第24話 マリンの事情
既に大教皇ではない。
その言葉に、僕は絶句することしかできなかった。
何せ、僕は以前――目の前で見ているのだ。父であり先代大教皇であったルークディア・ライノファルスが死した後、そのまま彼女が職業『大教皇』を受け継ぐ様子を。
そのとき僕は、見たことも信じたこともない聖ミュラーに、全力でグッジョブと叫びたかった。ミュラー教を利用して自分の国を作ろうとしていたルークディアに比べて、マリンは心からミュラー教を信奉していることが分かったから。
だが、今彼女は大教皇ではない――。
「……う、うっ」
「そ、その……どういうこと? もう別の奴が大教皇になったから、立場的には大教皇じゃなくなった、ってこと?」
マリンが大教皇であるのは、職業『大教皇』であるからだ。
僕はミュラー教についてほとんど知らないが、もしかすると職業『大教皇』じゃなくても大教皇という立場になる――そんな例があるのかもしれない。現在もマリンの職業は『大教皇』だが、他の者がその立場を奪い取ったから、という話ならば納得だ。
だが、そんな僕の言葉にマリンは首を振る。
「いえ……わたくしは、もう職業『大教皇』を……失いました」
「マジで……?」
「はい……」
「……悪いけど、見せてもらうよ」
「はい。どうぞ……」
僕はへたり込んで座ったままのマリンに向けて、《
同時に僕の視界に映るのは、マリンの情報だ。
名前:マリン・ライノファルス
職業:神官レベル18
スキル
神聖魔術レベル18
回復魔術レベル18
祈りレベル10
かつて僕が見たことのある、マリンのステータス。
だが、僕がこれを見たのはリルカーラ遺跡――マリンと初めて会ったときだ。
あれから、間違いなく彼女の職業は『神官』から『大教皇』へと変わっていたはずなのに――。
「その……マリン、聞きたいんだけど」
「……はい」
「なんで……職業が、大教皇から神官に変わったのさ?」
「わたくしにも……分かりません。まるで力を奪われるような感覚と共に……わたくしの職業が、変わっていたのです」
「何故……」
職業の変化――僕はそれを、二通りしか知らない。
一つは、レベル49になった者が試練を経て至ることができる、上位職だ。ドレイクから話を聞いただけだが、彼は『武闘家』から『拳聖』に進化したらしい。
そしてもう一つ――それはきっと、僕だけが知っている事実。
『転職の書』によって、僕が『勇者』から『魔物使い』に変わったことだ。
「その……マリン」
「はい……」
「誰が、それをやったんだ? 何もなく、ただそうなったわけじゃ……」
「……わたくしの弟、ヘンメルです」
「……」
ヘンメル・ライノファルス。
先代大教皇ルークディア・ライノファルスの実の息子であり、マリンの弟だ。元々、ルークディアは彼に大教皇を継がせるつもりだったとか。
でも《
だが――ヘンメルはマリンが『大教皇』を継いだ後、騎士団に連行されたはずなのだが。
そんな僕の疑問を分かってか、マリンが溜息交じりに続ける。
「ヘンメルは……あの後騎士団に連行されましたが、証拠不十分ということで釈放されました」
「そうだったの?」
「はい。さらに……ノア様のご両親を攫った件についても、あくまで主犯は父ルークディアであると主張し、自分は巻き込まれただけだと言ったそうです。その結果、ヘンメルは釈放され、再びミュラー教に戻ってきました」
「……」
きたない。さすがアイツきたない。
こんなことなら、あのとき気絶させるんじゃなく、ちゃんと息の根を止めておくべきだった。
「ですが……わたくしが、大教皇命令で僻地の神殿に務めさせました。今まで父に阿るばかりで、まともに信仰心も持っていなかったヘンメルですが……一からやり直す形になれば、きっと信仰心も芽生えてくると考えていたのです」
「ふぅん……」
「それからは会っていなかったのですが……先日、ミズーリ湖岸王国の国王と名乗る人物と共に、わたくしの元にヘンメルが来たのです。そのとき、何か奇妙な書物をわたくしに見せて……次の瞬間、わたくしは大教皇ではなくなっていました」
「……なるほど」
「あれが……もしかすると、『転職の書』だったのでしょうか……」
「……」
その問いに、答えるのは難しい。
かつて『転職の書』で職業『魔物使い』になった僕だが、あのときは僕以外に誰もいなかった。そして、誰かから職業を奪ったという感覚もなかった。もっと言うと、僕がぺらぺらページをめくっているうちにあるページで止まり、その瞬間に声が聞こえたのだ。
僕も未だに、あれの使い方が分かっていない。
「ふむ……じゃあ今は、ヘンメルが職業『大教皇』ってこと?」
「はい。その後、すぐにヘンメルに《
「はぁ……厄介な奴が大教皇になったなぁ……」
僕としては、あまり歓迎したくない未来だ。
そもそも僕は、マリンが大教皇になったからこそ、ミュラー教とは良好な関係を築こうと考えていた。魔王が絶対悪と認定されているミュラー教であるから、表向きはさほど仲良くできないかもしれないと考えていたけれど。
だがヘンメルが大教皇になったということは、いつぞや先代大教皇が言っていたこと――聖ミュラー教国の建国とか、そういう考えを持っているかもしれない。
「わたくしにも、分かりませんが……ヘンメルに協力した人物が、いるようです」
「まぁ、その本が何かは分からないけど……さすがにそんなもの、持ってたわけがないもんね。誰かが渡したか、与えたか……」
「その人物は……ヘンメルと一緒に、わたくしのところに来ました。ノア様も、知っている人物です」
「……僕が?」
謎の、ヘンメルの協力者。
残念ながら、心当たりは全くない。というか僕、交友関係狭いよ。友達とかいないし。自分で言ってて悲しいけど。
そんな僕が、知っている人物――。
「はい。『七色の賢者』シェリー・マクレーンです」
「……」
ふむ。
『七色の賢者』シェリー・マクレーンね。
……。
え、誰?
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