第29話 最強の尖兵

「というか貴様、魔物が何かを知っておるのか?」


 唐突に、パピーが偉そうにそんなことを言い出した。

 思わず、そんな言葉に眉根を寄せる。そんなこといきなり言われても。


「魔物は……魔物だろ?」


「頭の悪い答えだな」


「ふんっ!」


「ぶごふぅっ!」


 あ。

 なんかいきなりディスられたからつい拳が出てしまった。思い切り腹を打ち、パピーの体が吹き飛ぶ。

 大丈夫。ちゃんと手加減はしてる。僕は仲間を殺す趣味なんて持ってない。


「き、貴様……い、今のは、う、ぐっ……!」


「学習しないよな、お前」


「は、入っては、ならぬところに……レバーを……ごふっ……」


 うん。確かにいい手応えがあった。

 吹き飛んだ先でパピーが悶えながら、ぷるぷるとその体を震わせている。シェリーの言うところの『古竜王エンシェントドラゴン』とやらが、随分な体たらくである。


「……で、魔物が何だって?」


「す……少し、待て……さすがの我も……動けぬ……」


「ったく……《回復ヒール》」


「む……」


 ふわっ、と白い光がパピーを包む。

 それほどレベルは高くないけれど、僕は一応回復魔術が使える。さすがに致命傷を治すとか、死者を生き返らせるとかはできないけど。

 パピーが、痛みが次第に引いてゆく感覚に驚きながら、ゆっくりと立ち上がった。


「貴様、色々とできるのだな。まさか回復術まで備えているとは」


「まぁ、一応ね。んで、魔物が何だって?」


「う、うむ……我も、もう殴られたくない。素直に答えよう」


「それでよろしい」


 殴られるまで学習しないんだよな、こいつ。

 もっとも、明日になったらまた忘れてるんだろうけど。どう躾ければいいんだろう。そもそも会話が通じるから躾ける必要がないと思っていたけど、パピーの悪癖は色々と注意が必要だと思う。


「人間が我らを『魔物』と呼ぶのは、蔑称だ。『魔性の物』という言葉を略したものに過ぎぬ。つまるところ、人間の常識では量れない存在を一まとめにして括った言葉だ」


「まぁ、そうだね」


 エルフやドワーフ、獣人などを示す言葉は、一般的に『亜人』という言葉が使われる。つまるところ、そういった存在は人間の亜種であると思われているからだ。

 だが、魔物は違う。魔物は意思の疎通をすることもできず、人間とは決して相容れることのない存在として認識されているものだ。だからこそミノタウロスもゴブリンもオーガーもワイルドドッグもドラゴンも、その見た目も大きさも種としてすら全く違うというのに、同じ魔物として扱われているのだ。


「だが、我らも我らのことを同じく『魔物』と呼ぶ」


「……なんでだ? 蔑称じゃないのか?」


「貴様らとは、考え方が違う。人間どもは我らを『魔性の物』として魔物と呼ぶが、我らは己のことを『魔王の物』として魔物とは呼ぶのだ」


「はぁ?」


 魔王の物?

 意味が分からない。

 いや、だって魔物だって生きてるじゃないか。殺したら死ぬじゃないか。決して物じゃないと思うけど。


「そもそも、我らを作ったのは魔王だ。魔王が、己の僕として作った眷属こそが魔物である」


「そうなの?」


「ああ。我も、ミロもギランカもチャッピーもバウも、魔王によって作られた存在だ。逆に言えば、魔王がいなければ魔物は生まれぬ。あらゆる魔物を創造し、己の手足として操るのが魔王という存在であるからな」


「……?」


「ゆえに、魔王の意思に従う人形のような存在だと思えば良かろう。あながち『物』というのも間違ってはおらぬ。そこに己の意思はないし、ただ『人間を殺す』という命令に従うだけの存在でしかないからな」


「……」


 なんか、前にも似たようなことを聞いた気がする。でもぶっちゃけ、よく分かってない。

 でも、ここで普通に「分かんない」と言うのも癪だ。相手パピーだし。

 とりあえず、分かってる風に頷いておこう。


「作った存在である魔王が消滅したとしても、魔物は魔王より与えられた命令に永遠に従う。その中で、極めて一部の存在だけが己の存在に疑問を抱くのだ。己とは何なのか、自分とは何なのか、長い時間を自問自答し、そして答えを得る。一つの存在なのだ、と。それが、意思を持つ魔物――すなわち、我のような存在だな。そう、我のような」


「二回言うなよ……つまりお前、すっごい稀少レアってこと?」


「いかにも。少なくとも今まで、我が生きている間に、他に意思を持つ魔物に出会ったことはない」


「……」


 なんかパピーが凄く見えてきた。パピーのくせに。


「ふーん……んじゃ、ドレイクはどういうことなんだよ? 自分から魔物になったわけだろ?」


「そうだな」


「意味が分からないんだけど。じゃあ、どうしてドレイクは普通に喋れてたのさ」


「成り立ちの違いだ。無を礎として作られる魔物と、人間を礎として作られる魔物との差だな。力を求め、渇望する人間に対して、魔王が魔素を与えることで変貌する。あやつは、まだ魔物となって日が浅い。ゆえに、まだ己の意思が残っていたというだけのことだ。長く魔素に身を任せれば、そのうち人の言葉を忘れ、人の心を失う。そうして、魔物と化すのだ」


「……」


 もう、なんか頭痛い。

 さっきから魔物、魔物ってばかりで混乱しそうになる。


「……結局お前、何が言いたいのさ」


 似たような話を聞いたのは、パピーを仲間にしたときだったかな。

 あのときも、魔物に意思を与えることを理想的な部下を作ることだとか、それは王なのではないかとか、そういう話をされた気がする。確かに僕も異常だとは思うけれど。


「まぁ……そうだな。長々と語ったが、つまり魔物とは魔王の作った魔素の塊でしかない。死しても屍は残ることなく、魔素として霧散するのがその末路だ」


「いや、だから……え?」


「我の言いたいことは、分かっただろう」


「……」


 魔物は、魔素の塊でしかない。死ねば魔素として霧散する。

 それが当然のことだ。僕だってそう思っていた。

 だけれど。

 ならば何故――チャッピーの屍は、そこにある?


「まさか……」


 パピーに背を向けて、そのままチャッピーの屍に駆け寄る。

 そこに命の灯はない。血の花を咲かせて、うつ伏せに倒れて絶命している。

だけれど。

 魔素に戻り、霧散する――その様子は、どこにもない。


「貴様の魔物使いという職業は、ただ魔物を従えさせるものではない。『魔王の物』であったはずのものに命を吹き込み、その形を与えたものだ。ゆえに魔素は、その形を保ったままで凝固したのであろうよ」


「《回復ヒール》!」


 パピーの言葉を流し聞きながら、僕は屍のチャッピーに向けて回復魔術をかけた。

 低レベルでしかない僕の回復魔術だし、こんな風に死者に対してかけたことはない。僕の回復魔術に、それほどの威力があるとは思っていなかったからだ。

 だけれど。

 これが本当に、『魔王の物』ではなく『僕の仲間』として魔素を凝固した存在であるのならば。


 それは――。


 傷が塞がり、のそり、とチャッピーが起き上がる。

 意味が分からない、とばかりに、寝起きのように目を細めながら。


「……ごしゅ、ごしゅじん? お、おで、な、なに、してた……?」


「チャッピー!」


 長々とパピーが語っていたことは、本当に意味が分からなかったけれど。

 最後の言葉だけは、よく分かった。つまり僕の仲間は、凝固した魔素により構成されているために、霧散しない。

 そして、魔物という存在が『魔素の拡散』によって死に至るのであれば。

 僕の従える魔物は――死なないということ。


「喜べ、小僧……いや、魔物使いノア・ホワイトフィールド」


 パピーが、高らかに告げる。


「貴様の仲間は、殺しても死なぬ最強の尖兵たちであるぞ」

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