第14話 帰還
結局、その日の夜はパピーの巣で眠ることにした。
夜中に戻っても仕方ないし、一度くらいはドラゴンの巣を見てみたい、って気持ちもあった。ほら、ドラゴンは金銀財宝を集めているとか、ドラゴンの蒐集品は高値で売れるとか聞くし。
だから、わくわくしながら巣に行ったのだけど。
「いや、我はそのようなものなど集めていないぞ」
「え、まじで?」
特に何もなかった。
噂だと、転職の書はドラゴンの巣の中にあるとか、そういう話もあった。だから他にも、財宝とか持っているんじゃないかと思ってたんだけど。
「我にとって何の役にも立たぬものを何故集めねばならん」
「それもそうだ」
真っ当な正論である。
確かに、金銀財宝は人間が喜ぶものであって、ドラゴンが喜ぶものじゃないしね。
まぁ、そんな若干ながら残念な出来事もあったけれど、とりあえずその日はパピーの巣で寝ることにした。
「うわー、高い!」
「ご主人様! 僕こんなに高いところ飛んだの初めてです!」
「いや僕だって初めてだよ!」
「して、そのエルフの里とやらは……」
翌日。
森を一望できる高さで、僕とバウはパピーの背中の上に乗って飛んでいた。
そもそも、全長にして僕の五倍くらいはあるパピーだ。僕とバウが乗ったところで、何も問題はないらしい。
これだけの巨体を浮かせているわけだから、翼の威力が激しいのかと思っていたらそうでもなく、翼に電気を発生させて揚力を起こしているらしい。だから、僕が乗っても問題ないくらいに快適だった。
「あそこだな。降りるぞ」
「ああ、うん。よろしくー」
帰り道を、とりあえずパピーに任せてみたのだ。
バウの鼻を頼りにして戻っても良かったのだけれど、折角だし背中に乗せてもらおう、ということになった。パピーは今まで人を乗せたことがないらしく心配していたが、十分快適な乗り心地だ。
ぐんっ、と一気に降下する。そんな風の抵抗も、また気持ちいい。
「ひゃっほー!」
「む、むぅ……あ、あまり鱗を掴むと……ぐぐっ……」
「いえーぃ!」
「痛っ……全く、聞いとらん……」
空を飛ぶなんて初めてだったし、物凄く楽しい。
その速度が次第に落ちてきて、最後はゆっくりと地面に着地した。いやー、楽しかった。
こんなに楽しいなら、もっと乗ってたい。でも、あんまり遠くまで行くわけにもいかないし。さすがに帝都の上とかをドラゴンが通り過ぎたら、それだけで噂になっちゃうしね。
「着いたぞ」
「ありがとう、パピー」
「このくらいは、構わぬ。早く降りてくれ」
「うん」
バウを抱えて、そのままパピーの背中から飛び降りる。
そこにあったのは、昨日と変わらない――閑散とした、エルフの隠れ里。これで降りる場所間違えてたら騒ぎになったかもしれない。
当然、そこで門番をしていたのは昨日と同じ――アリサの姿だ。
「ノア殿!?」
「ああ、アリサ。ただいま」
そして、アリサと一緒にいるのはミロ、ギランカ、チャッピーだ。
僕の言葉を忠実に守って、ここでアリサと一緒に村の防衛をしてくれていたらしい。まぁ、そのために残したんだけどさ。
「おう。ご主人、お疲れさん」
「我が主のご帰還、お待ちしておりました」
「ごしゅ、ごしゅじん、おかえり……」
三匹もそれぞれ、僕を迎えてくれる。
最初に僕へと駆け寄ってきたのは、アリサだった。
「ノア殿、そ、その、ドラゴンは……!」
「ああ、約束は守ったよ。今はこのドラゴンは、僕の仲間だ。名前はパピー。よろしくね」
「なんと……本当に、ドラゴンを……!」
「ミロたちは、ちゃんと村を守ってくれた?」
「なめんなよ、ご主人。あの程度の群れ、百匹来たところでぶっ殺すだけだっつーの」
「昨夜の夕刻からは、全く襲撃がございません。我が主」
「ああ、まぁそのあたりでパピーを仲間にしたからね。パピー、彼らは僕の仲間だ」
「うむ……甚だ不本意だが、パピーという。よろしく頼む」
「よ、よ、よろ、しく……」
とりあえず、新しく仲間になったパピーの顔合わせはしておかなきゃね。
そんな僕とミロたち、パピーのやり取りに、アリサが目を丸くしながら驚き続けている。
「ノア殿は……本当に、魔物を仲間にできるのだな……」
「うん。だから、魔物使いって言ったでしょ。あいつらが何を言っているのかも分かるよ」
「言葉まで、分かるのか? まるで、伝説に残る英雄のようだ……」
「伝説?」
アリサと共に、自己紹介をするパピーと、そんなパピーに対して「きっちり働けよ、新入り」「我らは主の意を汲み、最上の働きをすることが求められる」とかミロとギランカが言っている姿を眺める。
多分、この姿もアリサには「グオオ」「キキィ」「ガルル」とかしか聞こえないんだろうな。
でも、伝説って何だろう。魔物使いの記録でも残っているのかな。
「ああ……話せば長いが、聞きたいか?」
「うん」
「伝承にしか残っていない話だが……かつてこの隠れ里の近辺にいた国の王が、エルフを己のものにしようと兵を上げた歴史がある。その当時のエルフにも戦士たちはいたが、軍はそれこそ大軍勢でやってきた。その数は、五千とも一万とも言われている」
「ふむふむ……」
「その当時、偶然にも隠れ里に滞在していた若い女性が、敵軍を倒してくれたらしい。そのやり方というのが、配下に従えている魔物たちを繰り出してのことだったそうだ。そして、そのまま国の領地を焦土と化し、その地に苗を植えて森を作ったという。そのために隠れ里の周囲には森が広がり、人間には辿り着くことすらできない樹海と化した……そんな、伝説に残る英雄だ。我々にとっての、救世主だな」
「へぇー」
若い女性の魔物使い。
パピーも言ってたな。僕の前に会った魔物使いは女性だった、って。
もしかしたら、同一人物なのだろうか。寿命が長いエルフで伝承にしか残っていないわけだし。千年前だから丁度そのくらいだよね。
そんな風に、何気なく思っていると。
「それこそが、英雄リルカーラだ」
そう、アリサが。
意味の分からないことを、言った。
「…………………………え?」
「人間である自分に宿を貸してくれた礼だ、と言って報酬も何も受け取らなかったと聞く。まさに、無欲の英雄だ」
「…………………………リルカーラ?」
「ああ。この村に住む者ならば、子供でも知っている名前だな」
うん。
なんでかな。物凄く聞いたことがある名前なんだよね。
何故かって、それ、僕が最近まで潜っていた迷宮につけられている名前だもの。
人間の間でも、かなり有名だよ。でも、エルフとは違う意味で。
だって、リルカーラ。
それは――勇者ゴルドバによって倒されたという、魔王のことなんだから。
「なぁ、パピー」
「なんだ、きさ……ご主人様」
「ちょっと、聞きたいんだけど、さ……」
間違っていることを祈りたい。
そんな偶然あるわけがないって、そう思いたい。
だけれど。
人生というのは、残酷だ。
「リルカーラ、って、知ってる?」
「ああ、そんな名前だったな、あの魔物使いの女は」
「……」
これはちょっと、不味い。
エルフにとっては英雄でも、人間にとってのリルカーラというのは魔王のことを指す。
だけれど、衝撃の事実だ。リルカーラが魔王ではなく、魔物使いのことだったなんて。歴史学者が聞いたら、あらゆる資料を検分し始めるだろう。
リルカーラは、魔物使い。
そして僕も、魔物使い。
リルカーラは、魔王。
じゃあ僕は、何だ――?
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