第16話 閑話:ノア・ホワイトフィールドを探して

「本当、ですか……?」


 帝都カルカーダ。

 その中心街にある冒険者ギルドの受付で、マリン・ライノファルスは目を見開きながらそう返した。

 そんなマリンの言葉に対して、小さく受付嬢が肩をすくめる。


「ええ。当ギルドには、ノア・ホワイトフィールドという人物の記録はありませんね」


「Sランク冒険者の中に、いると思うのですが……」


「それこそ、Sランクなんて私でも暗唱できるくらいの有名人たちですよ。ノア・ホワイトフィールドという名前は、全く聞いたことがありません。Aランクの登録者も全て確認いたしましたが、そちらの名前は確認できませんでした。Bランク以下となると登録者が膨大になりますので、調査にお時間をいただきますが……」


 受付嬢のにべもない返答に、肩を落とす。

 リルカーラ遺跡という、この大陸においても五指に入る難関の迷宮――その下層で出会った男、ノア・ホワイトフィールド。

 Aランクである二人が倒れ、マリンもまた死に瀕した場所だ。そんな下層を、たった一人で歩いていた。ゆえに、冒険者の中でも格がかなり高く、有名な人間なのかと思っていたのだが。

 全く、手がかりがないという。


「では、申し訳ありませんが……次の方、どうぞ」


「あ、あの、Bランク以下も、一応調査を……」


「そちらの場合、別途で調査費用を負担していただくことになりますが、よろしいでしょうか?」


「……いえ。でしたら、構いません」


 事務的な受付嬢の対応に、肩を落としたままで離れる。

 マリンの次に並んでいた男が、依頼書を持って「よぉセリナちゃーん」と、口説き始めるのを背に聞きながら、マリンは大きく溜息を吐いた。

 そんなギルドに貼られている、自分の依頼書を見る。


《至急》リルカーラ遺跡、下層の探索調査同行

 依頼料:金貨500枚

 依頼内容:リルカーラ遺跡の二十階層以下の探索、調査の同行。戦闘力に優れた者を求む。発見した宝物については、依頼者に所有権あり。同行者1名あり。


 基本的に依頼書というのは、何枚も同じ内容を重ねて壁に貼っておき、冒険者が貼られたものを受付に持っていくことで依頼の受諾となる。

 薬草の調達や採集など、特に第三者を媒介することもない依頼については、受付で受諾の旨を伝えるだけでいい。だが、商会の移動にあたっての護衛、一定箇所の魔物の討伐、そしてマリンの出しているような迷宮の探索調査同行などは、依頼を受諾した冒険者と、後日待ち合わせる形になるのだ。

 前回はカイト、ユリアの二人と共に探索調査に向かったが、今回は人員を少し多めに募集するつもりだ。だからこそ、依頼の受諾があったときには、日時については後日連絡するよう伝えておいてほしい、と言ってある。


 だが、そんなマリンの依頼書は、一枚たりとも減っていなかった。

 最も依頼の受諾が盛んであるとされる、この帝都中央冒険者ギルドであっても、だ。


「はぁ……」


 小さく溜息を吐いて、自分にこのような役目を与えた大教皇の姿を思い出す。

 幼い頃は、優しい父だった。だがマリンの職業が神官であり、祖父の他界と共に新たに大教皇を継いでからは、親子として接したことが全くない。あくまでも教義に生き、次代の大教皇を弟のヘンメルに継がせるためだけに全力を注いでいる。

 そして、そのためならば――どのような手を使ってでも、転職の書を手に入れなければならないのだ。


「……ノアさん」


 そのための、一条の光がノアだった。

 一人でもリルカーラ遺跡の下層に潜ることのできる戦闘力、さらに魔物使いだと本人は言っていたが、下層にいるミノタウロス、レッドキャップという強力な魔物を率いた彼は、かなり強い冒険者だろう。マリンはSランク冒険者について全く知らなかったけれど、恐らくその一員として名を連ねているのだろうと思っていた。


 冒険者ギルドに併設されている酒場――昼間から酔っ払いの溢れるそこに入り、カウンターの椅子に座ってミルクを注文した。

 彼が――ノアが冒険者であるのならば、少なからずこのギルドは利用しているだろう。だからこそ、マリンは毎日のように冒険者ギルドにやってきては出入りする冒険者たちを見続けていた。Aランク冒険者の中にノア・ホワイトフィールドの名前があるかどうか、というのを確認してほしい、と言ったのも三日前だ。

 だが、全くノアの姿は見えない。一緒にいたのは四日ほどだったけれど、その姿を見落とす、ということはないだろう。


 運ばれてきたミルクを一口飲んでから、さらに嘆息する。


「なぁ、知ってっか? リルカーラ遺跡の西の森あんだろ?」


 ぴくり、と自分のよく関わっている遺跡の名前が出て、思わず聞き耳を立てる。

 マリンの席から一つ空けて向こうに座っている、二人組の冒険者だ。どちらも、ここでよく見かける顔である。もっとも、顔を知っているくらいで話をしたことはないために、ちょっと聞き耳を立てる程度だ。自分から話しかけるほどの度胸は、マリンにはない。


「あそこに、ドラゴンが出たんだってよ」


「マジかよ」


「マジマジ。あの森の上を、飛んでる姿が確認されたんだってよ。国からすぐに緊急依頼が出されたって聞いたわ」


「ドラゴンが縄張りにしたってなると、周りの村とかやべぇもんな」


 マリンにも聞いたことのある話だ。

 ドラゴンは害獣であり、他の魔物とは一線を画す扱いとなっている。ドラゴンが現れたという情報があれば、すぐに緊急依頼が出されるのが定番だ。

 一定範囲の縄張りの中の魔物を支配下に置き、そこに存在する他の生物を一掃するというドラゴン――その脅威は、近隣の町や村を全て滅ぼすほど。ゆえに、ドラゴンの姿が確認された場合、すぐに討伐依頼が出るのである。

 それを請けるのも、大抵がSランク冒険者だ。


「んじゃ、俺請けてみっかな」


「お前がドラゴンの相手とか無理に決まってんだろ。つか、依頼が出たのが昼過ぎで、もうとっくに受付終わってるっつーの」


「もうSランク向かったのか?」


「たまたまギルドにいたらしくてな。Sランクが三人向かったらしいぜ。それも豪華メンバーだ。『破壊鉄球』ランディに『七色の賢者』シェリー、極め付けは『拳王』ドレイクだぜ。これで倒されねぇドラゴンがいりゃ見てみてぇもんだ」


「ぎゃはは! そりゃすげぇ!」


 マリンでも聞いたことのある名前に、思わず驚く。

 帝国でも一位、二位を争う最強の冒険者とされる『拳王』ドレイク・デスサイズ。平民の生まれでありながら、その圧倒的な強さでSランク冒険者へと駆け上がり、帝国から認められて名誉貴族となった男のことだ。

 生きる伝説とされ、一人でもドラゴンを討伐したという話も聞く。『Sランク冒険者はドラゴンを一撃で殴り飛ばす』という話が出てくれば、それは大抵ドレイクのことである。


「『拳王』ドレイク……それに、リルカーラ遺跡の西の森」


 普段ならば、滅多にギルドに姿を現さないという男。

 そして、その足跡が全く掴めないという男。


 だが――そんなドレイクが今、リルカーラ遺跡の西の森へと向かっている。


 マリンは立ち上がり、すぐに会計を済ませた。

 そのまま向かうのは、リルカーラ遺跡へ直行する便が出ている、帝都乗合馬車センター。


「噂に名高い『拳王』なら……リルカーラ遺跡の最奥にも、行けるかもしれない……!」


 マリンは馬車に乗り、再びリルカーラ遺跡へと向かった。

 リルカーラ遺跡の西の森――それは、マリンと分かれたノアが向かった先でもある。


 そこに『拳王』ドレイクがいるのならば、彼に助力を。

 そこにノアがいるのならば、彼に助力を。

 どちらにせよ、マリンの助けとなってくれる人物が、そこにいるはずだ――。

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