第22話 平和な日々

「ノア殿、家の設計図はこのような形でいかがかな?」


 アリサの家に厄介になって、三日。

 かつて僕の家があった焼け跡は魔物たちによって綺麗に片付けられて、新しく家を建てるための土台が築かれている。そのあたりの力仕事も、リュートさんに指導を受けながら魔物たちがこなした。特にパピーは、自分が原因なので頑張っていた。

 そして、そんなリュートさんに新しい僕の家――その設計図を見せてもらったのが、今日である。


 以前に相談をしたときに、割とわがままを言ったのだ。

 二階建てで、パピーでも通れる大きな玄関。玄関の隣にはバウが住むための犬小屋。入って右側がミロの部屋、入って左側がパピーの部屋。入ってまっすぐ行けばギランカの部屋とチャッピーの部屋。さらにその奥には、パピーも入って一緒に過ごせるリビングが備えられていて、そこで食事も作れるという代物だ。そして、二階に上がったら全部僕の空間。

 結果、どうなったかというと。


 豪邸になった。


 僕の隣で、一緒に設計図を見ているアリサも、目を丸くしているほどだ。


「ノア殿、これは……さすがに、広すぎないか?」


「……うん、広いね。まぁ、仕方ないのかな……?」


「ドラゴンが中に入って、一緒に暮らすわけですからな。どのようなお屋敷を建てたとしても、大恩あるノア殿に対して文句を言う者はおりますまい」


「それならいいんですけど……ただ、明らかに木材、足りませんよね?」


「ええ。少しばかり多めにご用意してくださると助かります」


「分かりました。ちょっと伐採してきます」


 この前と同じように、森の端で木材を調達しようかな。

 豪邸になる予定なんてなかったから、ここ三日ほど僕ずっとダラダラしてたよ。食事もアリサが全部用意してくれたし。魔物たちにはリュートさんの言うこと聞くように、ってだけ命じて放っておいたし。

 ミロたちは以前、リュートさんの孫と遊んでいたのをきっかけに、他の子供たちも魔物と遊びたい、と言い出したらしく割と忙しいそうだ。昨日、ミロがそう愚痴っていたことを思い出す。

 今日はとりあえず、子供たちには待ってもらうとしよう。さすがに、僕一人で伐採するのは嫌だし。


「それじゃ、アリサ。ちょっと行ってくる」


「ああ。食事の用意をして待っておこう」


「うん」


「それでは、儂も失礼します」


 アリサに言って、家を出る。

 一緒に暮らしているようなものだが、特にそういう関係になったわけじゃない。あくまで僕は居候だ。

 まぁ、そんな居候にアリサは甲斐甲斐しく色々世話をしてくれるんだけど。アリサの作る食事は美味しいんだよね。野菜と豆ばっかりだけど。


「おーい、ミロー」


「おう」


 そして、僕の家になる予定の場所――そこで、常に魔物たちは座っている。

 あまり村の中をうろうろされても、エルフたちが怖がるんじゃないだろうか、と思って命じているのだ。まぁ、最近は子供たちと遊んでいる姿をよく見かけるから、エルフの老人たちもあんまり動揺しないと思うけど。一応の配慮、ってやつ。


「木材の伐採に行くよ」


「また行くのかよ……」


「……我、またあれを運ぶのか」


「ご主人様! 僕も行きます! 僕も手伝います!」


「ありがと、バウ」


 ミロは面倒臭そうに腰を上げて、パピーは明らかに乗り気じゃなかった。まぁ前回、足に縄括り付けて運んだもんね。


「今日は、割と多めに伐採しなきゃいけないんだ。家建てる分、持ってこなきゃいけないから」


「我が主、我は連れていっていただけるのでしょうか」


「うん。今日はギランカも一緒に行こう。そうだね……んじゃ、チャッピー。留守番しておいてくれる?」


「お、おで、るすばん、する。る、るす、まもる」


「まぁ、魔物は襲ってこないわけだから、護衛ってわけじゃないけどね」


 チャッピーだけでも残しておけば、子供たちと遊ぶかもしれないし。

 口調は辿々しいけれど、心根は優しいチャッピーだ。のんびり子供と遊んでくれると思う。


「それじゃパピー、この前と同じところに向かってくれ」


「……承知した。我の背中に乗るがいい」


「わーい! 空のお散歩です!」


「おお、我は初めてである。パピー殿、背中を失礼するぞ」


「んな楽しいもんでもねぇぜ。高ぇしよ」


「なんだでかいの、お前、高いところが怖いのか」


「なっ……ん、んなことねぇよ! チビ!」


「なんだ図星か。かかっ。体はでかいのに臆病なものよ」


「うるせぇ!」


 ミロの意外な弱点は知ってしまったが、とりあえず全員で背中に乗る。

 僕を先頭に、ギランカがその後ろ、最後にミロだ。ちなみに、バウの指定席は僕の後頭部である。物凄く犬臭い。


 翼を広げて、ゆっくりとパピーの体が浮き上がる。特に翼を動かしてもいないのに、このように宙に浮くのは不思議な感覚だ。

 パピー曰く、翼はあくまで飛ぶ方向を定めるためについているものであり、飛ぶ力自体は翼に帯びた電流らしい。それが揚力となって体を支えているのだとか。

 うん、僕あんまり勉強してこなかったから、難しいことわかんない。


「わーい! 高いです! いい景色です!」


「おお、確かに壮観である。なるほど、確かにバウ殿が喜ぶのも分かる話だ」


「……」


「おい、何か言わんか、でかいの」


「……う、う、うるせぇ」


 そういえば、前回パピーに乗ったとき、ミロは一言も喋ってなかったな。あれは、怖がっていたからだったのか。

 でも、木材の伐採をするにはミロが必要だしね。ギランカは、僕と一緒に木材を縄でまとめる係だ。パピーは木材を纏めている間、特に仕事はない。その代わりに行き帰りの移動を任せており、特に帰り道は死ぬ思いで運んでもらうのだ。え、バウ? 勿論任せられる仕事はないので、見守り係。


「んー。いい眺めだなー」


 森から見える都市は、ここから一番近いラファスの街かな。

 帝都はさすがに見えない。リルカーラ遺跡からでさえ、高速馬車で二日はかかる距離だし。加えて、そんな帝都よりもさらに向こうにある僕の生家――アンドレアス辺境伯領も見えるはずがない。

 まぁ、もう二度と帰ることのない家だろうけどね。別に帰りたいとも思わないし。


 僕はもう、このエルフの隠れ里を第二の故郷にするつもりなんだから。

 アリサに紹介されて、色々なエルフと知り合いになった。建築士のリュートさんもそうだし、水瓶作りの上手なアルバースさんとか、家具作りの上手なヒエロさんとか。みんな、一様に僕に感謝をしてくれた。この村が危機から救われたのは、ノア様のおかげだ、って。

 僕は、受け入れてもらえている。

 それが嬉しくて、幸せだ。

 何せ。


「でかいの、何か喋らんか。くはは、涙目になっておるではないか」


「……うるせぇ、って、言って、んだ、よ」


「おうおう、震えておるではないか。なんだ、ちょいと押してやろうか」


「や、やめろ! 触んな!」


 後ろでは、そんなやり取りが。


「あはは! 木が豆粒みたいに見えます! パピーさん高いです!」


「がっはっは! このように飛ぶことができるのも、我がドラゴンであるからだ!」


「ドラゴン格好いいです!」


「がっはっは! もっと褒めても良いのだぞ!」


 頭の上と前では、そんなやり取りが。

 仲良く騒がしい、僕の仲間たちがいるのだから。


 そう、僕は幸せだ。

 こんな風に故郷を得て、こんな風に仲間を得たのだから。

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