第5話 旅は道連れ
「も、申し訳ありませんでした……」
「ああ、うん。別にいいよ」
暫く経ってから、神官の女の子は目を覚ました。
そして再び叫び出そうとしたところを、どうにか僕が落ち着くように伝えて、どうどう、と宥めていたのである。現実に人間を相手にして、どうどうと宥める日が来るとは思わなかった。
白を基調としたカソックに身を包んだ、恐らく僕より若いと思える女の子だ。銀色の艶やかな髪を後ろに流して纏めており、その下にある顔立ちも端正なものだった。長く迷宮に潜っていたのだろう、どことなく顔に汚れが目立つ。
そして、着ているのは神官が祭祀のときに装着するものだ。恐らく教会の神官見習い、といったところだろう。神官は回復魔術を主に使用することができる天職で、レベルの高い神官になると死者蘇生も可能だという話も聞いたことがある。もっとも、歴史に残る大神官くらいのもので現実には存在しないらしいけれど。
「あ、あの……助けてくださって、ありがとうございました」
「ああ……まぁ、偶然通りがかっただけだからね」
「いえ、それでも……あなた様の慈悲の心に、そして聖ミュラー様のお導きに、心から感謝を申し上げます」
「あ、うん……」
別に僕の行動に、聖ミュラー様とやらは何の関係もないのだけれど。
もっとも、神官であるこの娘にとっては、信仰こそが第一なのだと思う。特に大陸の六割を占める国で信仰されているとされるミュラー教は、唯一神ミュラーを信奉しているものだと聞く。ちなみに、僕が天職を授かったのもミュラー教の神殿だ。
神官たちが言うには、自分に天職を授けてくれる声の主こそが聖ミュラー様らしいけれど。
「ええと……あ、わ、私は、マリア・ライノファルスと申します。その、お名前は何と……」
「ああ、僕は……」
普通に名乗ろうとして、ちょっと思った。
この状況は異常だ。僕の後ろに、何の攻撃もしてこないミノタウロスとレッドキャップーーミロとギランカがいる、この状況は。
ならば、それを真っ当に説明するためには、一言で十分だ。
「僕は、魔物使いノア・ホワイトフィールドだ」
「ノア様……ま、魔物、使い?」
「そう。僕は魔物を飼い慣らして、自分の仲間として使役することができる職業なんだ。ちなみに、後ろにいるミノタウロスとレッドキャップは、僕の仲間だよ。まぁ、さっき仲間になったばかりなんだけどね」
「もしかして、先程の……?」
「うん」
マリアの疑問に、あっさりとそう頷く。
実際に、彼女らが三人組で戦っていた、あのミノタウロスだ。僕としても、初めて仲間が増えたからこそ色々検証したくて、マリアたちを遠ざけたのだけれど。
あのとき、僕が助力を申し出ていれば、ここにいる残る二人は死ななかったのかもしれない。
そんな二人の亡骸に、マリアが手を合わせる。
「……付き合い、長い仲間だったの?」
「いえ……それほどではありません。先日、カイトさんのパーティに誘われたばかりですので」
「そっか」
「……ですが、カイトさんは、良い人でした。あまり冒険に慣れていない私を、いつも気遣ってくれていました。ユリアさんとは恋人同士だったので、そのたびに怒られていましたけど」
ふっ、と悲しげにマリアが微笑む。
そして合わせた手を下ろし、そのまま立ち上がった。
「あの、ノア様」
「ん?」
「あの、差し出がましいことをお願いしたいのですが……」
「ああ、入り口まで送っていくよ。さすがに、この場所に神官一人を残すわけにはいかないし」
「……ありがとうございます」
むしろ、そのために僕は待っていたのだ。折角命を救ったのに、ここで放置していけばもう一度死んでしまうかもしれない。戦闘能力を持たず、回復魔術と補助魔術に優れた神官という職業は、一人きりで迷宮に潜ることなどできないのだ。
だからこそ、起きたら一緒に連れていって、入り口まで送っていくつもりだったのである。
勿論、下心なんてないよ。これっぽっちも。別に女の子と一緒に行けるのが嬉しいとか、そんなの思ってないし。
……まぁ、ほんのちょっぴりくらいは、別にいいでしょ。
寂しそうに、マリアが最後に二人の亡骸に手を合わせて、そのまま背を向けた。
遺髪なんかは持っていかないのだろうか。ああ、そういえばミュラー教だと死体を傷つける行為になるんだっけ。よく覚えてないけど。
「ミロ、ギランカ、行くぞ」
「グルル……」
「キキィッ」
ミロとギランカに先導させ、僕の半歩後ろをマリアが歩く。
更に上層に登れば、僕ももう警戒する必要がなくなるだろう。この上に、ギランカーーレッドキャップよりも素早い魔物はいない。そして、僕がちょいと小突けば倒せるくらいの魔物ばかりなのだ。マリアを連れてでも、十分問題ない。
「あの、ノア様」
「どうしたの?」
「ノア様は……お一人で、こちらに来られたのですか?」
「いや、まぁ……」
まるで僕がぼっちみたいな言い方はやめてほしい。
だけれど、事実その通りである。他に旅の連れがいるわけじゃないし。今はミロとギランカがいるけど。
ああ、戻る前にあと何匹か、『僕が一撃で倒さない』を試してみようかな。上層だと、弱すぎて力の加減が難しそうに思えるけど。
「色々、事情があってね」
「……ご事情が?」
「話したくないことって、あるだろ?」
「えっ……」
ふっ、と寂しげに微笑んでみせる。
誰にだって話したくないことはある。それが、重い過去であるのならば尚更だ。
まぁ、別に僕にそんな過去なんてないけれど、それでも話したくない事情は持っているのだ。
それは当然、『勇者』のこと。
下手に言うわけにもいかず、僕はそこに『話したくない事情がある』という風を装う。これでまぁ、空気の読める者なら察してくれるだろう。
「……それは、申し訳ありません」
「いいさ」
そして、マリアはどうやらそれなりに空気の読める人物らしかった。
「では……ええと、ノア様の、クラスは何なのですか?」
「クラス?」
「あ、はい。私はまだDクラスなのですが……やはり、それだけお強いということは、クラスも高いのでしょうか?」
「……」
まずい。何を言っているのか分からない。
Dって何。クラスって何。僕、そんな妙な基準について聞いたこともないのだけれど。
でも何だろう。マリアが僕を見てくる目が、なんかすごくキラキラしている。
これ、何それ、って言いにくい空気だ。
「ええっと」
「はい」
「まぁ、大体想像つくんじゃないかな?」
「ミノタウロスをそのように従えるノア様ですから……きっと、Aランク以上ではあると思いますが」
「まぁ、そんなところさ」
Aって何。Dは低くてAは高いって基準でいいのだろうか。
まぁ、とりあえず僕が擬態するのは、『自分のことをあまり話したがらないミステリアスな男』である。特に理由があってのものではないけど。
ちなみに、こんな風に余裕綽々で話をしているけれど、そんな僕たちの前ではミロとギランカが一生懸命戦っている途中である。
とはいえ、特に傷を負うこともなく戦闘を終わらせているのは、さすがだけれど。
「きゃあっ!」
「おっと」
ミロとギランカを抜けて、こちらに一匹の狼が迫ってきた。
とはいえ、最下層の
そんなもの、僕にかかれば一撃だ。
「ふんっ!」
「ぎゃおんっ!」
僕の一撃で吹き飛んで、壁に叩きつけられる狼が、そのまま霧となって消えてゆく。
狼が脅威になるのは、彼らが群れをなして徒党を組んで来るからだ。たった一匹が迫ってきたくらい、何の脅威もない。
「さすがです! お強いです!」
「まぁね」
そんな風に、横で持ち上げられるのも悪くないな、とか思いながら。
あ、さっきの狼、一撃で倒さずに検証すれば良かった、と思い出した。
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