第10話 守護者ゴルドバ

「ぐっ……!」


「オォォォォッ!! コロスコロスコロスコロスゥゥッ!!」


「く、そっ……!」


 連続の拳打を、必死に剣でいなしながら戦う。

 下手に退くと、後ろにいるジェシカに余波が当たってしまう。だから基本的には足を動かすことなく、僕はゴルドバの仕掛ける連打を捌いていた。

 こいつ、強い。

 本当に、強い。


「くくく……魔物使いよ。降伏するのであらば、守護者に止まるよう命じよう」


「くっ……!」



「我が命じぬ限り、ゴールドバードは止まらぬ。貴様の命が潰えるまで、そやつは貴様を殺しにかかる」

「ふざっ、けんなぁっ!!」


「ゴガァッ!!」


 右拳を受け止めると共に、体勢を崩したゴルドバの顎へと蹴りを放つ。

 これが人間であれば、脳を揺らす一撃だ。むしろ、顎を砕くほどの勢いで蹴り抜いた。だけれど、ゴルドバはまるで何も感じていないかのように、一度上に向いた全面兜フルフェイスの顔を元に戻すだけだった。

 そして、再び一撃一撃が致命傷になるだろう、重く圧しかかるような連打を続けてくる。まともに受ければ剣すら砕くだろう拳の連打を、とにかく受け流して捌いてどうにか凌いでいた。


「オォォォォォォォッ!!」


「ぐ、っ……!」


 左拳が、頬を掠める。

 ただ掠め、髪を二、三本ほど吹き飛ばしただけの攻撃だ。だというのに、まるで真空波でも発生しているかのように、僕の頬に熱さが走る。恐らく切れたのだとは思うけれど、それを確認する暇もなかった。

 僕のスキルは、『剣技』レベル99。そして、『体術』レベル88。

 比べゴルドバのスキルは、『全身凶器』レベル99。純粋にこれが『体術』の上位スキルであるため、その恩恵は凄まじいものとなる。

 スキルだけなら、僕の方が圧倒的に不利ということだ。


「コロスコロスコロスコロスゥゥゥッ!!」


「黙れぇっ!」


 連打の波の間を縫って、僕の剣がゴルドバへと襲いかかる。

 だがゴルドバはそれを視認して、それから輝く光に包まれた。これはスキル『鉄壁』の発動だ。一定時間、物理攻撃を完全に防ぐ結界を張るものである。

 きぃんっ、と結界に僕の剣は弾かれ、それと共に両手に痺れが走る。

 一歩後ろに下がると、ひとまずその時点で状態は小康を迎えた。


「ぜぇ……なんだよ、こいつ。強い……」


「凄まじい……これは、ノア様! 私も助力を!」


「ドレイク、お前はジェシカを守っていてくれ! こいつがそっちに行ったら、止めろ!」


「は、はっ……!」


 ドレイクの助力があれば、少しはやりやすいかもしれない。

 だけれど、もしもその時点で標的を変えてきたら、ジェシカが危ないかもしれないのだ。だからこそ、ドレイクは動かせない。

 くそっ。

 あと一人や二人、魔物の幹部を連れてくれば良かった。ミロとか、ギランカとか。


「ちっ……もう動くかよっ!」


「オォォォォォォッ!!」


 スキル『鉄壁』の効果が切れると共に、ゴルドバが動き始める。

 目標は、相変わらず僕だ。僅かな時間とはいえ、少しは休めたことをありがたく思おう。

 ただ、僕がいつまでこの膠着を続けられるか。

 少しでも油断すれば、まるで死神の鎌であるかのように、ゴルドバの拳は僕の命を絶ちにくるだろう。

 そうならないためにも、集中力を切らしてはならない。


「ちっ……なかなかにしぶといではないか、魔物使い」


「は、ぁっ! 負ける、かよっ!」


「ふん。おとなしく負けを認めれば、その命くらいは助けてやっても良いものを」


「お前なんかに、負けるかっ!!」


 ゴルドバの連打を弾き返しながら、大教皇へ向けて叫ぶ。

 強いことは認めよう。守護者の強さは、ハイドラをはじめとして桁違いだ。だけれど、だからといって僕が屈する理由はない。

 そして、何より。

 大教皇という立場と、聖ミュラー様とやらから与えられた戦力だけで有頂天になっているような、こんな男に負けたくない。


「はぁぁぁっ!!」


 連打の隙間で、ゴルドバの首を狙って剣を振るう。

 しかしその動きも読まれていたのか、ゴルドバを再び淡い輝きが覆うと共に、堅い壁に当たったかのように剣が弾かれた。

 また、スキル『鉄壁』――これを発動される限り、僕の剣はゴルドバに届かない。

 その代わりに、スキルを発動してから一定時間、ゴルドバも動くことができないという状態ではあるけれど。


「はぁ、はぁ……!」


「ノア様っ……!」


「ジェシカ、絶対にドレイクから離れるな!」


「は、はいっ!」


 どうすれば、この化け物を倒せる。

 どうすれば、この化け物に僕の剣が届く。

 どうすれば、この化け物から皆を守ることができる。

 悩むけれど、答えが出ない。

 僕は今まで誰にも負けたことがないし、死ぬほどの窮地に陥ったこともないのだ。

 全ては、僕が『勇者』という出鱈目な能力を持つ職業であったために。

 どんな魔物だって、一撃で仕留めてきたんだから。


「オォォォォォッ!!」


「くそっ……!」


 ゴルドバが再び動き出して、僕に向けて拳を振るう。

 それを剣で受け止めると共に、僕の剣にぴきっ、と小さく罅が入った。割と高い、丈夫な剣をシルメリアに調達してもらったというのに。

 だが、それも当然か。

 そもそもゴルドバは『全身凶器』という『体術』の上位互換に加え、スキル『怪力』も常時発動している。一撃一撃が、巨石を砕くほどのものということだ。剣で受け止める程度では、罅が入るのも仕方ない。

 こうなるのを恐れて、受け流しでどうにか凌いでいたのに。


「やば、い……!」


「コロスコロスコロスコロスゥゥッ!!」


 どうにか、こいつを止める方法はないか。

 せめて僅かにでも、こいつの行動を阻害することはできないか。

 例えば、そう。

 大教皇が、僅かにでも止まれと、そう言えば――。


「はぁぁぁっ!!」


 これは、賭けだ。

 もしも効果がないのならば、この膠着状態が続くだけである。だけれど、試してみるだけの価値はあるだろう。

 必死に攻撃の隙間を縫って、喉を射貫くように剣を突き出す。

 それと共に、再びゴルドバを纏う淡い光――スキル『鉄壁』。当然、突き出した僕の剣はそれに阻まれて、ゴルドバまで辿り着かない。


「《解析アナライズ》!」


 ゴルドバがスキル『鉄壁』を使用している、僅かな時間。

 僕はその間で、魔力を総動員して《解析アナライズ》を発動する。その目標はゴルドバ――でなく、その後ろ。大教皇だ。

 僕の視界に、大教皇の情報が半透明の文字列で並べられる。


 名前:ルークディア・ライノファルス

 職業:大教皇レベル32

 スキル

 村人の意地レベル35

 神聖魔術レベル32

 回復魔術レベル32

 祈りレベル32

 聖言レベル20

 神罰の代行者


 何故、所有スキルに職業『村人』の唯一持つスキルがあるのだろう。

 そして気になるスキルは、『神罰の代行者』だ。レベルのないこれこそが、大教皇という職業だけが持つスキルなのだと思う。

 これを、さらに深く《解析アナライズ》する。


 神罰の代行者

 聖ミュラーの守護者たる魔物を召喚する。魔物は大教皇に従う。


 何が神託だ。

 そんなもの、嘘っぱちじゃないか。単に魔物を召喚することができる能力だってだけじゃないか。

 だけれど。

 これなら、もしも僕の考えが正しければ。

 僕は――ゴルドバを、倒すことができる。

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