第11話 ドラゴンとの邂逅

 山の中腹に至った頃には、もう太陽は沈みかけていた。

 割とここまで来るのに時間がかかってしまった。なんとなく近くにあるような気がしたんだけど、割と遠かったらしい。

 ここに至るまでに十匹くらいの魔物に遭遇したが、加減を誤って殺してしまったために仲間は増えなかった。手加減って難しいよね。


 さっさとドラゴンを仲間にして、アリサに安心してもらうようにしなきゃね。

 あれ、そういえばアリサは普通に金貨五十枚って言ってたけど、エルフに貨幣を使う文化があるのだろうか。

 そもそも人間と取引とかしちゃうと、隠れ里の場所とかばれちゃうし。じゃあ、なんで金貨五十枚とか普通に言い出したのだろう。

 うぅん、と僅かに悩むけど、まぁ貰わなくても別にいいだろう。


「そろそろ、頂上に着いてもいいと思うんだけどなぁ」


「ご主人様! まだ少しかかるみたいです!」


「バウは、ここに住んでるドラゴンって見たことある?」


「分かりません!」


 まぁ、そんなに簡単に見れる相手じゃないよね。僕で言うなら、皇帝陛下を見るようなものだし。

 ワイルドドッグにも恐らくリーダー的存在がいて、そのリーダーの指示で色々行動していたということだろう。バウはあくまで下っ端だったってことだ。

 くんくん、と鼻を動かしながら警戒を続けているバウは、見た目はただのワイルドドッグなんだけど、口調も相まってどことなく愛嬌があるように思える。お手とかお座りとかさせたくなるけど、そもそも会話が通じるから躾の必要が全くない。


「フンフン……ご主人様! なんか空気が変わりました!」


「へ?」


「羽の音がします! ばっさばっさ聞こえます!」


「あー、なるほど。僕の侵入に気付いたってことか」


 山に入ってから、魔物と出会うことがなかった。森の中だと割と遭遇したのだけれど、この山に入ってからは全く出会っていない。

 恐らく、この山そのものがドラゴンの巣なのだろう。そこに僕が入ってきたから、迎撃に来たわけだ。

 暗くならないうちに終わらせたいな。


「ご主人様! 見えました! あれです!」


「おー、割とでっかいねぇ」


 背中の羽を動かしながら、空を駆ける漆黒の姿が、そこにあった。

 全身を包む黒の鱗は、陽の光にきらきらと輝くそれだ。長い首の先には、鋭く牙の生え揃った凶悪な口。腕はそれほど長くなく、代わりに足は太く長いそれで、鋭い爪が見えた。

 誰に聞いても、そう答えるだろうーードラゴンだ。


 ドラゴンにも幾つかの種類がある。

 空を飛ぶ個体はスカイドラゴンと呼ばれ、飛べない個体はランドドラゴンと呼ばれ、海を主な住処とする個体はシードラゴンと称されるのだ。そしてスカイドラゴンの中でも、腕がそのまま翼になっている個体がいたり、翼もないのに空を泳ぐ個体もいる。その詳しい内訳までは、僕は知らない。

 そして目の前にいるドラゴンーーそれは、僕の知る限り最もオーソドックスなスカイドラゴンだ。


「よし……バウ、安全なところに避難しておいて」


「は、はいっ! ご主人様! 頑張ってください!」


「任せて」


 主に頑張るのは手加減なんだけどね。

 ふーっ、と大きく息を吐いて、僕を警戒しながら優雅に空を飛ぶスカイドラゴンを標的として、まず呪文を唱えた。


「《解析アナライズ》」


 言葉と共に、僕の目の前に半透明の文字列が並ぶ。

 人間に対して行うのは失礼だが、魔物に対して行うのは別に制限されない。むしろ、先に行っておくことで戦闘を有利に運べたりするのだ。


 名前:なし

 職業:スカイドラゴンレベル66

 スキル

 火炎放射レベル60

 噛みつきレベル58

 空中殺法レベル45

 雄叫びレベル38

 物理耐性レベル40

 魔術耐性レベル40


 なるほどなるほど。

 遠距離からは火炎放射、近距離では噛みつきが主な攻撃手段となるらしい。

 ということは、距離をとっていても危険だということだ。さすがに、僕も火炎を喰らいたいわけじゃない。多分食らっても死なないと思うけど。


「矮小なる人間め。それほどまでに死にたいか」


「……え?」


 だけれど。

 そんな声が、僕の目の前ーードラゴンから、発せられた。

 思わず、目を見開く。あれ、なんで僕、ドラゴンの言葉が分かるの?


「近付くのならば、その命を頂こう。それでも良いなら、来るがいい」


「は? はぁっ!? 喋ってる!?」


「ほう……」


 にやりと。

 ドラゴンがそんな驚く僕を見て、鋭い牙の並んだ口元を歪めた。

 今まで、僕が言葉を聞くことができた相手は、ミロとギランカとチャッピーとバウーー仲間になった魔物ばかりだ。敵として目の前に出てきた魔物は、その言葉を理解することができなかった。

 だからてっきりスキル魔物言語理解は、自分の仲間になった魔物の言葉だけが分かるものだとばかり思っていたのだけれど。


「貴様、魔物使いか」


「……なんで、僕の職業を?」


「我は竜。長きを生き、古きを知る。我がかつて、遥か昔に相対しただけのこと。我らの言語を理解できる人間は、魔物使いだけだ」


 くぐもったような声で、ドラゴンが語る。

 くくっ、とドラゴンが笑い声を漏らした。まるで、僕のことを嘲笑っているかのように。

 魔物使いをーー見下しているかのように。


「貴様の連れた眷属、矮小にして惰弱よ」


「なんだと……?」


「それが、所詮は魔物使いの限界ということよ。其奴もまた、弱き眷属ばかりを連れていた。魔物使いが仲間にできる者など、その程度が限界よ」


 何故か、ドラゴンは魔物使いのことを知っているらしい。

 その理由がよく分からないけど。ドラゴンと魔物使いって別に関連なくない?

 ええと、こいつが言うには、昔会ったことがあるらしいけど。その昔会った魔物使いは、自分のスキルについて把握していたのだろうか。僕、さっぱり分からないんだけど。


「お前、知っているのか? 魔物使いについて」


「当然よ。スキルとして魔物捕獲を持ちながら、そんなもの何の役にも立たぬ。己のレベルよりも高い者を相手には、二厘の確率でしか発動しないようなスキルなど、役に立つはずがあるまい」


「……は?」


「そこのワイルドドッグは、レベル15だろう? それも当然だ。貴様が魔物使いとして転職する前のレベルを合わせても、貴様の若さだ。せいぜいレベル15が限界といったところだろうよ」


「いやいやいや」


 なんか物凄く勘違いされてる。

 なんで僕の転職する前のレベルが15とかなんだよ。僕、普通に勇者レベル99だったんだけど。

 え、何。レベル99ってそんなに高いの? リルカーラ遺跡の四十階層、レベル91のガーディアンゴーレムとかいたけど。ナイトロードウルフもレベル80とかだったし。


「己のレベルより低い者は確実に仲間になるとか嘯いておったがな! がはははは! 貴様程度、そのような矮小なる犬しか仲間にできぬ欠陥品に過ぎぬわ!」


「……」


 えーと。

 このドラゴンが言っていることを、百パーセント信用するってわけじゃないけど。


 ちょっと整理してみよう。

 僕は今、魔物使いレベル5だ。その前の職業は、勇者レベル99だった。合わせてレベル104だ。

 そして、転職する前の職業のレベルも、一緒に計算されるらしい。つまり僕の場合、敵を瀕死にさえすれば、レベル104までの魔物は仲間にできるってことだ。

 さらに、僕が今まで出会ったことのある魔物で、一番レベルが高かったのが、先述したレベル91のガーディアンゴーレムである。


 つまり僕は、あらゆる魔物を仲間にできるってことだ。


「……え?」


 あれ。

 僕、最強じゃね?

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