第11話 決着

「こんなの、こんなの、間違っていますっ!」


「黙れ、マリン!」


 突然、僕とゴルドバの戦いを見ていたマリンが、そう叫ぶ。

 もう耐えられないとばかりに、膝をついて目に涙を浮かべたマリンが、じっと僕とゴルドバ、そして大教皇を見る。


「聖ミュラー様にとって守護者とは、聖ミュラー様の子である人民を守るための存在です! 脅威から、魔物から、人民を守るそのときに目覚めるものだと聞いています!」


「マリンっ……!」


「聖ミュラー様は、守護者によって人民に無償の守護を、神秘によって人民に無償の加護を与えてくださいます! 聖ミュラー様の御心は人民に無償の愛をくださいます! こんな風に、邪魔者を害するために守護者を召喚するなど、間違っています!」


「お前はそれ以上、口を挟むでない!」


 大教皇が立ち上がり、マリンの頬を打つ。

 その眼差しは、本当に聖職者かと感じてしまうくらいに、怒りを湛えてのものだ。

 言葉を聞けば、門外漢でしかない僕にさえ、どちらが聖職者として相応しいか分かるというものだが。

 マリンはミュラー教を心から信仰し、大教皇はミュラー教を明らかに利用しているのだから。


「所詮、お前は神官に過ぎぬ! 次代の大教皇はヘンメルと決まっておるのだ!」


「ですがっ、父上!」


「公務において、我を父と呼ぶこと罷らぬ!」


「いいえっ! こんなもの、公務ではありません!」


 マリンに超頑張れと心の中で思いながら、必死にゴルドバの攻撃から身を守る。

 僕はもう疲労の限界だというのに、ゴルドバの攻撃は最初から全く疲労している様子がない。守護者には疲れとか、そういうのないのだろうか。

 永遠に全力で戦える戦力とか、理想過ぎるんだけど。


「父上は、聖ミュラー様を利用しているだけです! それが、大教皇としての責務だと仰るのですか!」


「うるさいっ!」


「私は、心から聖ミュラー様をっ……!」


「そんなもの、どこにもおらぬわっ!」


「えっ……」


 大教皇の言葉に、マリンが目を見開く。

 おいおい、それは絶対に言っちゃいけないことだろ。聖職者として。

 マリンは心から聖ミュラーを信じているというのに、存在しないって大教皇が言っちゃうとか。


「ぜ、ぇっ……!」


「オォォォォォォォォォォッ!!」


 手の止まらないゴルドバに辟易しながら、僕はマリンを見る。

 マリンは信じられないと目を見開き、それから救いを求めるように僕を見た。

 本来、こんな風に目を逸らすのも、僕の命を縮めるような行為なんだけど。

 それでも。


 僕は――マリンを、救いたかった。


「マリン!」


「は、はい……」


「安心しろ! 聖ミュラーはいる!」


「え……」


「いないんだったら、僕たちに天職を授けてくれるあいつは誰なんだよ! あの声の主は、誰なんだよっ!」


 僕は都合二度、あの声を聞いた。

 天よりお前の職業を授ける――誰だって、一度は聞いたことのある『天職の儀』。

 僕は神様なんて信じていないけれど、だったらあの声の主は誰、って話だ。

 だから僕は神様云々というより、『人知を超えた何か』が存在することは知っている。

 それがミュラー教では聖ミュラー様であり、他の宗教では何か別の名前の神様だったりするんだよ。


「黙れ小僧っ!」


「そ、う……聖ミュラー様は、いつも、おそばに……」


「ゴールドバード! その魔物使いを殺せっ!」


「オォォォォッ!! コロスコロスコロスゥゥッ!!」


「へへっ……!」


 こんな風に、声をかけるだけでマリンが救われるとは思えないけど。

 それでも、神はいないと告げられるより、何も知らない僕に神がいると言われた方がマシだろう。

 少なくとも彼女は、心から聖ミュラーを信仰している。

 だったら聖ミュラーも、少しはマリンに微笑んでやっていいじゃないか。


「オォォォォォォォッ!!」


「ぐはっ!」


 ゴルドバの一撃が、僕の脇腹を掠める。鎧の上からだというのに、それだけで吐き気を催すほどの衝撃が来た。

 もう、あまり時間はない。僕の疲れも、もう限界近いのだ。連打をどうにかいなすだけで精一杯という状況。

 せめて、こいつが少しでも、止まってくれれば。


「ノアっ!」


「っ!?」


 隣から、剣がゴルドバに向けて振り下ろされる。

 その次の瞬間に、ゴルドバの体を薄い膜が張った。スキル『鉄壁』を発動したのだ。

 ゴルドバが動きを止め、一瞬の小康状態が訪れる。

 その剣を、ゴルドバに向けて振るったのは――。


「レイ、兄さん……」


「もう、見ていられん! 俺も戦うぞ、ノア!」


「兄さんは、ミュラー教の……」


「我らが神を存在しないと告げたアレが、大教皇であるものかっ!」


 大教皇の言葉に、衝撃を受けたのはマリンだけでなかったらしい。

 怒りをその目に湛えて、剣を持つレイ兄さん。ミュラー教の手先だと思っていたけれど、なかなかどうして、良いタイミングで助けてくれるものだ。

 でも、レイ兄さんは『騎士』レベル28。

 このまま共に戦いたい――そうは思うけれど、ゴルドバはレベル99なのだ。

 レイ兄さんがくれた、一瞬の隙。

 だから、どうか成功しますように。

 そう願う気持ちで、僕は賭けに出る。


「ジェシカぁっ!」


「は、はいっ! ノア様っ!」


「僕の言うことを、よく聞けっ!」


「はいっ!」


 ゴルドバの体を覆う薄い膜が、消えてゆく。それと共に、ゴルドバが再び咆吼した。

 もう、あまり時間はない。この策が上手くいかなければ、僕は死ぬかもしれない。だから、どうか――。


「演じろっ!」


「えっ……」


「大教皇、をっ! 演じろっ!」


「そ、それ、は……」


「ゴルドバは、大教皇に、従うっ!」


 ぎぃんっ、と激しくゴルドバの拳と僕の剣がぶつかり合う。

 要点しか言えていない。だけれど、聡いジェシカならそれだけで分かってくれるはずだ。

 僕がどうにか、まだゴルドバを止められているうちに――。


「ゴルドバ、止まりなさいっ!」


 ぴたりと。

 僕の後ろからジェシカがそう声を上げた瞬間に、ゴルドバの動きが止まった。

 僕に向けて右拳を放とうとして、その右拳を引いたままの姿勢で、止まった。


「へへ……」


「なっ……! 魔物使い!? 貴様何をっ!?」


「やっぱり、か……」


 ぜぇ、と一息ついて、僕は安堵の笑みを浮かべた。

 まだ油断はできないけれど、一先ず安心する。ゴルドバが動かない確証が持てていたなら、座り込みたいくらいに疲労感に溢れていた。

 やはり、僕の考えは正しかった。

 こいつは――守護者は、ただ『大教皇』に従っているだけなのだ。


「の、ノア様……これで、良かったのでしょうか……」


「ああ……」


 ジェシカの職業は、『詐欺師』。

 その持ち得るスキルは『演者』――他のあらゆる職業を演じることで、その職業そのものになりきることができるという凄まじいスキルだ。

 彼女は『軍師』を演じれば、『軍師』として采配をすることができる。凄まじい軍略を用いることができる。

 だから、話は簡単だ。

 ジェシカが『大教皇』を演じれば、その言葉は全て、大教皇の言葉となる。

 そして守護者は、大教皇の命令に従うのだ。


「さて、大教皇……」


 もう、剣を持つ手も上がらない。

 限界に程近い状態で、僕は賭けに勝ったのだ。


「覚悟は、いいな」


 大教皇が、わなわなと震えている。

 ゴルドバは、僕の人生でも五指に入るほどの強敵だった。まともに一対一ではとても勝てないと思ったのは、ハイドラ以来か。その前まで遡ると、もうリルカーラ遺跡に潜る前――レベル30とか40だった頃になる。

 だけれど、物凄い搦め手を使った気がするけど、どうにか僕はゴルドバを封じた。


「ゴールドバード! 魔物使いを殺せっ!」


「ゴルドバ! 止まりなさい!」


 大教皇が命じて、僅かにゴルドバが動く。しかしジェシカが命令を重ねて、再び沈黙する。その繰り返しだ。

 キングが僕の国へ侵攻してきたときも、こんな風にジェシカが命じれば止まっていたのかもしれない。そうすれば、僕もあんなに苦労しなくて済んだのだろうか。

 まぁ、それは結果論だ。

 僕が『守護者は大教皇の命令に従う』って知ったの、今日だし。


「悪いけど、ジェシカ。動き止めておいて」


「はい、ノア様」


「ゴールドバード! 動け! 早くそこの魔物使いを殺せっ!」


「ゴルドバ! 止まっていなさい!」


 びくっ、と混乱しているように動くゴルドバ。

 ゴルドバにしてみれば、自分に命令する最上位の相手が二人揃っているようなものだ。どちらの命令を優先すればいいか分からず、とりあえず後から命令されたことに従っている様子である。

 もっとも、僕だってただ傍観しているわけじゃない。

 この機を逃したら、もうゴルドバを打破する機会はないだろう。


「お前に恨みはないけど」


「……」


「死んでもらうよ」


 沈黙するゴルドバの首に、横一閃に剣を振るう。

 ろくに力も残っていないけれど、それでも『剣技』レベル99は伊達じゃない。最適な体の動きで、最適な速度で、僕の体は自動的に剣を振るうのだ。


 ひゅんっ、と風を切る音と共に、ゴルドバの首が落ちる。

 そして、動かなくなった。

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