第31話 パピー強化

「……」


「……あの、ノア様。先程からパピーさんと、何のお話を」


「……」


 隣にいるジェシカが、僕にそう尋ねてくる。

 そんなジェシカの言葉に、何と答えていいか分からない。あまりにも衝撃的すぎる言葉を聞いてしまって、頭が停止している感覚だ。

 パピーの言葉は、人間に分からない。つまり、ジェシカには分からない。

 ここで僕が「魔王がミュラーってどういうことだよ」とか、そういう風に聞き返すわけにはいかないのだ。


「はぁ……」


「ノア様?」


「ちょっとパピー、場所を移そう。今から、オルヴァンスの国境に向かう」


「……先程、そちらから戻ってきたばかりですが」


「我は構わんぞ。背に乗るがいい」


 ジェシカの言う通り、僕はさっきオルヴァンス王国との国境から戻ってきた。

 リルカーラの作った防壁――ゴーレムで出来たそれを、視察しただけだ。見事に国境沿いをゴーレムが取り囲んでいる姿を、確認してきただけである。

 だが――。


「ジェシカは一旦戻って、リルカーラにオルヴァンスの国境に来るよう伝えておいて」


「は、はぁ……分かりました」


「それじゃパピー、乗るよ」


「うむ」


 ひょいっ、とパピーの背中に乗る。

 オルヴァンス王国との国境まで、それほど距離があるわけじゃない。そもそもハイドラの関から以西をオルヴァンス王国に任せている現状だから、国境もそのあたりだ。そして旧ドラウコス帝都、現グランディザイア首都からハイドラの関までは、馬車で一日といったところだ。

 パピーなら、もっと早く到着することだろう。


「それじゃ、ジェシカ。あとは任せた」


「承知いたしました」


 恭しく、僕に向けて頭を下げてくるジェシカ。

 こういう風に指示をして、こういう風に頭を下げられるって、なんか物凄く王様っぽい僕ではあるんだけど。


「あとは任せたも何も、普段から小僧は全部任せっぱなしではないか」


「……」


「痛い! 痛い! 鱗を引っ張るな!」


 それは僕も分かってるけど。

 なんか、こいつに言われるとむかつく。













「それで、ここまで来てどうするつもりだ」


「……」


 オルヴァンス王国との国境――ゴーレムたちの壁に到着する。

 そこまで僕を連れてきてくれた、パピーがそう尋ねてきた。


「ああ……今から、お前を強化するんだけど」


「うむ」


「お前の融合素材に使う魔物を、ここのゴーレムにしようと思って」


「……そうなのか?」


 僕には一応、魔物の部下が大勢いる。

 その中には僕が意思を与えているものと、与えていないものに大別される。ちなみに、仲間にする前から意思があったのはパピーくらいのものだ。

 ミロ、ギランカ、チャッピーといった幹部の魔物たちは前者で、他に都市で様々な仕事をしている魔物は後者だ。僕が『隷属の鎖』を与えているかどうかが、その違いである。

 で、基本的に僕は意思を持たない魔物を、意思を持つ魔物に融合させる形で強化している。

 例えばミロとギランカを融合させた場合、どちらの意思が優先されるのか分からないからだ。


 でも最近、その『意思を与えていない魔物』の数も随分減っている。

 ギランカのエリートゴブリン隊を作るときとか、他にも割と強化した魔物は多くいて、そのたびに数が減っていったのだ。今、そんなに残っていない。

 さらに意思を持っていない魔物は、単純作業を行わせるのにとてもありがたい存在であるから、様々な仕事で活躍している。

 だからパピーを強化するためだけに、彼らの頭数を減らすのはあまり良くないのだ。


「まぁ、こっちの事情ではあるけどね。だからお前、ドラゴン以外の魔物に変化することはできないけど、別にいいだろ?」


「そうだな。我は誇り高きドラゴンだ」


「はいはい」


 スキル『魔物融合』によって融合したら、両方の魔物に変化することができる。

 いつぞやは、ドレイクが自分の融合元となった魔物――スライムに変化したことで、難を逃れたこともあった。そんな風に、様々な魔物に変化することができるというのも、この『魔物融合』の利点の一つではあると思う。

 でも、パピーがドラゴンじゃない姿になるというのも違和感があるし。


「《解析》――」


 僕は国境を並ぶゴーレムたちの、情報を見る。

 それぞれ、レベルは一律30だ。リルカーラ曰く、レベルが高い魔物を作成するのは魔力が必要らしく、あまり多くは作れないらしい。そんなリルカーラが、短期間で国境を囲むだけの魔物を作り出せるのが、レベル30が限界だったのだとか。

 まぁ、レベル30なら並の冒険者だと手を出せないし、それが徒党となってやってくるのだ。今後、問題にはならないだろう。


「さて……それじゃパピー、ゴーレムの横に立って」


「うむ」


 パピーが僕の指示通り、ゴーレムの壁の横に立つ。

 そして僕はそんなパピー、ゴーレムの二体に対して、スキルを発動した。


「『魔物融合』――!」


 ゴーレムの姿が溶けるように、パピーの中に吸い込まれていく。

 いつぞやアマンダに対して行ったときには、レベル70を突破した瞬間に職業『キメラ』として人間の姿になった。

 そして、現在のパピーのレベルは67である。


 ここで、『魔物融合』について説明しておこう。

 元々のレベルから、職業『キメラ』に対しては純粋にレベルが加算される。パピーのレベル67に対して、ゴーレムのレベル30がそのまま加算されてレベル97になるということだ。

 だけれど、パピーの元々ある職業『スカイドラゴン』に対しては、その一割程度しか加算されない。つまりレベル67のパピーに、レベル30の一割――3が追加され、レベル70になるということだ。

 これを繰り返し、最終的には職業『スカイドラゴン』レベル99を目指すのが、本日の強化である。


「……」


 目の前で起こる融合を見ながら、なんとなく思う。

 そういえばパピー、『人変化メタモルヒューマン』したら何になるんだろう。こいつの性別、全く聞いたことない。

 まさか、女の子になるわけがないとは思うけど――。


「おお、これが強化か! む……小僧、我の体が随分と小さくなっておるぞ」


「……」


「ふむ、これが『人変化メタモルヒューマン』か。面妖なものよな。これほど力ない我は初めてだ」


「……」


「おい、どうした小僧」


 僕は、全力で言いたい。

 今までこいつに、「小僧」「小僧」と言われていた日々を思い出し――。


「お前の方が小僧じゃないか!」


 僕より、頭二つ分は低いだろう背丈。

 そんな、目の前にいる偉そうな子供に向けて、僕は叫んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る