第9話 交渉決裂

「皇帝陛下は、体調が優れないとの仰せだ。今日のところは去れ」


「……」


 結局。

 丸一日以上、城門の前で僕たちは待たされた。既に夜を越え、朝日が昇り、それが現在中天に輝いている状態だ。

 一応僕とアリサは保存食を補給した上で、パピーの背中の上で眠った。ちなみにパピーは数日程度なら眠らなくても活動できるらしい。実に便利な体だと思う。僕、寝なきゃ活動できないよ。


 そんな風に待ちぼうけを食らっていた僕たちの前に、現れたのは騎士団長のおじさんアイザック――ではなく、随分と偉そうな禿頭の男だった。

 勿論、僕に面識があるわけがない。

 というか、さ。

 もう少し、物の言い方ってものがあるんじゃないのかな。僕、無駄に丸一日以上待ってたんだけど。

 労いの言葉とか、申し訳ないとか、そういうのないわけ?


「体調が悪い、ですか」


「ああ。そもそも、約束もなく突然訪れた使者の相手ができるほど、陛下は暇ではない。お忙しい陛下に目通りをしたいと言うのであれば、先触れの使者を出すなり然るべき手順を踏んでもらおう」


「……ああ、そうですか。それで、僕が誰なのかは知っていますよね?」


「新たに国を興したという者だろう。残念ながら、我が国はそのような小国にまで気を回せぬ」


「……」


 なんだろう。今、すごくこいつを殴りたい。

 というか、こいつ名乗りもしないし。まぁ僕も名乗ってないけど。アイザックから僕の情報は伝えられてるはずだしね。

 そもそもこいつ、なんで僕に対してこんなに偉そうなんだろう。僕とパピーが暴れるとか思っていないのかな。


 まぁ、どちらにせよ。

 無駄に長く待たされたという苛立ちはあるものの、ドラウコス帝国の中枢に僕の国は認識された。少なくとも、このハゲが知っているのなら間違いないだろう。

 今、下手に手を出して関係を悪くするよりは、とりあえず認識されたという結果だけ受け取って帰った方がいいか。

 ハゲの後ろで、兵士たちが「何言ってんだあいつ……」「死ぬの俺らなんだぞ……」とか絶望してるし。


「それでは、いつ来れば皇帝陛下にお会いできますか?」


「陛下はお忙しい身だ。予定も多い。今すぐにいつとは答えられぬ」


「それじゃ、また使者を出します」


 まぁ、体調が優れないっていうのも多分嘘だろうけどさ。

 僕だって、すぐに皇帝に会えるとは思ってなかったよ。でも、一応僕って最強種であるドラゴンを連れているわけだよ。ランディとシェリーから情報も渡ってると思うし、もう少しまともな対応はなかったのかな。

 皇帝には会えないにしても、もうちょっと偉い人に会えるとか。あ、もしかするとこのハゲがもうちょっと偉い人なのかもしれない。


 これ以上、ハゲと話をしていたところで僕の苛立ちが増すだけだ。

 こういうときは、さっさと帰るに限る。

 アリサと一緒に、パピーの背中へと乗り込んだ。


「それじゃパピー、飛んでくれ」


「うむ。まぁ、そう簡単に皇帝とは会えぬか」


「だろうね。アリサ、大丈夫?」


「あ、ああ、問題ない。パピー殿、いいぞ」


「うむ。しっかり掴まっておれ。我も長く待たされた鬱憤があるからな!」


「だからアリサにはお前の言葉分かんないんだって」


 ふわり、と宙に浮く感覚。

 パピーの体が空に浮き上がると共に、ゆっくりと風を浴びながら進み始めた。徒歩よりも遥かに早く、でも風の障壁を張っているらしいから乗り心地はとても良い。眼下の景色は物凄い勢いで過ぎ去っているのに、僕の頰に感じるのはそよ風くらいのものだ。


「それで小僧、次はどこへ向かうのだ」


「僕たちの国を抜けて、逆方向。オルヴァンス王国に行くよ」


「ふん。またも待たされる気がするぞ」


「まぁ、オルヴァンス王国は僕の情報知らないだろうしね。礼儀知らずのガキが来た、くらいに思われるかも」


 そういえば僕、オルヴァンス王国について何も知らないや。

 ドラウコス帝国は、一応僕の生まれた国だ。さすがに、僕の生まれた地は辺境すぎるけれど。

 だから、皇帝陛下の名前もうろ覚えだ。ええと、あれ、何だっけ。なんとかかんとか・ドラウコスで、ドラウコス何世か、だったと思うんだけど。

 僕、自分の生まれた国にすら興味がないらしい。


「アリサは、オルヴァンス王国について知ってる?」


「む……わ、私か?」


「うん。僕、何も知らないから」


「私とて、隠れ里でずっと暮らしてきたのだ。他の国についてはよく……」


「まぁ、そうだよね……」


 ずっと一人だったせいで、僕の知ってる情報ってあんまりないんだよね。酒場とかにも顔出さなかったし、冒険者ギルドになんか顔を出せる身分じゃなかったし。

 それに加えて、引きこもりのエルフ族であるアリサだ。そこに情報なんてあるわけがない。

 まぁ、いざとなれば笑って誤魔化せばいいや。


「だが、ノア殿」


「うん?」


「私も、邪龍グランディザイアについては聞いたことがあるぞ」


 おっと。

 ぴくっ、とパピーが動いたのを見逃さない。

 僕は聞いたことのない名前だけれど、アリサが知っているってことはかなり有名ってことだよね。

 そっかそっか。パピー、お前そんなにも有名だったんだ。


「へぇ……邪龍グランディザイアって、どんな奴なのかな?」


「私も噂くらいしか聞いたことはないが、『古龍王エンシェントドラゴン』の一種とされているらしい。この大陸に、僅かに七体しか存在しないとされる最強の龍種だそうだ」


「へー」


 べりっ。


「まだ長老が子供だった頃に、現在のドラウコス帝国の一部を破壊し尽くしたこともあるそうだ。当時は小国が治めていた地で暴れまわり、そこを不毛の大地に変えたこともあるらしい」


「へー」


 べりっ。


「我らエルフよりも長命の種だと言われている。あらゆる魔物を統べる王とさえ言われている存在だ。だからこそ、ノア殿はそのようなグランディザイアの伝説にあやかって国の名をつけたのだろう? 魔物を従えるノア殿は、まさにリルカーラ様かグランディザイアのような存在であろうな」


「へー」


 べりっ。


「おい小僧!? 何故先程から我の鱗を剥いでいる!?」


「あ、気付いてたんだ?」


「気付くに決まっておろう! 痛いのだぞ!」


「うん。パピー」


 そう、文句を言うパピーに対して。

 僕は満面の笑みで、答えた。


「お前……自分が何をしたか分かってるよな?」


「……うっ」


 もう、今更国の名前――グランディザイアは変えられない。

 思いっきり名乗ったのに、やっぱやめます、ってドラウコス帝国に言うわけにいかないのだ。

 僕は僕の国として、パピーの名前を背負ってゆくわけである。


「でも安心しな、パピー。僕は優しいからね」


 まぁ、エルフにも伝わってるほど伝説の存在なら、その名前も何かの役に立つかもしれないし。

 一応、今回だけは許してやることにしよう。僕、度量広いよね。


「鱗、全部剥ぐだけで許してやる」


「それは普通に致命的なのだが!」


 だって、ねぇ。

 どうせ僕が治癒魔術かけたら生き返るんだし、多少死んでも良くない?

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