。

 とりあえず、女の子が何に注目しているのか――そう、背後を確認すると。


 そこにいたのは、グルル、と唸りを上げる獣の群れだった。

 鋭い牙を剥き出しにした、狼よりも一回り小さな体の犬。だが、その纏う瘴気は魔物のそれである。漆黒の体毛を逆立てたそれは、目算でも凡そ百匹はいるだろう。

 ただの犬より凶暴で、しかし狼ほどの高貴さを持たないそれは、野犬ワイルドドッグと呼ばれる魔物の一種だ。僕も十五歳からの五年間の旅路で、多分千匹くらいは蹴り殺している魔物である。そのくらい弱い魔物だ。百匹くらいの群れであったところで、何の問題もない。


「はぁっ!!」


 女の子が矢を射ると共に、ワイルドドッグの額が射抜かれる。それと共に、先頭にいたワイルドドッグがそのまま倒れた。

 恐ろしい命中率だ。凄まじいとさえ言えるだろう。恐らく、職業は『狩人』か『弓手』のいずれかではないだろうか。エルフの弓術は凄いと聞いたことがあるけれど、これほどのものだったのか。

 だが、百匹はいる中での、ただの一匹だ。弓矢というのは、一撃で一匹しか相手にすることができない。

 ワイルドドッグの群れは、一匹程度の損害などどうでもいい、とばかりに一斉に走ってくる。


「今回は数が多いな。くっ……!」


 女の子は二発目の矢を放って、二匹目のワイルドドッグを射殺する。

 だがそうしている間にも、群れはどんどん迫ってきている。柵はあるけれど、この数だとそう長くは保たないだろう。

 女の子がどうするつもりなのかは分からないけれど、僕は小さく溜息を吐いた。


「やれやれ……ミロ、ギランカ、チャッピー」


「おう」


「はっ」


「う、うん……」


 ここは、僕に敵意がないということを示すのが一番だろう。

 そのためには、この村の信用を――まずは、この女の子の信用を得ることが大事だ。丁度よく他の魔物が襲ってきてくれたことだし。


「あいつらを殺せ」


「承知」


 最初に飛び出したのは、ギランカだった。

 ワイルドドッグの群れなど何ということでもない――そう言いたげに剣を抜き、素早く駆ける。ミロはその後ろを飛び出し、最後にチャッピーがのそりと動き始めた。

 ギランカの剣が振るわれるたびに、ワイルドドッグが果ててゆく。

 ミロが大斧を振り回すたびに、ワイルドドッグの群れが瓦解してゆく。

 チャッピーへと襲いかかったワイルドドッグが、その棍棒で潰されてゆく。

 折り重なってゆくのは、ワイルドドッグの屍ばかり――。


「なっ!? はぁっ!? どういうことだ!? 何故魔物同士が!?」


「だから、あいつらは僕の仲間なんだってば。信じてもらえた?」


「そ、んな……!」


 女の子が、驚いたように目を見開いている。

 おっと、ギランカの隣を抜けて、ワイルドドッグが一匹こちらに向かってきた。毎回毎回一撃で蹴り殺していたから、こいつに対しての手加減の方法分かんないんだけど。

 ものすっごいかるーく蹴ったら大丈夫かな。


「ほいっ」


「ギャウンッ!!」


 僕のとっても弱い蹴りで、ワイルドドッグが飛んでゆく。

 手加減に手加減は重ねたけれど、果たしてどうだろう。ワイルドドッグは僕の一撃と共に吹き飛んだ先で、ぴくぴくと四肢を震わせていた。ギリギリ手加減はできたらしい。

 今までは全力で一撃を放てば良かったからいいけど、こんな風に手加減するのって割と大変だ。


 そのおかげか、立ち上がったワイルドドッグの首には。

 四つめの、隷属の首輪がしっかり巻かれていた。


「よし、成功」


 僕の支配下に入った瞬間に、どうやら生命力も回復するらしい。新たに仲間になったワイルドドッグは、そのまま本来、仲間であったはずのワイルドドッグを襲い始めた。

 とりあえず《解析アナライズ》、と。


 名前:バウ

 職業:ワイルドドッグレベル15

 スキル

 噛みつき レベル12

 隷属の鎖


 今まで仲間にした中では、一番弱い。

 チャッピーがオーガレベル32だったから、実にその半分以下だ。スキルも全然ないし。

 ただ、やっぱり群れで行動している魔物は名前がついている者が多いらしい。僕も名前つけたいんだけどな。まぁ、全員が全員名無しだったら、僕も面倒になるだろうしこれでいいか。


「な、何故、ワイルドドッグまでが、同士討ちを……!?」


「ああ、さっき僕の仲間になったんだ。もう味方だよ」


「はぁっ!? どういうことだ!」


「だから、僕は魔物使いなんだってば」


 ほんの僅かな時間でミロ、ギランカ、チャッピーと先程仲間になったばかりのバウだけが残り、ワイルドドッグたちは霧になって消えていった。

 僕が一人で相手にするよりは時間がかかったけれど、それは元のレベルがあるのだから仕方ない。


「掃討、終了いたしました。我が主」


「終わったぜ」


「お、おで、がんばった……」


「お前たち、ご苦労」


 相変わらず固いギランカと、にやりと歯を見せて笑うミロ。それにおどおどしているチャッピーが戻ってきた。

 僕のために戦ってくれたんだから、ちゃんと褒めないとね。


「よろしくお願いします! ご主人様!」


「うん。よろしく、バウ」


 そしてハッハッ、と尻尾を振りながら舌を出しているのは、バウだ。見た目は犬なのに言葉を話してるのが、なんだか物凄く違和感を覚える。しかも甘えん坊キャラだし。

 そして、そんな僕に控えた四匹の魔物たちを見て。

 信じられない、とばかりに女の子は目を見開いていた。


「本当に……魔物使い……」


「うん。だからそう言ってるんだけどね……」


 女の子は、そのまま僕へと一歩近付いてきて。

 手に持っていた弓と矢をその場に落とし、膝をついた。


「頼む……」


「へ?」


 女の子は何故か、僕に向けて頭を下げた。額が地面につくほどに。

 いきなり、知らない女の子に土下座される趣味はないんだけど。というか、僕何かやった?


「え、えっと、ちょっと、顔上げ……」


「この村を、助けてくれ!」


「は、はぁ……?」


 女の子のそんな、悲痛な叫びと共に放たれたお願いに。

 僕にできたのは、困惑することだけだった。

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