第28話 決着

「ぐ、ああああっ!!」


「はぁ……はぁ……っ!」


 リルカーラの左腕が千切れ飛んだのを確認して、僕は数歩退いた。

 突然僕の力が強くなったから驚いているのか、リルカーラの目は見開いている。その姿は、どことなくルリに似ているような気がした。

 ルリをもっと性悪にして、表情豊かにしたらこんな感じになるのかな、とか。


「き、貴様……何、を……!」


「さすがに、腕が千切れ飛んだら回復できないんだな」


「ぐっ……!」


 小さな傷くらいならすぐに回復していたリルカーラだが、さすがに片腕の欠損まではすぐに治らないらしい。本人も動揺しているらしく、右手で左腕の付け根を押さえている。その指の間からは、絶え間なく青い血が滴っていた。

 そして、腕を斬り弾くと共に剣は胸のあたりにも食い込んだらしく、そこからも延々と青い血が流れ出ている。

 僕も退いて、余裕ができた段階で両腕に《回復ヒール》をかけた。僕の回復魔術は大した威力というわけじゃないが、それでも動くことができる程度に両腕は回復する。一撃放つと、回復しないと両腕が動かなくなるのが、《帯電チャージ》の欠点なんだよな。

 だがリルカーラに、スキル『自己再生』はあっても、回復魔術はない。これ以上、リルカーラの傷は回復しないだろう。


「くくっ……そうか。そうか。お前は、余よりも上ということか」


「どういうことだよ」


「余は、余より強い者を知らぬ。余を殺せる者を知らぬ。お前が、そうなのか。ノア・ホワイトフィールド」


「だからぁ……」


 話が通じない。

 だから僕は、これ以上言葉を紡ぐ必要はない――そう考えて、剣を構えた。

 くくっ、ははっ、と笑いを漏らしながら、動かないリルカーラ。


「もういい」


「ははっ、くはははっ……!」


「これ以上――」


 たんっ、と大地を蹴り、一歩で間合いに踏み込み。

 そのまま、その首を刈る――勢いのままに、僕は剣を振り。

 自分の腕に急激に停止を命じて、リルカーラの首の皮一枚に至った時点で止めた。


「……」


 僕は、絶命の一撃を放ったはずだった。僕が完全に振り抜けば、リルカーラの首は落ちていた。いくら魔王といっても、首を斬れば死ぬだろう。

 だがリルカーラは、僕の攻撃に対して何一つ防御をしなかった。回避すらしようとしなかった。まるで、僕の攻撃を受け入れようとしたみたいに。

 何かがおかしい。

 そう思うけれど、何がおかしいのか分からない。


「リルカーラ」


「ほう……余はまだ生きておるか。どうした、臆したか。魔王をその手で誅殺した栄誉、うぬのものとなろう。余とて、これ以上生き恥を晒すつもりなどない」


「お前……死ぬつもり、だったのか?」


「……」


 周囲では、まだ魔物たちが戦っている。

 僕の仲間たちも疲れ、傷つき、満身創痍で戦い続けている。

 だというのに。

 まるで、リルカーラは死を望んでいたみたいに、僕の剣を受け入れようとした。


「うぬに、一つ良いことを教えてやろう」


「何を……」


「魔王は、死なぬ。死ねぬ。仮初の死を得たとしても、その身は必ずや復活する。永劫に、この生は続くのだ」


「えっ……」


 リルカーラの言葉に、目を見開く。

 僕の知っている魔王というのは、勇者によって討伐される魔物たちの王だ。一般常識として、魔王を倒すことができるのは勇者だけだ、と誰もが知っている。

 だけれど、魔王は死なない。その身は、必ず復活する。


「……」


 そういえば確かに、疑問ではあった。

 何故、ここに魔王リルカーラがいたのか。かつて勇者ゴルドバ――守護者ゴールドバードによって倒されたはずの魔王が。

 伝承に、『我は必ずや復活してみせよう』とかリルカーラが告げた、とか聞いたことはあるけれど、本来彼女は死んでいる存在なのだ。


「魔王は、勇者の手にかかることでしか死することができぬ」


「で、でも……」


「そして、次代の魔王が存在しない限り、魔王という役目は永劫に続く。ゆえに、死したとて次代の魔王がいなければ、この身は永劫に魔王のままだ」


「……」


「もっと面白いことを教えてやろう」


 にやぁ、とリルカーラが唇を歪め。

 まるで僕に死刑を宣告するかのように、告げた。


「職業『魔王』になれるのは、職業『魔物使い』だった者だけだ」


「――っ!!」


「余は死ぬ。さすれば、うぬが次代の魔王となる。それでようやく、余はこの役目を終えられる。千年もの長きに渡り、たった一人で君臨してきたこの玉座を、お前に譲ろうぞ」


「そん、な……」


 その内容は、あまりにも衝撃的なものだった。

 魔王になることができるのは、魔物使いだけ。つまり、魔物使いの上位職が魔王だと考えていた推測は、間違っていなかったということだ。

 だけれど、魔王を倒すことができるのは、勇者だけ。

 つまり――。


「余を殺すことのできる『勇者』、そして余の跡を継ぐことのできる『魔物使い』。両方がいなければ、余はこの役目を終えることができぬ」


 リルカーラは、僕を待っていた。

 かつて『勇者』であり、今は『魔物使い』である僕にしか、リルカーラに代わって魔王となる者がいないから。

 でも、でも――どうして、そんなことに。


「……」


 だけれど、ここで疑問が一つ過ぎる。

 魔王は勇者にしか殺すことができないけれど、リルカーラは元勇者というわけではない。勇者ならスキル『剣技』や『基礎魔術』『雷魔術』などを持っていて当たり前なのだ。

 だけれどリルカーラが持っていたのは、『棒術』のみ。

 つまり、リルカーラは元勇者じゃない――だったら、一体。


「じゃ、じゃあ……お前は、どうして、魔王に……?」


「余は、偶然が重なっただけのこと。いや……今思えば、あの魔王もそれを仕組んでいたのやもしれぬな」


「それは……」


「余は昔、勇者と共に旅をしていた。その仲間の一人だった……あやつは勇者として、魔王を討伐する使命と責任を受け入れて、旅立ったのだ。余は、それに従軍した魔物使いだったのだ」


「……」


 昔の勇者は、僕と違って真面目だったらしい。

 いや、そうじゃなくて。


「勇者と魔王が刺し違え、どちらも死んだ。勇者の最期の一撃で、魔王は滅びた。それと共に、神託が下ったのだ。余を、次代の魔王とする――そう、告げられたのだ」


「……」


「ゆえに、うぬを待っていた。『勇者』にして『魔物使い』……どちらの素養も持つうぬであらば、余の後継となるであろう。うぬが来るまで、余は千年もの長きを待ち続けたのだ」


 つまり、最初からリルカーラは僕に魔王を継がせるつもりだったということか。

 全ては、自分が死にたかったがゆえに。


「僕は……最初から、お前の掌の上だった、ってことか?」


「左様。全ては、余の仕組んだことよ」


「どういうことだ」


「貴様、余の居城に入ってから、随分とレベルが上がりやすくなったのではないか?」


 リルカーラの言葉に、背筋に怖気が走る。

 確かに僕は、レベルがかなり上がった。リルカーラ遺跡に入ってから、最後にはレベル90台になるほどに。


「ひとえに、それは余の祝福を与えたからだ。少なくとも、余と同じレベルまで上がってもらわねば、余を殺すことも不可能であるからな」


「……」


 パピー曰く、レベル60を超えたらほとんど上がらなくなるとか言っていたのに、僕はレベル99まで極めてスムーズに上がった。

 あれは、リルカーラの仕組んだこと――。


「そう、か……」


「さぁ、ノア・ホワイトフィールド。ここで逃げ出そうがどうしようが、未来は変わらぬ。余はもう間もなく死するであろう。そのとき、貴様が新たな魔王として君臨するのだ」


「……」


 リルカーラが右手を、左腕の付け根から放す。

 それと共に溢れるほどの青い血が、左腕の付け根と胸から流れ出た。出血を止めるつもりも、死を恐れるつもりもないらしい。

 このまま、僕はリルカーラの死を見届ければ、魔王になる――。


「さぁ、祝福せよ! 新たなる魔王の誕生を!」


「オォォォォォォッ!!」


 リルカーラの従僕たちが一斉に雄叫びを上げると共に。

 僕の手から、からん、と音を立てて剣が転がった。


「お前は……そんなにも、死にたかったのか」


「ふっ……貴様には分からぬだろう。千年もの長きに渡る孤独を。余を理解せぬ従僕しかおらぬこの世界は、あまりにも息苦しい」


「あー……僕にはよく分からないけどさ。お前には、仲間がいなかったのか?」


「魔物ばかりの集団に、何を求めよう。余にとって、魔物など従僕でしかない」


「……」


 リルカーラは、かつて魔物使いだったはずだ。

 そして、『魔物捕獲』が『魔物作成』になった以外は、ほとんど僕の持つスキルと同じだった。

 だったら『魔物言語理解』で、魔物たちと意思疎通はできていただろうし、『魔物心内対話』で会話もできていただろうし、魔物たちは慕ってくれていただろう。

 だというのに――。


「お前は、信じられると言うのか」


「何を……」


「余と従僕は、所詮『隷属の鎖』によって繋がれた関係でしかない。そこにある忠誠心など、偽物に過ぎぬ。余を慕っているのではなく、余が縛っているだけに過ぎぬ。そのような相手を、仲間と呼ぶことができるのか」


「できる」


 僕は、リルカーラの言葉に即答した。

 いや、まぁ確かに、僕の仲間は僕が『隷属の鎖』を与えたことによって仲間になったのだ。それは間違いない。

 だけど、だからといってその相手と仲間と呼ばないというのは、おかしいと思う。

 ミロだって、ギランカだって、チャッピーだって、バウだって、パピーだって、ドレイクだって、アンガスだって、アマンダだって、キングだって、ロボだって、僕を心から主人だと慕ってくれているんだから。


「僕は魔物使いだ。魔物を仲間にすることができる職業だ」


「だが、それは……」


「僕のスキルは、奴隷を作るものじゃない。僕は仲間たちに意見を求めるし、仕事も任せるし、僕にできないことを助けてもらう。仲間って、そういうものだろ」


「くくっ……」


 リルカーラが、そんな僕の言葉に笑う。

 その笑みは今までと違って、随分と屈託のないものに見えた。まるで、そんな考えはなかった、みたいな。

 魔王ではなく、一人のリルカーラという少女のような。

 そんな、どこか幼い笑顔が、見えた。


「そうか……余とお前は、随分と考え方が違うらしい」


「まぁ、別に僕がどうこう言うべきことじゃないと思うけどさ」


 はぁ、と小さく嘆息。

 それと共に、周りが随分と静かなことに気付く。魔物たちが争いをやめたかのように、僕たちを囲むように見守っていた。

 その中には、リルカーラを子犬のような目で見るコボルトや、はらはらしながら抑えているゴブリンもいる。

 なんだ、愛されてんじゃん。


「ただ、ね。一つ言いたいんだけど」


「ふっ……何でも言うが良い。冥土の土産に聞いてやろう……」


「僕は『魔物使い』なんだよ」


「――っ!」


 はっ、とリルカーラが目を見開く。

 僕は魔物使いレベル49。そして元勇者レベル99。合わせて、レベル148だ。

 そして、リルカーラは魔王レベル99。そして唯一、魔王でない職業から引き継いだと思われるスキルは『棒術レベル8』だった。つまり、魔物使いになる前の職業はレベル8で打ち止めだったということになる。

 つまり、合わせてもレベル107。僕よりもレベルは低いということになる。


「まさか……!」


「ああ」


 リルカーラの首元が光ると共に、そこに鈍色に輝く首輪が生まれる。

 そして、その根元から失われた左腕が生えて、胸の傷も塞がった。まるで逆再生を見ているかのように、リルカーラの姿は完全に元通りになっていた。


「僕は魔物使いだ。魔王だって、仲間にできない道理はない」


「そん、な……!」


「千年間、一人っきりだったんだろ。だったら、僕と一緒に来い。こんな迷宮の奥底に潜んでないで、一緒に行こう。僕は、お前に居場所を用意してやる」


「……っ!」


 右手を差し出す。

 リルカーラの心に、今どんな感情が渦巻いているのかは分からない。


「お前は……こんな余を、必要と言ってくれるか?」


「ああ、必要だ。一緒に来てくれ。僕は、魔物と人間が仲良く暮らせる国を作る。一緒に隆盛していける世界を作る。そのために、お前が必要だ。リルカーラ」


「ははっ……」


 リルカーラは僕の言葉に破顔して。

 それから、極めつけに凶悪な笑顔をして、言った。


「余を飽きさせるでないぞ、小僧」


「上等」


 これで、魔王リルカーラは僕の仲間になった。

 今度こそ完全に、僕はもう魔王じゃないって言えないなぁ、なんて思ったのは内緒にしておこう。

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