第28話 意味の分からない事実
ゆっくりと、ドレイクが起き上がる。
僕の拳で与えたダメージも、全部回復したみたいに、突然にだ。この反応も全く同じである。
ミロも、ギランカも、チャッピーも、バウも、パピーも、全員その首に隷属の鎖をつけた瞬間に、体力が全て回復したかのように起き上がったのだ。僕の仲間になると共に、それまでに受けたダメージは完全に回復するらしい。
ドレイクは起き上がってから、まず僕に向けて頭を下げた。
「ご無礼を、申し訳ありませんでした。ご主人様」
「……え、あ、うん?」
「ご主人様に対して行った無礼の数々、せめてこの忠誠を誓うことで報いることができればと考えております」
「……どういうこと?」
だが、どう考えてもおかしい。
ドレイクは人間だ。そして僕は魔物使いであって、人間使いではない。つまり、ドレイクが僕の仲間になるはずなどないのだ。
だというのに、ドレイクがまるで魔物のように僕に従っている。その事実の、意味が分からない。
だけれど。
困惑しているのは僕だけで、仲間たちに困惑している様子は全くみられない。
「ったく。てめぇ一番後輩なんだから、しっかり働けよ」
「如何にも。主に従うことができることを、何よりの誉れとせよ」
「ふはははは! ついに我よりも後輩ができたわ! 馬車馬のように使ってやろうではないか!」
「ドレイクさんよろしくお願いします! 副隊長のバウです!」
「貴様! まだ我はそれを認めておらぬぞ!」
「俺だって認めてねぇよ! てめぇが副隊長とか舐めてんじゃねぇぞ!」
「ふむ……争いとは醜いものであるな。それほど身分が欲しいとは、我は思わぬが」
「諸先輩の方々、よろしくお願いします。新参者ですが、ご主人様のために粉骨砕身、働く所存にございます」
「……」
いや、何でナチュラルに受け入れてんのお前ら。
え、何。困惑してる僕がおかしいの? まだ魔物使いについて詳しく分かってるわけじゃないけどさ。もしかして人間も魔物の一種って思われてんの?
だったら僕、一人で世界中支配できない? なにそれすごい。
「の、ノア、殿……?」
あ、良かった。僕以外にも困惑している人がいてくれた。
アリサが随分と混乱しているように、僕に話しかけてくる。そりゃ混乱するよね。僕は魔物使いって名乗ったのに、人間が仲間になったわけなんだから。しかも本人曰く、Sランクの冒険者が。
いや、というか。
僕はチャッピーを殺された怒りを、どこにぶつければいいんだろう。
「な、何故……」
「い、いや、僕にもよく分からないんだけど……」
「何故、ドレイクと名乗ったあの男は、先程から『コォォ』としか言っておらんのだ……?」
「は?」
あれ。
僕の仲間たちと既に談笑を始めているドレイクを見て、確かにおかしく思う。
ミロたちの言葉は、僕にしか理解できない。それは、僕が『魔物言語理解』というスキルを有しているからだ。これがあるからこそ、ミロたちとの意思疎通ができるのだから。
だが、ドレイクにそんなスキルはなかった。《
アリサが、まるで気味の悪いものを見ているかのように、ドレイクを見る。
「で、ドレイクとか言ったな。お前は戦えんのか?」
「矮小なるこの身ではありますが、武を高めてまいりました。少なからず、ご主人様のお役に立てるかと存じます」
「ご主人の一撃であっさり沈んでたくせによ。よく言うぜ」
「それはお主も同じであろうよ、でかいの」
「うるせぇ、チビ」
「ははは、ご主人様がどれほどお強いのか分かりますな」
「ええ、ご主人様は最強ですからね! さすがは僕たちの隊長です!」
ドレイクとミロとギランカとバウが、楽しそうにそう談笑している。
そして、これもアリサにしてみれば「グルル」「キキィ」「コォォ」「キャイン」と聞こえるのだろう。実に気味が悪い。
え、何?
ドレイクってつまり、実は魔物だったってこと?
「おい、パピー!」
「む……どうした?」
「ちょ……これ、どういうことだよ!」
「何がだ?」
一匹、蚊帳の外であくびをしていたパピーに尋ねる。
とりあえず千年以上生きているドラゴンだし、何か知っているだろう。魔王リルカーラの情報とか知ってたし。
だがパピーは、むしろその質問が意味が分からない、とばかりに首を傾げた。
「いや、だから、あいつがなんで魔物……」
「何を言うておる。どう見ても魔物ではないか」
「はぁっ!?」
「あの膨大な魔素が貴様には見えぬのか? なんだ、人間というのは視力も悪いのか」
まるで当たり前のことを言っているかのように、パピーが溜息を吐く。
ふふんっ、と何故か得意げにしていたのが無性に腹が立って、とりあえずパピーの腹を一撃殴っておいた。
理不尽であることは知っている。
「じゃあ、何? あいつ魔物なの?」
「せ、せめて、殴る前に、一言……うぐぅ……わ、我でなければ死んでおるぞ……」
「答えろ」
「お主、我に対しては随分と対応がひどくないか!?」
そりゃひどいに決まってるよ。
ミロは忠実だし、ギランカは紳士だし、バウは可愛い。でもお前、馬鹿で傲慢じゃないか。現状、褒めるところが一個もない。
「痛たた……まぁ、いい。決まっておろう。あやつ、魔物だ」
「いや、普通の職業だったよ!? 魔物じゃなかったよ!?」
「先程まではそうであったとしても、今は違う。あやつは魔物よ」
「はぁ!?」
え、何。
意味が分からない。ほんとに。
そんな風に顔中を疑問で埋め尽くしているのだろう僕に対して、パピーは小さく溜息を吐いた。
「我も、初めて見たときには目を疑ったがな。なるほど、そういう職業なのかと感心したほどだ」
「いや、意味が分からないんだけど! なんでそうなってんの!?」
「貴様がそれをやっているというのに、分からぬのか……?」
は?
僕がやってる?
何をさ。僕には何の心当たりもないよ。
「そうだな……魔術師が不死の邪法をもってして、魔物となることがあろう」
「ああ、それは聞いたことがある。リッチとかだろ」
僕も詳しく知っているわけじゃないけど、旅の道中でそんな話を聞いたことがあった。
魔術師として研究を重ね、邪法に身を窶し、不死の力を手に入れると共に魔に堕ちた者――それがリッチだ。人間としての体を捨てて、魔素を受け入れることで自身を魔物へと変えるのだとか。
不死にさえなれば、いつまでも魔術の研究ができるから、なんて馬鹿げた理由らしい。魔術師ってそういう変人の集まりなのかな。
だけれど、それはあくまで魔術師の話だ。
ドレイクは高い体術もそうだし、鋼の肉体とか完全に格闘家だ。そこに魔術の深淵とか全く関係ないと思う。
だけれど、パピーは。
そんな風に考えている僕に対して、大きく溜息を吐いた。
「言ってみれば、貴様のスキルはそういうものだ。瀕死の状態にある敵に対して膨大な魔素を発生させ、その存在を凝固させるものだな。その瞬間にあらゆる種は魔術師の成れの果てたるリッチのように、魔物と化すのだ」
「……どういうこと?」
「つまり、貴様が攻撃したから、あやつは魔物になったのだ」
「……」
え。
ドレイクの正体が魔物とかそういう意味じゃなくて。
僕が――ドレイクを、魔物にしたってこと?
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