第24話 対冒険者

「ごふぅっ!」


 僕の拳の威力と共に、優男が吹き飛ぶ。

 手加減など一切していない。並の魔物ならば、腹を貫通する一撃だ。だけれど、一応ドラゴンを退治するためにやってきた冒険者というだけあって、それなりに鍛えているのだろう。

 吹き飛んだ優男は、そのままエルフの隠れ里の柵に当たり、その柵を砕いて里の中へと飛び、柵から程近い一軒の家を吹き飛ばして止まった。とりあえず、あの家の持ち主さんごめんなさい。


「ど、ドレイク……?」


「は、はぁ……?」


「……」


 だけれど、仕方ないよね。

 僕は怒っているんだ。


「あ、あなた、一体……?」


「……」


「おい、ドレイク! くそっ、てめぇ!」


「う、ぐぅ……」


 砕かれた家の中から、優男の声がする。

 そして僕の執行した突然の暴力に対して、禿頭の男が怒りに目をぎらつかせた。

 僕を敵だと定めたのか、その右手に持つ巨大な鉄球を構える。


「おいシェリー! てめぇも戦闘準備だ!」


「で、でも、こんな……! ドレイクを一撃で……!」


「うるせぇ! てめぇ、名を名乗れ!」


「……《解析アナライズ》」


 聞こえないように小声で、《解析アナライズ》を発動する。

 他人に行うのは、個人情報を勝手に探るという形でマナー違反になるだろう。だけれど、そんなもの関係ない。僕にとって、こいつらは人間じゃない。ただの敵だ。

 僕の仲間に手を出したのだから。


 名前:ランディ・ジャックマン

 職業:重戦士レベル51

 スキル

 鈍器格闘レベル51

 鉄球操作レベル45

 物理耐性レベル42

 重装備レベル35

 鋼の肉体レベル1

 怪力レベル1


 名前:シェリー・マクレーン

 職業:賢者レベル53

 スキル

 炎魔術レベル53

 水魔術レベル42

 土魔術レベル35

 雷魔術レベル30

 時魔術レベル3

 闇魔術レベル3

 光魔術レベル3


 それぞれ、レベル50台だ。

 何度か盗賊に対して《解析アナライズ》を使用したことがあるけれど、彼らは軒並みレベル10台だった。それに比べれば、かなり強い部類になるだろう。

 ミロやギランカあたりなら、良い勝負になるかもしれない。


 そして、最後――隠れ里の中で、倒れている優男。


 名前:ドレイク・デスサイズ

 職業:拳聖レベル59

 スキル

 体術レベル59

 正拳突きレベル50

 物理耐性レベル30

 魔術耐性レベル30

 鋼の肉体レベル29

 気功レベル9

 全身凶器レベル9


 総合的には、この優男――ドレイクが一番強い。

 少なくとも、ミロやギランカでは相手にならないだろう。チャッピーならば尚更だ。

 大地に倒れ伏しているチャッピーを見ながら、涙が出そうになる。僕が留守番を頼まなければ、チャッピーは死ななかったかもしれない。


「おい、ご主人」


「失礼、我が主」


「ふん、貴様に手を貸すのは癪だが……」


 僕の背後で、三者三様のそんな声が聞こえてくる。

 鉄球を構えた禿頭の男、ランディ。派手な杖を構えた魔術師風の女、シェリー。

 そして、僕と僕の背後にいるミロ、ギランカ、パピーが睨み合う。


「どういうことだ……? なんで、ドラゴンがこのガキを攻撃しねぇ……?」


「こいつが、ドラゴンよりも上位存在ってこと……? 意味が分かんないんだけど」


「しかも、ミノタウロスとレッドキャップも従えてるってか……? おい、これはどんな悪夢だよ」


 ははっ、とランディが乾いた笑いを漏らす。

 そんな僕の前に、のそりとミロとギランカが歩みを進めた。


「ご主人、俺にとってもチャッピーは仲間だった。仇くれぇは取らせろ」


「我が主、我も同じ意見。チャッピー殿に手をかけた此奴らを、許すことはできぬ」


「決して貴様のためではないぞ。チャッピーの仇を討つためだ。とりあえずそこの小さいの、我の足の縄を解け」


「ああ、いいよ。お前ら――」


 ミロは、ランディを。

 ギランカとパピーは、シェリーを。

 それぞれ、己の敵として対峙するかのように、睨みつけた。


「存分に、暴れろ」


「おうっ!」


「はっ!」


「任せぃっ!」


「こいつ、魔物の言葉が分かるの!? というか、命令してる!?」


「うるせぇ! とりあえず戦うしかねぇだろ!」


 ぎぃんっ、とランディの鉄球とミロの斧がぶつかり合う。

 ギランカが剣を抜き、シェリーへと迫る。

 僕はそんな風に二匹と二人が戦う脇を抜けて、そのままエルフの隠れ里へと向かった。


「さすが兄ちゃんの魔物だ!」


「ノア殿! こやつらに天誅を!」


「チャッピーの仇をとれー!」


「ドラゴンかっけぇー!」


 エルフの子供たちと老人たちが、喝采をあげながらミロとギランカの戦いを見守る。

 ミロのレベルは、ランディよりも低い。ただレベルの差があるというだけなら、ミロは明らかに不利だ。

 だが、ミノタウロスはリルカーラ遺跡の中層においても、タフな魔物だ。それこそ、僕が一撃で倒せないほどに。そんなミロならば、ランディになどそう簡単に負けないだろう。

 いざとなれば、僕が背中からランディを攻撃してもいいし。


 それに。


「うらぁっ!」


「な、なんだこのミノタウロス! 馬鹿みたいに突進してくるのがミノタウロスじゃねぇのかよ!」


「んな頭使わねぇ狩りなんざするかよっ!」


「ぐぅっ!」


 以前から、少し感じていたのだ。

 迷宮で出会ったミノタウロスと、ミロは明らかに異なる。僕に従うという点では明らかに違うけれど、強いて言うならば、そこに『知性』が生まれたように思えるのだ。

 僕の意を汲み、自分の考えで動くことのできる仲間。それは戦闘においても、ただ馬鹿みたいに攻撃を仕掛けるだけではなく、虚実を織り交ぜたものとなる。

 そして、元より存在している巨大な体、鍛えずとも強力な力、優れた嗅覚や聴覚――そういう本来持つべき魔物のそれは、人間よりも明らかに優れているものだ。それを人間が打破できているのは、魔物が知性を持たないがゆえに過ぎない。

 ゆえに。

 知性を得たミノタウロスは、たかが人間に負けるような怪物ではないのだ。


「さぁ、征くぞパピー殿!」


「任せぃっ! 我が炎を浴びよ!」


「くっ……どうしてレッドキャップがドラゴンに……!」


「はぁぁっ!」


 そしてギランカの方は、以前に僕に言ってきたこと――それを今まさに、叶えている。

 ギランカは言っていたのだ。騎士になりたい、と。

 騎士になるために、自分が乗るための魔物を仲間にしてほしい、と。


 そして今のギランカは、パピーの背中に乗って空を縦横無尽に駆け回っている。


「《爆炎エクスプロージョン》!」


「我に炎など効かぬわっ!」


「パピー殿! パピー殿には効かずとも我には効くのだ! 熱っ! ちょっ!」


 ……。

 まぁ、相性はあまり良くないみたいだけれど。

 ちなみにバウは、自分の出番はなさげだと感じているらしく、端っこの方でお座りをしている。

 時折空に向けて吠えているのは、暇を潰しているのだろうか。まぁ、バウはいるだけで僕の癒しであるので、戦力としては数えなくていいだろう。


「さて……」


 ランディとシェリーの相手は、彼らに任せよう。

 僕は僕のやるべきことをやるだけだ。


 あいつを――ドレイクを、少なくとも三度は殴る。

 チャッピーの仇と、あいつに壊された隠れ里の柵と家の分だ。

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