第8話 帝国との交渉
僕の国――グランディザイアという名前になってしまったそこは、東をドラウコス帝国、西をオルヴァンス王国に隣接している。
大陸の中央に覇を唱えるドラウコス帝国と、大陸西部に巨大な領土を持つオルヴァンス王国は、決して仲の良い国ではない。旅ばかりをしていた僕でさえ、ドラウコスとオルヴァンスの戦争の噂は何度となく聞いていたくらいだ。話によれば、一年か二年に一度は、国境で会戦が開かれるのだとか。
そしてリルカーラ遺跡は、ドラウコス帝国の国土における最西端であり、森を越えればそのままオルヴァンス領だ。森の北には南北に連なる山脈があり、森の南には平原が広がっている。大抵、会戦という名の小競り合いはこの平原で行われるのだとか。
まぁ、それが僕の国を囲む現状である。
分かりやすく言えば、大陸においても一位二位を争う大国二つに囲まれているわけだ。
「はー……」
とりあえず、騎士団のおじさん――改めて、アイザックと名乗った彼が帝都の中へと消えていった。
残る兵たちは、相変わらずこちらに武器を向けてはいるが、戦意はほぼ皆無だ。僕も戦うつもりなんてないし、彼らも戦うつもりなどない。つまり、戦いなど起こるはずもない。
もっとも、一応体裁を保つために槍を構えている、といったところだろう。僕と戦うつもりはないにしても、武装解除すれば僕に屈したように感じるかもしれないし。
ひとまず、僕は僕の目的を話した。
決して、帝国を侵略しようと思ったわけではない。そもそも僕は静かに暮らしたいのであって、戦争なんて真っ平御免だ。そもそも、戦争で死ぬのは最前線にいる兵士ばかりであり、その戦争の発端となった人物にまで被害は及ばないのだ。
向こうが無理矢理に僕の平和を脅かそうとするのならば、相応に戦ってもいいけれど。
でも僕、あくまで平和主義者だしね。
だから今回の訪問は、あくまで『親善の使者』という形だ。新たな国をここに興した僕が、臣従するわけではないけれど友好的な態度を示すことで、僕の国を認めてもらう形である。
ゆえに僕は皇帝への謁見を求め、その承諾を得るためにアイザックが帝都の中へと入っていったのだ。
「おい小僧、あやつらいつまで待たせるのだ」
「知らないよ。皇帝がうんって言うまでだろ」
「見せしめに一匹ずつ殺してしまえばどうだ。そうすれば、皇帝とやらも早く出てくるだろう」
「お前発想が怖いよ」
むしろ、僕じゃなくてお前が魔王扱いされちゃえよ、パピー。
なんか国の名前、お前になっちゃったし。今は下手なことできないから何もしないけど、覚えてろよ。
「ノア殿……私は、どうすればいいのだろうか?」
「皇帝が会う気になったら、僕と一緒に来て。パピーはここで待機ね」
「良かろう」
「兵には手を出さないように。あくまで僕は『親善の使者』なんだからな」
「分かっておるわ。我とて、それほど見境がないわけではない」
どの口が言うんだか。さっき一匹ずつ殺せって言ったのはどの口だよ。
まぁでも、僕もただ待つだけというのは長いものだ。一応、日差しが当たらないようにパピーの影には隠れているけど。アリサも一緒に。
とりあえず時間があるうちに、今後の予定を振り返っておこう。
ひとまずドラウコス帝国の皇帝に会って、僕をグランディザイアの代表だと認めさせる。そうすれば、消極的ながらも僕の国のことを認めることになるのだ。これにより、後から何かを言われたとしても、こちらは「でも親善の使者として認めてくれましたよね?」という大義名分が立つのである。
そしてドラウコス帝国の次は、オルヴァンス王国の王様に会う予定である。こちらも同じく、僕をグランディザイアの代表と認めさせるのが目的である。やり方は右に同じ。
んで、大事なことだけれど、このどちらの権力者に会えなくても、僕は全く問題ない。
ただ、僕が親善の使者としてやってきた、という事実があればそれでいいのである。表立って非難や否定をされない限り、それは消極的に僕の国を認めたことと同じになるのだから。
以上、ドレイクからの受け売りだけれど、僕の予定である。
実に頼れる奴だよね。将来的には宰相とかそういう立場にしちゃおうかな。
「まぁ、のんびり待とうか」
「ノア殿がそれで良いのならば、私は如何程でも待とう」
「我はあまり待ちたくないのだが。せめて日陰にでも行きたい」
「僕らは日陰だから大丈夫だよ」
「我の影であるからな!」
日差しを直で受けるパピーは、割と暑いらしい。まぁ、鱗黒いしね。
そんな風に話をしながら、のんびりと待つ。さすがに、槍を構えている兵たちは前にいるけれど、会話までは聞こえないだろう。
ひそひそと、こちらを警戒しながらも小声で話す兵たちを見る。
僕の視線が向くと共に、びくっ、と肩を震わせる兵士たち。恐らく、あまり実戦慣れしていないのだろう。まぁ、帝都を防衛する騎士団であるわけだから、そんなに戦争に出る機会はないのだろうけど。
ミロとギランカだけでも、この人数を殲滅できそうだ。
「……」
あ。
ぬるっ、とまるで自分の体を睨め付けられているような、そんな感覚が過った。
それと共に、僕は右手を突き出す。僅かな魔力を練って、そのまま叩きつけるような感覚だ。
魔力の糸が自分を縛ってきたような感覚に対して、それを防ぐ技である。まぁつまり、魔力で何かをしてくるのならば、それ以上の魔力を叩きつけて相殺しよう、というやり方だ。
恐らく――《
僕に見えないどこかで、僕の情報を知ろうとしたのだろう。僕に届く前に、その魔力は打ち消してやったけど。
さすがに戦闘中ならまだしも、こんな状況なら分かるよ。《
「くっ……!」
城壁の上から、そう小さく舌打ちする声が聞こえた。
なんか聞いたことのある声だ。多分だけど、あのときエルフの隠れ里にいたSランク冒険者の一人、シェリーだ。ちゃんと生き延びて、僕のことを報告したんだろうね。
あのとき、《
別に見られて困るものじゃないけど、勝手に見られるのは気持ち悪い。
「ノア殿、何を……?」
「ああ、別に何でもないよ。ちょっとした運動」
「そうなのか……?」
まぁ、僕は勝手にシェリーの情報を見てるから、どっちもどっちなんだけど。
ついでに、ちょっとここにいる兵士たちでも《
パピーの体にもたれかかって、小さく欠伸をする。
「はー……いつになるのかねぇ」
「あまり気を抜くでないぞ、小僧。貴様は我らの王であるのだからな」
「そりゃ分かってるけどさ……」
ただ待ち続けるだけというのも、随分退屈なものだ。
そんな風に、僕とアリサとパピーは城門の前でじっと立ちながら待ち続け。
中天に陽が昇り、それが西にゆっくりと沈んでゆき、とっぷりと暗くなっても。
それでも、帝都の中からアイザックが戻ってくることは、なかった。
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