第27話 衝撃
「どうするんだよ、お前らのせいで逃げられたじゃないか」
「す、すまねぇ、ご主人……」
「わ、我は、ただ、悔しく……」
「せめて、全員逃がしたわけじゃないのが救いだけどさ……」
ううん、と腕を組んで考える。
ランディとシェリーの二人には、逃げられてしまった。そして、二人の口から僕の存在、そして魔物の存在は知れ渡るだろう。ドラゴン――パピーが僕の配下にいるということも、知られてしまうと思う。
そしてドレイクは言っていた。ドラゴンが現れた場合、それを討伐するためにSランク冒険者へと緊急クエストが出される、と。それはつまり、国家をもってしてもドラゴンは脅威の存在だということだ。
そんなドラゴンを使役している人間がいるとなれば、それこそ一国が全力で襲いかかってきてもおかしくない。
さらに、ここはエルフの隠れ里だ。
エルフの奴隷というのは、高値で売れる。僕も相場は知らなかったけれど、アリサのように妙齢の女性ならば金貨五十枚だ。そして、この村の若者はほとんどが死んでしまったとはいえ、子供はまだ残っている。エルフの少年や少女もまた、奴隷商人にしてみれば垂涎の代物だろう。
あいつらがここにエルフの隠れ里があると流布すれば、エルフを攫うために悪党どもがやってくることは間違いない。
「ノア殿!」
「ああ……アリサ」
村の中から、僕の元へとアリサが駆けてくる。
冒険者たちが悪党だったなら、今頃はこの村が火に包まれていたかもしれない。そして、売ることのできるアリサや子供たちを攫い、老いたエルフたちが皆殺しにされるような未来もあっただろう。
まだ、ドレイクたちがあくまでドラゴンを討伐に来た冒険者だったからこそ、アリサたちは無事だったのだ。
もっとも、どれほど品性の備わった冒険者であっても、魔物を相手に手加減することはない。だからこそ、チャッピーは死んだのだ。
「すまない、ノア殿……チャッピー殿が……」
「うん……何があったのか、説明してくれる?」
「ああ……昼前くらいまで、チャッピー殿は村の子供たちと遊んでいたのだ。私はチャッピー殿の言葉は分からないが、楽しそうな様子だった」
「……うん」
チャッピーは、本当に心優しい奴だった。
おで、おで、と僕を慕ってくれているのも、知っている。だからこそ尚更、チャッピーを害したドレイクが許せなかったのだ。
「だが、昼前に突然、子供たちと遊ぶのをやめて村の入り口に向かったのだ。恐らく、何かの気配を感じたのだと思う。単身で外に出て……そこに、あの三人がやってきた」
「……」
「チャッピー殿は、この村を守ろうとしてくれたのだと思う。だが、あいつらは逆に、この村をチャッピー殿が襲おうとしているのだと勘違いをした……チャッピー殿は勇敢に戦われたが、結果は、見ての通りだ」
「……ああ」
村の入り口に転がる、チャッピーの姿を見る。
その腹には既に風穴が開いており、チャッピーの体を中心とした血の花を咲かせている。既に事切れているのは、誰の目からも明らかだ。
せめて、埋葬を――そう思いながら、チャッピーへと一歩近付いて。
「……あれ?」
ふと、そこで疑問に思った。
魔物は、魔素によって作られた実体のない存在だ。だからこそ、倒すとそのまま魔素となって消滅するのである。僕がリルカーラ遺跡で倒してきた魔物は、一撃で殺すたびに消滅していた。それは間違いのない事実だ。
だけれど、チャッピーの死体はまだここにある。そして、魔素となって消滅するような気配もない。
一体、どういうことなのだろう。何か、僕の知らない事実がそこにあるのだろうか。
「……」
倒れているチャッピーに近付くが、やはり何の反応もない。触れてみても、そこには冷たい感触しかなかった。
少しだけ、消滅していないことから期待してしまったけれど、間違いなく死んでいた。
仲間を失った――その事実に、心が冷たくなっていくのが分かる。
「ミロ」
「お、おう……?」
「そのあたりに、穴を掘ってくれ。チャッピーを、せめて埋葬しよう」
「……ああ、任せろ。ご主人」
ミロが斧を抱えて、そのまま村からやや離れた位置で振り下ろす。それと共に大地が弾け、土が捲れ上がる。
ミロの力ならば、チャッピーを埋葬するのに十分な穴を掘ることができるだろう。僕はその間に、やるべきことをやらねば。
大丈夫さ、チャッピー。
一人で逝かせはしない。冥土の道連れくらいは用意してやるよ。
「おい」
僕が殴りつけ、気を失っているドレイクの襟首を掴んで、引き上げる。
その衝撃でか、頭を揺らされたからか、ドレイクの目が微かに開く。状況が全く理解できていないのだろう、ひどく鈍重に。
だけれど、ドレイクは僕を見た瞬間に。
まるで恐怖の具現に出会ったかのように、目を見開いた。
「ひっ――」
「ああ、別に喋る必要はないよ。ただ、一つだけお願いがあるんだ」
「ひっ、ひぃっ!」
「この一撃で、死ぬなよ」
少なくとも、あと二発は殴らなきゃいけないんだ。この一撃で死なれては困る。
物理耐性もあるようだし、鋼の肉体なんて大仰なスキルもあることだし、そう簡単には死なないだろうけど。全力よりも僅かに力を抜いて、拳を握り締める。
そんな僕の拳が。
思い切り、覚醒したばかりのドレイクの腹を、撃ち抜いた。
「ぶ、ごふっ……!」
背中は地面であるから、吹き飛ぶことはできない。つまり、衝撃は直接体の中に伝わるということだ。
さすがに効いたのか、叫び声と共に血を吐き出す。臓器の幾つかは弾けたかもしれない。そこそこのレベルの魔物でも死ぬレベルで打撃を加えたのだから、当然かもしれないけど。
それでも筋肉を貫けないのは、それだけ鍛えているからだろう。内臓まではさすがに鍛えていなかったようだが。
「さて、もう一発……」
「が、は……」
「これで、死んでもいいよ。あの世でチャッピーに謝るんだな」
「あ、あ……」
口から血を垂れ流すドレイクが、びくんっ、と一瞬跳ね上がって。
そして最後の一撃を与えようとした僕に対して、思い切り目を見開いた。
「え……?」
それと共に、そんなドレイクの首に。
きらりと――よく見た鉛色の首輪が生まれた。
「……」
え、何?
僕、人間も従えることができるの?
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