第5話 他国との交渉
僕が提案をしてから、ドレイクの行動は早かった。
すぐに僕が新たに仲間とした千匹の魔物を、僕が新たに任命した四大将軍、ミロ、ギランカ、バウ、ドレイクの四つの部隊に分け、残る意思を持たない面々をさらにその下へと配置した。
そして各部隊へと持ち回りで森林の開拓、住居の建設、森林の巡視といった職務に就かせ、ドレイクはその全体を指揮する立場となった。僕、こんなにドレイクに任せっきりでいいのだろうか、って思えてきた。
そして、そんな僕はというと。
「はぁ……なんで僕がこんな役割なのさ」
「仕方あるまい。人語を解することができるのは、貴様しかおらぬのだからな」
「いや、そりゃそうだけどさ……」
「ノア殿、安心してくれ。私も共にいる」
現在、パピーの背中の上である。
僕はまず自分の生まれた国、ドラウコス帝国――その帝都カルカーダに向かっているわけである。ちなみに、隣にいるのはアリサだ。
基本的には平和的に、静かに暮らしたい僕だ。だけれど、こんな風に帝都カルカーダへ向かっているのは、ちゃんとした理由があってのことである。
僕がいくら国を作ると決意し、結果的に建国を果たしたとしても、そうなる前に攻められたら終わりだからだ。
まずは僕が国を作るということを、周辺諸国に知らせなければならない。出来る限り、その事実を権力者に対して告げる必要性があるのだ。
だからこそ、最初に僕は生まれた国であるドラウコス帝国を目指しているわけである。一応、書類上では僕まだ帝国民だと思うし。
「でも、だからってわざわざパピーに乗って行くのはねぇ……まるで敵対しているみたいに感じないかな?」
「なれば、地を這いながらのろのろとあそこまで行くつもりか? 徒歩では何日かかるものだ、あれは」
「まぁ、片道で七日ってところかな……」
「ならば、我の背に乗る方が効率が良かろう。夕刻までには到着するぞ」
「……」
パピーの言葉が、正論すぎてぐうの音も出ない。
確かに、移動手段としてはパピーってすごくいいんだよね。早いし、空を飛ぶから障害物もないし。
機嫌良さそうに鼻歌を奏でながら、僕とアリサを乗せて飛ぶパピー。
僕が四大将軍として任命したのは、ミロ、ギランカ、バウ、ドレイクの四匹だ。パピーは絶対に調子に乗るから、将軍という立場にしていない。
だというのに、何故これほどパピーが上機嫌なのか。それは、無駄に気の利くドレイクのせいだった。
僕がドレイクに全てを任せて去った後で、パピーへと言ったらしいのだ。パピー殿は将軍などという立場でなく、それをさらに超越した立場におられるのでしょう。そう、例えるならば、秘密兵器でしょう、とか。
そのせいで、何の役職も与えていないというのに、無駄に上機嫌なのである。秘密兵器だから仕方ないよな、みたいな。
僕は認めていないのだけれど。
「それで、我はあの帝都とやらまで向かえば良いのだな」
「ドレイクは隠れる必要ないって言ってたけど……大丈夫かな?」
「情報は既に流れているのであろう。ならば、むしろ隠れずに堂々と向かった方が良い」
「まぁ、そうか……」
逃がしてしまったランディ、シェリーの二人から、既に帝国には情報が与えられているだろう。
ならばいっそのこと、帝都にドラゴンで降り立ってもいいのではなかろうか。
でも、さすがに街中にドラゴンが現れたとなると、パニックになるよね。少なくとも、上層部は知っていても市井の民衆までは僕のこと知らないだろうし。
やっぱり、帝都の入り口あたりで降りた方がいいのだろうか。そちらが手を出さない限り、パピーからは一切手を出さない、ってことを念押しして。
「それで、どのように交渉を行うつもりなのだ?」
「帝国の西の森に国を作ることにしたので認めてください、って言うだけだよ」
「……我は人の常識など分からぬが、それで認めてくれるものなのか?」
「そのためにアリサを連れてきたんだよ」
「ええと、一体、どういうことだ? 私が、何故?」
ああ、そういえばアリサはパピーの言葉が分からないのか。ちゃんとそのあたりも説明しなくちゃ。
とりあえずアリサは、一緒に来て、くらいしか言ってなかったし。
「えっとね、アリサ」
「あ、ああ、ノア殿。勿論私はノア殿にこの身を全て捧げている。このまま帝都の奴隷商人に売られようとも……」
「だからそういうのじゃないから! あくまで、アリサには僕たちの大義名分になってもらいたいだけだから!」
「……大義名分?」
「うん」
実際のところ、僕もよく分かっていない。
だけれど、国を作るにあたっては、『何故その国を作る必要があるのか』という部分が大切らしいのだ。
例えば、僕が今から国を作ります、と帝国に宣言するとする。その次に帝国から、何故国を作らねばならないのか、という質問が来る。僕がそれに対して、特に何も理由はありません、と返すわけにはいかないのだ。
何も理由がないのならば、帝国の庇護下にあればいいのである。ここで帝国のことが信用できないから、とでも返せば、それだけで帝国との関係は悪くなるだろう。
だからこそ、その理由としてアリサを連れてきているのだ。
「リルカーラ遺跡の西の森には、昔からエルフが住んでいるんだよね?」
「ああ。今となっては随分と数も減ったが……」
「でも、今まで帝国や王国の庇護下にはなかったんでしょ? つまり、独立した存在だったってこと」
「まぁ、そうなるな。税など払った覚えもない」
「だから、僕が慣習的なそれを受け継いで、そのまま国という形にする、っていうことさ。言ってみれば、帝国の庇護下にない存在だったエルフたちを率いることで、僕の国もまた帝国の庇護下から外れる、ってこと」
「……どういうことなのだ?」
「まぁ、そのあたりは僕もよく分かってないから」
とりあえず、ドレイクに言われた通りに交渉をするしかないよね。
しかし、不思議な感覚だ。僕は今から帝都で権力者と会って、僕の国を作ることを宣言するわけである。
つまり状況によっては、皇帝陛下と会うことになる可能性もあるわけだ。
だけれど、緊張がどこにもない。下手なことを言ってはいけない、みたいな緊張感が全くないのだ。
僕にも、その理由はよく分からないけど。
多分――僕の中で、どこか吹っ切れた部分があるのだと思う。
皇帝陛下が僕をどう判断しようとも、僕の行動は何も変わらない。いざとなればパピーと共に暴れて、帝都から逃げればいいだけの話なのだ。
「……あ、そうか」
「ノア殿? どうなされた?」
「……いや、何でもないよ」
ははっ、と苦笑する。
やっと分かった。僕の心に、これほどの余裕がある理由が。
Sランク冒険者として、人間としては最強の強さを誇っていたはずのドレイク。伝説にも残るらしい存在だった彼を、僕は圧倒的な強さで倒して、仲間にした。
一緒にいたSランク冒険者であるシェリーとランディは、僕の仲間に全く手も足も出なかった。
残るSランク冒険者だとか、騎士団の将軍とか、そういう強い者はいるのだと思う。僕が知らないだけで、どこかにはドレイクを超える強さを持つ者もいることだろう。
だけれど。
きっと、僕と僕の仲間が全力を出せば。
誰にも、僕の歩みを止めることなどできないだろう――。
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