世界でただ一人の魔物使い~転職したら魔王に間違われました~
筧千里
第一部 魔物使い立志編
プロローグ
「やっと、見つけた……」
達成感から僕の口から出た一言は、そんな何の変哲もない言葉だけだった。
数多の魔物を斬り伏せ、数多の罠を回避し、ひたすらに邁進してきた結果、やっと発見した――そんな、僕の求めてきた夢の結晶が、今目の前にある。
祭壇のような場所に置かれた、一冊の本だ。
これを手に入れるために、僕は命懸けでここまでやってきた。
僕はノア・ホワイトフィールド。
姓はあるけれど大貴族というわけではなく、地方に居を構える下級貴族の三男である。勿論領地なんて持ってない、辺境伯の支配する領地においてその執務の一部を任されているだけの陪臣の家系だ。父は男爵という立場にあるけれど、実質的にはただの辺境伯の使い走りに過ぎない。
そして、そんな家に生まれた僕も、一応貴族家の生まれと言える。だけれど、果たして夕食に一欠片の肉が入ったスープがあるだけで喜ぶ貧乏な家を貴族と呼んでいいのだろうか。
しかも三男であり、長男と次男は存命である。そして貴族家に生まれた者で、家を継ぐ権利を持つのは嫡男だけだ。継ぐ必要もなさそうな家だけれど、一応我が家を継ぐのは嫡男にして長男であるハル兄さんである。
だからこそ、次男であるレイ兄さんはさっさと家を出て騎士団に入り、同じく僕も自由の身となって冒険者となった。
全ては、目の前にあるこの本を求めるために。
「これが……『転職の書』……!」
職業というのは、天より与えられるものだ。
全ての人間は十五歳になったときに、天より職業を授かる。それが、その本人の持つ資質という形で与えられるのだ。どういう判定基準なのかは全く分からない。その人の生まれ持ったものであるとか、それまでの経験を加味したものとか、本人の一番やりたいことが反映されるとか諸説はあるけれど、さっぱり分からないというのが事実である。実際に、パン屋の息子が与えられた職業が『鍛治師』だった、という例もあるそうだ。
例えば、レイ兄さんのように職業が『騎士』を授かった者は、例え平民でも女性でも騎士団に加入することができる。それくらい、この天職というのは重視されているのだ。
僕も、十五歳のときに天より職業を与えられた。
どきどきしながら、僕も『騎士』を与えられるのか、それとも『魔術師』を与えられるのか、それとも『村人』とか『商人』とかのハズレ職業を与えられるのか待った。どんな職業であれ、それが僕の天職ならば受け入れようと考えていた。
そんな僕に与えられた天職――それは、『勇者』だった。
二度言おう。『勇者』だった。
あらゆる悪を倒し、世界に蔓延る魔物を相手にし、最終的には魔王を倒す、あの勇者である。
歴史上、今まで何度となく現れてきた魔王を倒すのは、常に勇者の役割だと決められている、あの勇者である。
世界にたった一人しか存在せず、天職として与えられた者がいれば国から認められ、魔王を倒すまで決して戻ってくることができない旅に出なければならないという、あの勇者である。
そんなの全力で御免だった。
そもそも昔から疑問に思っていたのだ。どうして魔王を倒すのは常に勇者の役割なのだ、と。
大体、魔王がいたからといって別に何か不利益があるわけじゃない。魔王を倒せば魔物がいなくなるわけじゃないし、別に魔王が世界征服をしようとしているわけじゃないし、割と世界は平和だ。どこか遠くにいる魔王よりも、ちょっと好戦的な隣国の方が危険なこの国において、勇者の必要性なんてどこにもない。まぁ、会ったこともない魔王が本当に世界征服を志しているのかは、僕には分からないけれど。
まぁ、そんなわけで僕は絶望した。自分が『勇者』の天職を与えられたと知ったその瞬間に、絶望した。
天職の儀式を行ってくれた神官も、一緒に儀式に赴いた友人からも心配されるくらいに、絶望した。
せいぜい良かった点といえば、天職の儀式において授かるお言葉は、その本人以外に誰にも聞こえないことだろう。魔術師による《
だからこそ僕は、自分の天職を詐称した。『村人』だった、と。
神官も友人も、大いに憐れんでくれた。何の能力も持たず、自身の身体能力に何の強化もかけられない『村人』は、かなりのハズレ職業だからだ。父に報告したときには、「お前は本当に役立たずだな」と罵られたものである。
だが、それでも良かった。
僕が『勇者』だと申告すれば、その瞬間に僕は魔王を倒すまで戻れない最悪の旅に出ることになってしまうのだから。
「ふぅ……」
ゆえに、僕は全力で自分が『勇者』であることを隠しながら、旅に出た。
冒険者ではあるけれど、冒険者ギルドには何の登録もしていない。最初は登録しようと思ったのだが、冒険者ギルドから発行されるギルドカードには、もれなく自分の天職が書かれるのである。それも自己申告ではなく、ちゃんと《
まぁそんな感じで、僕は自称冒険者であるが実質的には無職である。
そんな僕が旅に出た理由――それは、噂にだけ聞く伝説の品、『転職の書』を求めてのことだ。
深い迷宮の最奥にあるとか、エルフの隠れ里にあるとか、竜の巣にあるとか、その噂だけが横行しているそれは、世界で唯一自分の職業を変えることのできる本のことだ。
歴史に残る冒険者アレキサンダーは、転職の書を用いることで自身を『戦士』から世界で唯一の『魔法戦士』になったという。魔術を剣に纏わせ、物理攻撃に対する耐性がある魔物とも、魔術攻撃に対する耐性がある魔物とも十全に戦えていたという伝説を持つ。他にも何人か転職の書を得た者はいるらしいが、現在のところ存命の者はいない。
そこで、僕は思った。
僕が転職の書を使えば、この忌々しい天職『勇者』を、変えることができる――と。
「どう、使うんだろう……」
ぺらぺらとページを捲りながら、首を傾げる。
ここに至るまで、長い長い旅路を経てきた。十五歳にして忌々しい天職を与えられ、すぐに旅立ってもう五年ほどになる。実家には一切顔を出すことなく、僕は世界中を探し続けてきた。
もっとも、そんな長い旅をすることができたのも、『勇者』としての力ゆえだろう。忌々しい天職ではあるけれど、さすがは一人で魔王と相対できる力だ、と感心したものである。今の僕なら、ドラゴンも一撃で倒せるし。素手で。
そして、やっと発見したのだ。噂の一つだった、『世界でも最大級の迷宮の最奥』で。
リルカーラ遺跡――深い森の中にある、地下迷宮だ。
かつて、二千年ほど前にはこの地にいたという魔王リルカーラ。そんな魔王リルカーラを当時の勇者ゴルドバが倒し、以降放置されている迷宮である。結果、魔物の巣となり冒険者も訪れるものの、地下に進めば進むほど魔物もどんどん強くなってゆくという鬼畜な迷宮だ。
何せ、僕でも入り口からここまで来るのに、一度も出ることなく二週間かかったのだ。実際、何回か死にかけた。『勇者』である僕でさえ、である。
ぺらぺらとページを捲り続ける。
色々な職業が載っているものだ、と感心する。どうやら一ページに一つのようで、最初は『戦士』、『魔術師』、『騎士』などよく聞く職業ばかりだったが、次第に『錬金術師』とか『狂戦士』とか珍しいものになってきて、後半に至ると『魔法戦士』とか『竜騎士』とか稀少な職業ばかりが並んでくる。
さて。
見つけたものの、さっぱり使い方が分からない。どうすれば僕は天職を変えられるのだろう。
あ、『勇者』のページがある。まったく忌々しい。その隣に『魔王』の職業が並んでる。てか、魔王って職業だったんだ。
そんな僕の手が、あるページで止まる。
「えっ……!?」
何か強制的な魔術をかけられているみたいに、僕の手が突然動かなくなった。
そして光り輝くページが僕を照らすと共に、僕の脳裏に声が走る。
――天よりお前の職業を授ける。
これは、あの天職の儀式において聞いた声。
職業を授かるときにだけ聞ける、僕にしか聞こえない声。
これで、僕は。
忌々しい天職、『勇者』を捨てることができる――!
――お前は、『魔物使い』だ。
僕は歓喜した。
ここに、『勇者』ノア・ホワイトフィールドは死に。
そして新たに、『魔物使い』ノア・ホワイトフィールドが誕生したのだ。
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