第4話 仲間その2 ゴブリン
僕とミロ、二人の旅路は暫く続いた。
実に便利なミロである。敵としてのミノタウロスはタフでなかなか死ななかったために面倒だったけれど、味方になると実に心強い。僕の目の前に現れた魔物を、次々と持っている大斧で薙ぎ倒してゆく。
まぁ、取りこぼしが僕のところまでやってくれば、勿論僕も戦うのだけれど。
それでも、楽をさせてくれるものだ。本当にそう思う。
「グオォォォォォ!!」
ミロが戦い、僕はそれを見物しながら迷宮を歩くだけである。
このあたりのフロアは、あまり強い者がいない。本当に、せいぜいミノタウロスくらいのものだろう。僕が一撃で殺せないのは。
実際に、さっきから襲ってくる芋虫の群れを、ミロが一撃で片付けてくれているし。本来、ミノタウロスはもっと下層に住んでいてもおかしくない実力なんだよね。
「キキィッ!!」
「グォォォォォォォッ!!」
そして進んでいくうちに、現れたのは
分かりやすく言うと、超強いゴブリンである。普通のゴブリンと体格は変わらないけれど、その強さは普通のゴブリンと全く違う。狼よりも早く、何より数匹から多ければ十匹以上で群れを組んで襲ってくるのだ。僕も初めて見たときには焦った。
普通のゴブリンにはない、赤い帽子をつけた小鬼がミロを囲み、襲いかかってくる。
そのうち一匹が、僕にも向かってきた。
「キキィッ!!」
「よっ、と」
レッドキャップの一撃を、ひょいっ、と横に躱す。
かなりの速度ではあるけれど、まぁこのあたりの階層では、という程度だ。もっと下層に行くと、レッドキャップより素早い魔物なんてごまんといる。
とりあえず、近付いてきたレッドキャップには蹴りを放っておいた。とはいえ、多少狙いを狂わせたか、クリーンヒットはしなかった。
僕の攻撃と共に、レッドキャップが吹き飛ぶ。
「ギ、ギィ……」
「グォォォォォォォッ!!」
おっと。
そうしているうちに、ミロの方は順調にレッドキャップを倒している。
鈍重なミロの動きではあるけれど、そのタフネスは折り紙つきだ。レッドキャップがどれほど攻撃してきたところで、ミロが倒れることはない。
すると、僕が蹴りつけたレッドキャップが立ち上がった。やはりしっかり蹴りは入っていなかったのだろう。
ではもう一撃――そう、レッドキャップを見やると。
「あ……」
「キキィッ!!!」
レッドキャップはそう叫んで。
それと共に、自分の味方である他のレッドキャップを襲い始めた。
仲間割れ――一瞬そう思ったが、違う。
何せ、レッドキャップの首に――銀色の首輪が巻かれているのだから。
「うわ、マジか」
思わず、そう眉根を寄せてしまう。
今までミロにしか発動しなかったのに、いきなりもう一匹仲間が増えるとは思わなかった。まだミロを仲間にした階層から、上に上がってないというのに。
一体、どういう理由なのだろう。何かおかしいことでもあったのだろうか。
「グォォォォォォォッ!!」
「キキィッ!!」
新たに僕の仲間となった二人と呼んでいいのか二匹と呼んでいいのかよく分からない二体が、残るレッドキャップを斬り伏せてゆく。
ミロ一匹だけではなかなか素早くて対処できなかった者を、新たに仲間となったレッドキャップが横から斬り伏せているのだ。そして、そんな味方であるレッドキャップだけはミロも倒そうとしていない。
謎の連携がそこにある。
「……《
そして、僕はそんなレッドキャップに対して《
既に首輪は締められているし、ミロと同じくスキル隷属の鎖が備わっているはずだ。
名前:ギランカ・ドラン・エルベート・グリフィッサム
職業:ゴブリンレベル43
スキル
剣技レベル31
盗むレベル28
体術レベル22
隷属の鎖
「名前長っ!」
なんだギランカ・ドラン・エルベート・グリフィッサムて。ちょっとかっこいいし。ゴブリンにはついていい名前じゃないだろう。
というか、レッドキャップと呼んでいたけれど単に超レベルの高いゴブリンだったのか。何だろう。レベルが上がると帽子の色が変わるとか、そういうシステムでもあるのだろうか。
それから、僕の魔物使いもレベル3に上がっていた。
魔物捕獲、魔物調教もどちらもレベルアップだ。これは自動的に上がるらしい。まぁ、上がったから何が変わるのかさっぱり分からないけれど。
転職の書を熟読しておくべきだったのだろうか。職業の説明とか。
「うーん……」
だが、分かったことがある。
ミロとレッドキャップ――ギランカの二匹が僕の仲間になった。ここに共通項が、一つだけある。
それは、『僕が一撃で倒さなかった』ことだ。
最下層の魔物であれ、大抵一撃で殺せる僕の攻撃だ。というのも、行きで遭遇した強敵については、その弱点について覚えていたのである。どこを攻撃すれば効果的であるのか、どこに一撃当てれば殺せるのか。
そして、最下層では常に気を張り続け、油断しないように動いていた。その反動が来たのか、このあたりの中層ではちょっと気が緩んでいる自覚がある。だからこそ、さっきギランカに向けて放った蹴りが、ちょっと狙いを誤ったのだ。
つまり魔物捕獲の条件は、『僕が瀕死ギリギリの攻撃を与えること』ということだ。
そんな風に自己分析をしているうちに、ミロとギランカは他のレッドキャップの処理が終わったらしい。
そしてミロの方も、既にギランカが僕の『隷属の鎖』を嵌めているからか、全く攻撃を仕掛けようとはしなかった。
二人とも僕を見ながら、指示を待っているように思える。
「ミロ」
「グルル……」
「ギランカと仲良くするように」
「グル」
「キキィ」
ミロとギランカが、どちらも武器を持たない手で握手を始めた。
うん。
物凄くシュールだ。
大人と子供くらい大きさの違うミノタウロスとゴブリンが握手してるとか、こんな姿を見た人って他にいないんじゃなかろうか。
さて、それじゃこのまま外に戻るとしよう。
今後も検証できるように、ミロとギランカに全部任せずに僕が何匹か倒すべきかもしれない。できるだけ手加減して。
「さて、それじゃ行く……ん?」
すると、そんなレッドキャップの死体たちが霧のように消え去った、その向こう。
どうやら、冒険者らしい姿の人たちが見えた。軽鎧の戦士に、ローブ姿の女性魔術師に、神官風の女性。
あれ……なんか、物凄くさっき見た気がする。
というか、ただ見かけるだけなら、別にいいのだけれど。
三人とも――地面に、転がっていた。
ゆっくりと、近づく。
こんな風に迷宮で果てる冒険者は、珍しくない。恐らく、先程現れたレッドキャップの群れに襲われたのだろう。
折角助けたのに――そんな気持ちが、浮かばなくもない。
だけれど、これも迷宮の摂理だ。強い者が生き、弱い者が死ぬ。功を焦って深くに潜る命知らずは、常に迷宮で命を落とすのである。
「――っ! まだ生きてる!」
戦士――カイトと名乗った彼は、既に息絶えていた。同じく女性魔術師も、だ。
だがもう一人――神官の女性だけは、まだ僅かに息をしていた。その腹にはレッドキャップの剣が突き刺さり、もう長くはないだろう。
だけれど、まだ生きているのならば、救える。
「《
僕も覚えている回復呪文は、それほど大したものじゃない。神官職に比べれば、微々たるものだと言えるだろう。
だがそれでも、肉体の回復を促進させ傷を治癒するこれは、僅かにでも命が残っていれば手を差し伸べることができるのだ。
僕の回復呪文により、その腹に刺さったレッドキャップの剣――それが、少しずつ外へ出てくる。
無理に引き抜いてはいけない。それだけで血を多く失い、死に至ることがあるのだ。
肉体の回復により、ゆっくりと抜け出てくるのを待つしかない。
魔力を送りながら、からん、と剣が抜けた音を聞く。
これで傷はもう大丈夫だろう。あとは見る限り、それほど大きな怪我をしているようには見えない。
「あ、れ……?」
「気がついたかい?」
ああ、良かった。
三人のうち、一人だけでも救えて良かったと思うべきだろう。神官の女性の目がゆっくりと開き、僕を捉える。
僕と目が合って、それから。
僕の後ろ――ミロとギランカが揃って立っているそこに、目を向けて。
「きゃあああああああっ!!??」
「あ……」
再び、気を失った。
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