第7話 やりやがったな、パピー

 とりあえず不敵に微笑んでみる。

 内心では国名どうしようか割と悩んでいるけれど、顔には出さない。ここで、変に顔に出す方がこちらが焦っていると思われてしまう。そして、交渉ごとにおいて何より大切なのは落ち着くことなのだ。

 そして、僕が何をすべきか――それは、今この場で国の名前を答えることだ。僕が何という国を背負う者であるのかを、明確にすることなのだ。

 決してドラウコス帝国の国民ではない、新しい国の王であると示すことである。


 でも僕、国についてぶっちゃけよく分かっていない。

 そもそも大陸に存在する国の名前って、帝国とか王国とか公国とか法国とか教国とか共和国とか連合国とか、よく分からない名前ばかりだ。僕には、列挙したこの国名の違いすら分からない。

 せいぜい知ってるのは、帝国ではトップに立つのが皇帝で王国ではトップに立つのが国王、くらいだろうか。

 僕もかっこいいし、皇帝とか名乗りたいな。あれ、その場合僕の扱いって、魔王じゃなくて魔皇帝になるのだろうか。


 まぁ、何にせよ。

 どうしよう。僕、誰にも僕の国の名前を相談してない。

 これで勝手に決めて勝手に名乗ったら、なんだか怒られそうな気がする。どうしてそのような大切なことを相談してくれなかったのですか、みたいな。


「……」


「……」


 結果。

 僕と騎士団長らしいおじさんは、睨み合うだけである。

 向こうは完全に槍の穂先をこちらに向けて、臨戦態勢だ。僕が妙な動きでも見せれば、すぐにでも襲ってくるだろう。

 パピーがグルル、と僅かに威嚇するように声を上げるのを、手で制する。

 僕はあくまで話し合いに、交渉に来ただけなのだ。戦いに来たわけではない。


「小僧、あのように臨戦態勢にある敵軍だ。ここで皆殺しにすることこそが、奴らの覚悟に見合った行動であろうよ。この最強種たる我の前に現れた覚悟には、敬意を払わねばなるまい」


「……」


「勇敢なる人間の軍勢どもよ! 我が直々に貴様らの命を屠ってくれよう! 命が惜しい者は逃げよ! その背中から炎を浴びせてくれるわ!」


 逃がしてやるんじゃないのかよ。お前厳しいな。

 というか、お前が何言ってもグルル、としか聞こえないから。


「……」


「……」


 僕とおじさんが睨み合う。

 おじさんは剣呑な表情で、僕は余裕の笑み(のように見える)で。

 そう、パピーの言葉に答えることなく、おじさんの問いに答えることなく、僕の行っている作戦は、極めてシンプルだ。


 とりあえず笑って誤魔化そう。


「……少年」


 だけれどそこで、ようやくおじさんが口を開いた。

 重々しい口調で、ともすれば舌打ちでもしそうなほどに苦々しい表情だ。理由は分からない。とりあえず僕は笑みを浮かべ続けるだけである。


「そちらの要求を述べろ。必ず叶えるとは答えられぬが……できる限り、尽力はする」


「……」


 おじさんの中で、どんな思考の逡巡があったのだろう。

 とりあえず、国名を名乗らなくても良さそうな状況だ。こちらが沈黙を続けるなら、強制的にその口を開いてやろう、と考えるような戦闘狂ではなかったらしい。

 人間同士だもの、対話は必要だよね。


「僕はノア・ホワイトフィールド」


「……ホワイトフィールド?」


「ああ。皇帝に会いたい。僕はそのために来た」


「……その、理由を教えてくれるか?」


 皇帝に会って、僕の国を認めてもらうことが、僕のやるべきことだ。

 もっとも、認めてもらう必要はない。あくまで、僕が僕の国を作る、という事実を宣言するだけのことである。そして宣言さえしてしまえば、あとはどのように関係が悪くなろうとあくまで国と国の対立になるというわけだ。

 この皇帝との謁見は、僕という人間からドラウコス帝国の国籍を抜く、というだけのことである。別に、何を要求するわけでもない。


「隣国になるんだ。挨拶くらいはしておかなきゃいけないだろ? 僕は、この国の隣にできる新しい国の王だ」


「なっ……!」


「分かれば、皇帝への取次を。別に、命を狙おうってわけじゃない。国民に被害も与えるつもりはないよ。ここで戦うつもりもない」


「……」


 ほっ、と軍勢から安堵の溜息が漏れるのが、僕にも分かった。

 これほどの軍勢であっても、ドラゴン一匹が怖いんだね。まぁ、パピーでかいし凶暴だし、怖がるのも仕方ないかもしれない。

 だけれど同時に、おじさんが苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめる。


「皇帝陛下を、その身分も分からぬ相手と会わせるわけにはいかぬ」


「身分は明かしたつもりだけど? 僕は隣国の王だからね」


「帝国には、隣国など腐る程ある。どの国よりやってきた使者であるか答えろ。儂にできることは、謁見を皇帝陛下に奏上するまでのことだ。確実に謁見を行えると約束できるわけではない」


「ふーん……」


 あれ、おかしいな。

 回避したはずなのに、僕が国の名前を答えなきゃいけない流れになってる。


 どうしよう。もう、ここで勝手に決めちゃおうか。

 普通に考えるのなら、ホワイトフィールド王国だよね。僕の名字がそのまま国名になるだけのシンプルなものだ。だけれど、僕がホワイトフィールド一世という形で王様に即位するのなら、そちらの方がより自然だ。

 でも、魔物が臣民である、っていう特異性もそこに出した方がいいよね。あとは数は少ないけど、エルフをちゃんと保護してますよ、っていうアピールもしておかないと。

 あとはやっぱり、かっこいい名前だよね。僕が名乗ってテンション上がるような名前。本人には言わないけど、ドレイクの姓であるデスサイズって超かっこいいよね。デスサイズ王国――だめだ、それだと僕の国じゃなくてドレイクの国になっちゃう。

 あれ、意外と国の名前って考えるの難しい。


「なんだ小僧、えらく黙っていると思ったら……まさか貴様、国の名前を考えていないのではあるまいな?」


「……」


 なんで、そこで何気に鋭いんだよパピー。

 事実その通りだよ。僕、多分今、生まれて一番頭使ってるよ。

 でも何も思い浮かばないんだよ。


「くくく……では小僧、貴様に我が、素晴らしい国の名前を贈ってやろうではないか」


「……」


 は?

 お前のセンスで?

 まぁ、聞くだけは聞いてやってもいいよ。でも、ダサいの出したらぶん殴るからな。

 答えることなく、目だけでパピーをそうやって睨みつける。どうせこいつのことだから、ろくな意見を出してこないに決まってるけど。


「グランディザイアだ」


「……」


「魔物であれ、エルフであれ、その国においては誰であれ争わず生きることができる。どのような民でも求める王、それは欲深き者であろうよ。そしてグランディザイアとは、大いなる欲望の意を持つ。魔王たる貴様には相応しい言葉だとは思わぬか?」


「……」


 ……。

 くそっ。

 くそっ、くそっ。

 認めたくない。パピーの考えたやつだから、全力で却下したい。


 でも――かっこいいじゃないかそれ!


 苦々しくパピーを見て、それから改めて騎士団長のおじさんを見た。

 パピーの提案に従うのは業腹だけれど、かっこいいから採用だ。パピーもたまにはいいこと言うじゃん。


「僕の国は、グランディザイア」


「なっ――!」


「皇帝にそう伝えろ。リルカーラ遺跡から西の森は、僕たちの国の領土だ」


「グランディザイア……だと……っ!?」


「……?」


 あれ、ただのかっこいい名前だと思っていたのに。

 なんか、おじさんの驚きが尋常じゃない。ただ知らない国名を聞いた、って反応じゃないよね、これ。

 不思議に思いながら、そうおじさんを見ると。


「かの、邪龍グランディザイアの名を冠するとは……まさか貴様の連れたそのドラゴン、かの邪龍グランディザイアだというのか!?」


「……」


 パピーを見る。

 そっと目を逸らしやがった。完全にクロ確定である。

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