第29話 今後の懸念

 僕が聖マリン大聖堂から、マリンの身を救ってから七日。

 ひとまず、グランディザイアで大きな問題は起こっていなかった。


「こう見ると壮観だよねぇ」


「国境の、ほぼ全域が完成している様子です。さすがはリルカーラさんです」


「本当にね」


 ジェシカと共にやってきたのは、オルヴァンス王国側の国境だ。そこに理路整然と並んで壁を築いているのは、数多のストーンゴーレムたちである。

 現在グランディザイアは、八つの国と国境を隔てている。元々、大陸の中央部で覇権を握っていたドラウコス帝国を、そのまま貰い受ける形になったため、その国境の形もほとんど変わっていないのだ。

 ドラウコス帝国時代は、それなりに周辺諸国も友好国であり、関係が悪かったのはオルヴァンス王国くらいだったのだが、現在はその逆――オルヴァンス王国だけが友好国であり、その他の国は全て仮想敵国である。


 だが、かといってオルヴァンス王国のことを完全に信用しているというわけでもない。

 ただオルヴァンス王国側の関所は、その門戸が広いというだけだ。そして、基本的な商取引だったり貿易を行うのは、表向きオルヴァンス王国だけという形である。

 これをジェシカは、鎖国政策と呼んでいた。


「しかし、これで他国もそう簡単にグランディザイアに進軍することはできません。正直、わたしが他国の軍師であったならば、どう攻めるべきか分かりませんよ」


「そうなの?」


「はい。ストーンゴーレムの壁は、壁であり兵です。ただの壁ならば遠くから爆撃を行うなり、投石機を用いるなりすれば破壊できますが、攻撃を仕掛けた瞬間に壁から兵になります。さらに並の兵士では倒すことも難しい魔物の群れですから……わたしが他国の軍師ならば、今からでも友好関係を築くことを具申しますね」


「思いつきでやってみたけど、結構すごいことやっちゃったね」


 まぁ、それも全てリルカーラの力だ。

 職業『魔物使い』である僕にできるのは、瀕死になった魔物を仲間にするところまでだ。しかし職業『魔王』のリルカーラは、無から魔物を生み出すことができる。能力としては純粋に、僕の上位互換だと言っていい。

 リルカーラ曰く、無限に生み出すことができるわけじゃないらしいけれど、僕からすれば十分無限に生み出しているように見える。


「ただ気になるのは……やはり、キング殿ですね」


「……結局、戻ってこなかったもんね」


 キングは結局、帰ってこなかった。

 僕と共にキングは聖マリン大聖堂へ向かい、僕の命令によって大聖堂を破壊するよう告げた。

 だが結局、キングと別行動を行ってから、彼は暴走したように大聖堂の攻撃を始めて、僕の命令を一つも聞かなかった。既に『隷属の鎖』もなくなっていたから、完全に僕の支配下からいなくなったと考えていいだろう。

 あのとき僕がキングを連れて行かなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。


「仮にミズーリ湖岸王国とヘンメル率いる新生ミュラー教が協力しているのなら、非常に厄介です。向こうがキング殿を先遣兵にした場合、ストーンゴーレムの壁など、あってないようなものですから」


「もう一度、キングと戦う必要があるってことだね」


「……はい。ノア様には、ご決断を強いることになるのですが」


 ジェシカが、悲しげな目で僕を見て。

 それから、告げた。


「次にキング殿が侵攻してきたときは、とどめを差すことを……推奨します」


「……」


 かつて、キングは僕の攻撃によって瀕死になり、仲間になった。

 名前のなかった彼に、キングという名を与えたのは僕だ。それからは政策にも幾つか意見をもらったり、暇つぶしに雑談をしたことだって何回もある。

 僕の仲間だった。

 仲間だった、はずだった。

 だけれど――もう一度仲間にすることは、できない。


「また仲間にしても……どちらにせよ、大教皇によって支配権を奪われるのならば、最初から、後顧の憂いを断つべきです」


「……」


「むしろ……わたしは、ノア様がキング殿を連れて行ってくださり、向こうで支配権を奪ってくれて、良かったと思っています。もしノア様が不在の状態で、キング殿が国内で暴れ回っていたら、どれほどの被害が出ていたことか……」


 確かに、ジェシカの懸念は正しい。

 もし僕が不在で、国内にいたキングが大暴れした場合、止めることができる者はいなかったと思う。かつてキングを打破したときには、九つの首を全員の力でどうにか刈り取って、対処したのだ。

 国中の魔物が一斉に掛かれば、どうにか足止めするくらいはできたかもしれないが――その場合、魔物たちも無事では済まなかっただろう。さらにエルフや数少ない人間も、キングによって蹂躙されていたかもしれない。


「それで、ジェシカ。マリンから『守護者』について、情報は聞いた?」


「はい。マリン殿には国内の教会を任せていますが、その際に幾つか事情聴取を行い、確認しました」


「キングと……ゴルドバ以外にも、存在するんだよね?」


「守護者とは、古竜王エンシェントドラゴンのことだと、そう仰っていました。その数は、五柱です」


 いつだったか、僕もパピーに聞いたことがある。

 古竜王エンシェントドラゴン――千年の長きを生きるドラゴンのことだ。それがパピーを含め、何体か存在するという話を。

 その中に、キングハイドラとゴールドバード――僕たちがどうにか撃破した『守護者』の名前があったはずだ。


 九頭の魔竜キングハイドラ。

 天空の覇竜ゴールドバード。

 深海の蒼竜リヴァイアサン。

 絶影の黒竜ライトニングロア。

 紅鱗の飛竜クリムゾンファング。


 やたら格好いい名前の彼らこそが、ミュラー教の『守護者』。

 かつて魔王リルカーラの侵攻から人類を守ったのは、あくまでその一柱であるキングハイドラだけであり、そんなリルカーラを打破したのはゴールドバード。

 他の『守護者』については、僅かにすら情報もない。


「だから……少し気になってるところはあるんだけど」


「はい」


古竜王エンシェントドラゴンがそのまま『守護者』だって考えたら……パピーは、どうなんだろうね」


「それは……」


 パピーは、「我は強欲の邪竜グランディザイアだ」と言っていた。

 キングハイドラやゴールドバードと同じく、二つ名を持ち並ぶ古竜王(エンシェントドラゴン)である。

 だったら、あいつももしかしたら、ミュラー教の『守護者』である可能性も――。


「うぅん……でも、問題ないのではありませんか?」


「そう?」


「はい。仮に支配権を奪われたとしても、パピーさんはレベル低めですから。いざとなれば、ノア様がお一人でどうにかできます」


「……」


 いや、まぁ、それはそうなんだけど。

 実際今も、ちょっと反抗的なところ見せてきたりしたら、拳で黙らせてるけど。


「……あいつ、強化してやるって約束しちゃったんだよね」


「……そうなんですか?」


 ちょっと、不安には思っている。

 あいつをレベル99にしちゃって、本当に大丈夫だろうか、と。

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