第9話 大教皇の思惑
「ほう……」
「ドレイク、父さんたちを守って」
「は。そやつが少しでも動きを見せれば、すぐに対処いたします。《
ドレイクが透明な水の体から、普段の姿へと変化する。
種を明かせば、簡単だ。ドレイクにも僕は『魔物融合』を施しており、その際にスライムを融合させていたのである。そしてドレイクも職業『キメラ』になっており、様々な魔物に変化することができるのだ。
一番レベルが高いということで、普段はゾンビグラップラー固定だ。だけれど今回、隠れてヘンメルに近付けるために粘体のスライムに変化したのである。転移でどこかに去ったと見せかけて、実は薄い水の体になってじわじわとヘンメルに近付いていたのだ。
それを看破されないように、僕は時間を稼いでいた――そういうわけである。
「く、くそっ……ぼ、僕の、腕が……っ!」
「次は、僕の母さんか兄さんを連れてくるつもりか? 奥には行かせない。奥に行こうとすれば、即座に殺す」
「くっ……!」
「ノア……」
「父さんも下がって。ドレイクから離れないように」
どこか、ほっとした様子の父さんを見て、僕も笑みを浮かべる。
最悪は、父さんを犠牲にすることも考えた。父さんに凶刃が振るわれると共に僕が全力で、母さんと兄さんを保護することも考えたのだ。
だけれど、僕にはできなかった。
家族を犠牲にするなんて。
「ふむ……我に逆らうか、魔物使い」
「最初から、交渉が成り立つとは思っていないよ。だけど、僕からも提案させてもらおう」
「ほう」
「今すぐ、僕の母さんと兄さんを解放しろ。そして、僕たちが帝都を出るまで追ってくるな。そうすれば、お前らの命は助けてやる」
家族さえ解放することができれば、僕がここにいる理由はどこにもない。
あとは母さんとハル兄さんさえ保護すれば、彼らを僕の国まで連れて帰ればいいだけの話である。
「ふむ……であらば、こちらも切り札を使う他にあるまい」
「何だって?」
「そうだな……先、貴様の国に攻め込んだ巨大な竜がいただろう」
「ハイドラのことか?」
キングハイドラ――今はオネエドラゴン、キングの姿を思い浮かべながらそう言う。
そういえば、ハイドラはミュラー教の守護者とかシルメリアが言っていた気がする。『聖ミュラー様の遣わされた守護者』みたいな。
正直、何故僕以外の人間が魔物を操れるのか疑問ではあったけれど。
「聖ミュラー様に従う守護者は、アレだけではない」
「何だって?」
「神託は降りた。今代魔王は、誅殺すべし。そして、その機は今をもって他になし」
「へぇ。もう僕に協力は要請しないってこと?」
「否」
くくっ、と布の向こうで大教皇が嗤う。
その笑い声は、圧倒的にこちらを見下しているかのような、ひどく不快なもの。
「我が前に倒れよ、魔物使い。そして泣き叫び、慈悲を乞え。圧倒的な力を前に、ひれ伏せ。上手な命乞いをするのであらば、その命を助けてやろう」
「言ってくれるじゃないか」
「出でよ、守護者――」
きぃんっ、と耳障りな音が響くと共に、大教皇の右手が光る。
その光に一瞬網膜を焼かれ、視界が霞む。されど、その光は一瞬で消え。
そして、次の瞬間。
僕の目の前に――漆黒の全身鎧に身を包んだ、何かが現れた。
「――――」
「……」
「偉大なる我らが父、聖ミュラー様は今代魔王を誅戮するにあたって、最も相応しき守護者を遣わされた」
見た目だけならば、全身鎧の大男に見える。
だけれど、その体から沸き立つ瘴気は、どう考えても人間のそれではない。圧倒的なまでの存在感と威圧感に、僕の後ろでジェシカが小さく「ひっ――」と声を上げていた。
これが、守護者――。
「聖ミュラー様の御心のままに、今代魔王を誅戮せよ。守護者ゴールドバードよ!」
「ゴールドバード、だって?」
その名前は、聞いたことがある。
それはいつだったか、パピーが並べていた名前の羅列の一つだ。確か、パピーが言うところの『
――我は強欲の邪竜グランディザイア、あやつは九頭の魔竜キングハイドラ……あとは天空の覇竜ゴールドバード、深海の蒼竜リヴァイアサン、絶影の黒竜ライトニングロア、紅鱗の飛竜クリムゾンファングくらいか、我が知っているのは。
無駄に格好いい名前ばかり並べていたから、覚えている。
そのうちの一体――それが、天空の覇竜ゴールドバード。
「左様。聖ミュラー様の御心のままに、ひれ伏すが良い。魔物使い」
「《
僕は一瞬の躊躇もなく、全身鎧に向けて《
キングハイドラは、強かった。とても、僕一人では倒すことができなかったと思うほどに。もしもこいつが、それほど強いのであれば――。
名前:ゴルドバ
職業:ゴールドバード レベル99
スキル
全身凶器レベル99
怪力レベル99
鉄壁レベル90
防御崩しレベル90
物理耐性レベル60
魔術耐性レベル40
「……」
とんでもない。
それが、純粋なスキルを見た上での感想だ。
まず『全身凶器』レベル99というのは、『体術』の上位スキルだ。強化したドレイクでさえ、レベル33しかないスキルである。さらに『怪力』レベル99というのは、膂力をさらに上昇させるスキルだ。いつかチャッピーが発動したところを見たことがあるが、スキルを発動させると巨大な岩を一撃で壊していた。
さらに『鉄壁』は、発動させるとほとんどの物理攻撃を無力化するものである。発動すると共にその場から動けなくなるというデメリットがあるけれど、発動している間はほとんど無敵になるようなものだ。それがレベル90ともなれば、壊すのも難しい。本来『鉄壁』を打破するには、もっとレベルの高い『防御崩し』が必要になるのだけれど、残念ながら僕は習得していないのだ。
だけれど、それ以上に僕が気になったことが、一つ。
それは――守護者ゴールドバードの、その名前だ。
「ゴルドバ……」
「ほう……分かったか、魔物使いよ。守護者ゴールドバードとは、かつて呼ばれた名をゴルドバという」
「それは……魔王リルカーラを倒した、勇者の名前じゃないかっ!」
「如何にも。リルカーラは守護者ハイドラを恐れ、遺跡の中へと逃げ帰った。それを追い、誅戮した者こそがこの守護者ゴールドバードである」
「くっ……」
「オォォォォォォォォォッ!!」
ゴールドバード――ゴルドバが、咆吼した。
その声に、背後からぺたん、という音が聞こえる。恐らく、ジェシカが腰を抜かしたのだろう。ドレイクからも、戦慄に唾を飲み込む音が聞こえる。
そして、僕は振り返ることができない。少しでも隙を見せれば、その瞬間にこいつが襲いかかってきそうで。
腰の剣を抜き、構える。
少しの油断でも見せれば――僕は、死ぬ。そう感じるほどの、圧倒的な力。
「さぁ、やれ。守護者ゴールドバードよ!」
「コロスコロスコロスコロスコロスゥゥゥゥゥゥッ!!」
「くっ……!」
ゴルドバが大地を蹴り、一瞬で僕との間合いを詰めて。
そしてゴルドバの拳と、僕の剣が。
激突した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます