第26話 冒険者との決着

「あれ……?」


「――」


 僕の拳がドレイクの頬を打ち、再び気を失わせる。これであと二発だ。

 そう考えながら周囲を見回すと、気付いたら村の周囲を魔物の群れが囲んでいた。

 どうやら囲んでいるだけで、こちらを攻撃しようとする素振りは全くないけれど。だけれど何故今、このタイミングで集まってきたのだろうか。

 大きく、バウがアオォォォォォォォン、と吠える。


 まぁ、襲ってこない理由は大体分かる。

 この森の中にいる魔物は全て、僕の支配下にあるのだ。具体的には、パピーの指揮下に。そんなパピーよりも上位存在である僕に対しては、服従するのだと聞いた。


「ひっ!? ま、魔物が、こんなに……!」


「ど、どういうことだよ、これ……!」


 シェリーとランディも、僕の仲間と戦いながら混乱しているのだろう。

 それも当然だ。魔物がこれほどまでに、大量に現れたのだから。


 本来、魔物に群れる性質はない。

 ゴブリンやワイルドドッグのように、種族でまとまって行動する魔物は少なからずいる。だが、少なくとも一定以上のレベルにある魔物は決して群れないのだ。むしろ、一匹で行動することの方が多いだろう。

 リルカーラ遺跡の下層を見れば、よく分かる話だ。あの迷宮では、強力な力を持つ魔物が一匹ずつ個別に襲いかかってきたのだから。

 だからこそ、僕も戦えていたのだけれど。さすがにレベルが高い魔物がまとまって襲ってきたら、僕でも危ういだろうし。


 ゆえ、彼らにとって、この光景は見たこともないような代物だろう。

 ゴルゴーン、ケンタウロス、サイクロプス、ユニコーン、ウェアウルフ、リザードマン、ワイバーン、オーク、コボルト――その種類も姿形も様々な魔物が一堂に会し、僕の命令に従っているのだから。

 ミロやギランカのように、親しく仲間として接することができるわけではないけれど。

 落ち着いたら一匹ずつ、ちゃんと隷属の首輪を嵌めるようにした方がいいのかもしれない。


「お、おい、シェリー! この状況、さすがにヤバすぎる!」


「で、でも……!」


「ドレイクは何してんだよあいつ!」


「向こうでお寝んねしてるわよ!」


「おらぁ! 余所見してんじゃねぇぞ!」


「うぐっ!」


「もうっ! くそっ、このドラゴンめっ! 《氷塊アイスブレイク》!」


「ふはははは! 我にそのような攻撃など効かぬわ!」


「だから背に乗っている我には効くのだと何度言えばいい! 寒いっ! 冷たいっ!」


「人の子が全力で攻撃をしてきているのだ! 我はそれを正面から受け止め、阻むのみよ!」


「相性が最悪だということだけは理解できたぞ、パピー殿!」


 シェリーの魔術を真っ向から受け止めて、そのまま弾き返したり突き抜けたり無力化したりしているパピー。

 背中に乗っているギランカの安否が心配だが、そのあたりは任せよう。むしろ、ギランカが背中に乗る必要があるのだろうか、とか思ったりもする。

 うん。

 もうちょっとまともな乗り物を用意してあげることにしよう。

 この村を囲んでいるほどに、魔物の数は多いし。ギランカと相性のいい魔物も、一匹二匹くらいはいるだろう。


 しかし、不思議だ。

 僕には全く、心当たりがない。これほどの魔物に集まるように命令した覚えもないし、僕の必要なときに来てくれるというのであれば、何故木材を伐採するときに来てくれなかったんだ、ってなるし。

 そして、さらに不思議なことに。

 村を囲んでいるには囲んでいるのだけれど、その密度がやや異なる。僕たちのやってきた道――そこに、魔物が集中して存在しているように思えるのだ。

 もっと端的に言うと、その群れの中心にいるのが――まるで、バウのような。


「ご主人様!」


「ん……?」


「ここに、ご主人様が従える一万五千の兵が揃いました! 僕なら集めることができます!」


「へ……?」


「ご主人様に従っているうちに、そういうスキルを身につけました!」


 意味が分からない。

 一万五千の兵が揃った、というのはまぁ分かる。魔物そんなにいるんだなぁ、というのが本音ではあるが。

 だけれど、意味が分からないのはその次の言葉だ。

 バウが、僕の従える兵を集めるスキルを持つという、よく分からない事実。


 なんとなく気になって、《解析アナライズ》を使ってみた。


 名前:バウ

 職業:ワイルドドッグレベル25

 スキル

 噛みつきレベル22

 爪攻撃レベル10

 魔物招集の吠え声

 隷属の鎖


 バウのレベルが、一気に上がっていた。

 一体何がどうなってレベルが上がったのだろう。そして爪攻撃という新しい攻撃スキルも覚えている。

 そして問題はその下――魔物招集の吠え声だ。


 魔物招集の吠え声

 主人である魔物使いに従う魔物を遠吠えにより集める。


 完全に言葉通りの能力である。

 実に便利だけれど、どうしてバウにそんな能力がついたのだろう。

 そのあたりはさっぱり分からないが、とてとてっ、と僕のところに寄ってきて、褒めて褒めて、とばかりに尻尾を振るバウが可愛いからもうどうでもいいか。もうほんと可愛いなこいつ。


「バウ、えらいぞ」


「えへへっ! 僕これからも頑張ります!」


「うん。それじゃ、バウは僕たちの副隊長だな」


「わぁいっ!」


 魔物を従える魔物使いが僕なわけだから、僕が隊長なのは間違いない。

 そしてバウは、そんな僕の魔物たちを招集できるのだから、副隊長だ。いいね、なんだかいきなりパーティになった気がする。

 今までのバウは僕の癒しでしかなかったけど、こういう形に役立つようになるとは思わなかった。


 だけど、僕のそんな言葉に。

 ぴたりと、動きを止めた二つの影があった。


「何……だと……?」


 一つは、今にもランディに襲いかかろうとして止まった、ミロ。


「貴様、何を……?」


「パピー殿!? どうなされた!?」


 もう一つは、今にもシェリーに滑空攻撃を仕掛けようとした、パピー。

 止まった二匹が注視しているのは、間違いなく僕とバウだ。


 ゆらりとミロがランディを襲う手を止めて、こちらを振り向く。

 ぎろりとパピーがシェリーへと滑空する翼をはためかせ、こちらを睨みつける。


「おい!? ご主人! この場合は俺だろうが! 俺が最古参だぞ!」


「我に決まっておろう! 我はドラゴンであるぞ! ドラゴンこそが花形であろう!」


「お前ら何言ってんの!?」


「あぁ!? ご主人を恐れて縮こまってるだけのでっけぇトカゲが生意気言ってんじゃねぇぞ!」


「牛ならば牛らしく草でも食んでいるがいいわ! 我のような上位存在を敬えぃ!」


「今までろくな活躍もしてねぇお前が選ばれるわけねぇだろうが! ご主人の家を燃やしやがったくせに、偉そうにするんじゃねぇ!」


「うぐっ……! 高いところが怖いような輩が、そのような役割につくなどありえんな! 我こそが正義である!」


「ぐっ……! 高ぇところなんざ別にどうでもいいだろうが! 順番だ順番! 俺が一番なんだよ!」


「順序など関係ないわ! 力の強い者こそが認められるのが必然である!」


「やってやらぁ!」


「殺してくれるわ!」


 何故か――そんな風に、ミロとパピーの喧嘩に発展してしまった。

 これも、僕が副隊長とか新しい役職を作ったせいなのだろうか。というか、魔物でもそういうの欲しいものなんだ。

 でも。

 さすがに、大人気なさすぎやしないか。


 パピーが火を噴き、ミロが斧を振り回す――そんな謎の戦いが開幕した瞬間に。


「お前ら落ち着け!」


「へぶっ!」


「ふぐっ!」


 一匹ずつ、僕が脳天にチョップを食らわせるとおとなしくなった。

 全く、そんな風に仲間割れするのはやめてほしい。

 やれやれ、と思いながら当初の目的――ドレイクを三発殴っておこう、と改めてエルフの隠れ里を見やると。


「シェリー! もういい! 俺らは逃げるぞ!」


「ええっ! 《瞬間移動テレポート》!」


 僕がドレイクを殴りつけ、ミロとパピーの喧嘩が始まったから仕方なく離れた場所で、魔術を発動させたシェリーが叫ぶ。

 それと共にそのまま、ランディとシェリーの姿が、搔き消えるのが分かった。


「……」


 あ。

 逃げられた……。

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