第12話 聖ミュラーの選択

「ふぅ……」


「くっ……そんなっ……! 何故っ、何故だっ……!」


「内緒。企業秘密ってやつだよ」


 守護者ゴルドバを、ようやく倒すことができた。

 呆気ない幕切れのように思えるが、僕にしてみればようやく終わった感じだ。体中疲労感でいっぱいだし、ゴルドバに何発か食らったせいで超痛い。


 あー、そういえば、瀕死にさせて仲間にすれば良かったな。

 まぁ、どっちにしても今の僕じゃ手加減ができないから、瀕死に留めるのも難しいんだけど。

 あとは、調子に乗っている大教皇さえどうにかすれば、万事解決だ。

 しかし大教皇は僕を見て、そして目を細めた。


「ふん……守護者が一体しかおらぬと、誰が言った」


「似たようなのが、まだ他にもいるってことか?」


「いかにも。我が守護者は、ゴールドバードのみに非ず……」


 大教皇が、右手を挙げる。

 それは、先程ゴルドバを召喚したときの光だ。ということは、またあれくらい強い奴が現れると考えていいだろう。

 だが、もしも現れてもジェシカが止められる。ジェシカのスキル『演者』が、いつまで続けられるかは分からないけど。

 ジェシカを見ると、力強く頷いた。どうやらまだ、限界には達していないらしい。

 だが、僕の疲労ももう限界だ。

 せめて、大教皇に一瞬の隙でもあれば、僕が一気に――。


「もう、おやめください!」


 そう、願うような気持ちでいた、その瞬間。

 大教皇の両腕を羽交い締めにして、マリンがその発動を止めた。

 その瞬間、僕の体は自動的に動く。疲労の限界の、その先に達しているというのに、僕の体は最適な動きで大教皇まで最短距離を走り、詰め寄る。


「なっ……マリン! 放せっ!」


「これ以上、我らの守護者を弄ぶのはおやめくださいっ!」


「黙れぇっ!」


 大教皇が、マリンの体を突き飛ばす。「きゃあっ!」と叫んだマリンが尻もちをつくが、それと共に大教皇は僕から目を逸らした。

 これが、僕の欲しかった一瞬の隙。

 何の躊躇いもなく、全くの逡巡もなく、僕はそんな大教皇の背中に剣を突き立てた。


「なっ……!」


 僕の剣が外套を貫き、大教皇の体へと突き刺さる。

 大教皇は愕然と目を見開き、ぷるぷると震えながら歯を軋ませ、その顔を覆っていた布が落ちる。そして、その唇から一筋の血が流れた。


「ぐ、は……」


 がぼっ、とその吐血は多くなり、大教皇が倒れ込む。ずるりと僕の剣から体が抜けて、同時に神殿の床へと血の華が咲いた。


「はぁ……」


 ゆっくりと、腰を落とす。

 これで終わった。ようやく、終わってくれた。守護者を呼び出す力を持つ大教皇さえ封じれば、もう問題は無い。

 大教皇――本来、信仰にその身を捧げなければならない立場の者が、その信仰を利用していたのだ。それが信心深い娘に邪魔をされてその生涯を終えた。まさに彼の言葉を借りるならば、『神罰が下った』に過ぎない。


「姉さん! なんてことを!」


「……」


 マリンの暴挙に対して、ヘンメルがそう叫ぶ。

 マリンは床に座り込んだままで、倒れ伏した父――大教皇を見ていた。


「僕がっ! 僕が大教皇を受け継ぐはずだったんだぞ!」


「ヘンメル……」


「今、父さんに死なれたら、僕が大教皇になる道がなくなるじゃないかっ!」


「……あなたに、そんな器はありませんよ」


 疲れたように、マリンがそうヘンメルへ告げる。

 そこには僕も、完全に同意したい。

 マリンのように、心から聖ミュラーを信仰しているわけでもないヘンメルに、ミュラー教の大教皇など務まりはしないだろう。遠からず、教団そのものが崩壊してゆくはずだ。


「くそっ! こんな連中に、僕の未来がっ!」


「ノア様」


「……ん?」


 ヘンメルが喚いているのを聞かずに、マリンがそう僕に話しかけてきた。

 その目はどこかとろんとしていて、頬は上気していて、どことなく妖艶な雰囲気がある。いや、神官であるマリンをそんな風に思っちゃいけないのは分かってるんだけど。

 マリンはそのまま、座ったままで居住まいを正した。


「父を止めてくださり、ありがとうございました。父も、かつては聖ミュラー様に信心を寄せていた者。それが、あのように己を見失うことになってしまったこと……心から謝罪いたします」


「いや、まぁ……こちらこそ、ありがとう」


「全ての教徒が、あのように考えているとは思わないでください……少なくとも私は、聖ミュラー様を心から……」


 ヘンメルはまだ後ろでぎゃーぎゃー言っていたけれど、マリンは真剣な眼差しで僕を見ていた。

 だが、そんな風に己の信心を語り出し、その途中。

 マリンが、目を見開いた。

 そして何かを探すかのように、空を見上げる。そこに存在する、誰かの声を聞いたかのように。


「あ、ああ、ああああ……!」


「え……どうしたの?」


「聖ミュラー様……何故、私に、そのような大任を……! 私は一介の神官に過ぎない身! そのような栄誉を受けるわけには……!」


「……?」


 なんか、一人で何か言ってる。

 でも、なんか妙な様子だ。まるで、『天職の儀』で天からの声を聞いているみたいな。

 まさか。


「《解析アナライズ》」


 魔力を目に集中させて、マリンを見る。

 そして僕の目の前に、半透明の文字列でマリンの情報が現れて――。



 名前:マリン・ライノファルス

 職業:大教皇レベル1

 スキル

 神聖魔術レベル18

 回復魔術レベル18

 祈りレベル10

 神罰の代行者



「はは……!」


 僕は神様なんて信じてない。ただ、天から職業を与えてくれる何かが存在することだけは知っている。

 だから、僕は聖ミュラー様とやらも信じてない。ただ、天から職業を与えてくれる何かが聖ミュラー様だというなら、多分そうなんだと思う。

 そんな風に笑う僕を、ジェシカもドレイクも、奇妙な目で見ていた。


「の、ノア様……?」


「ノア様、一体……?」


「ははは……!」


 だからまぁ、神様なんて信じてないわけだけど。

 ちょっとだけ、聖ミュラー様なら信じてやってもいいかな。

 だって。

 自分に最も敬虔な信心を寄せていた相手を、ちゃんと大教皇にしたんだから。

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