第18話 ドレイクの忠言
『あ、あの、ノア様……そ、それはどういう……!?』
『いや、僕もちょっと軽率だとは思ったんだけど、家族が殺されたって聞いてさ……』
『なんと……いえ、申し訳ありません。まさか、あの女王がそれほど性急に話を進めるとは思いませんでした。まさか調印式まで準備をしているとは……』
『やっぱり、不味い?』
国と国とのことだし、もっと議論を重ねるべきだったのだろうか。
でも、今更ちょっと持ち帰るって言えない感じではあるよね。フェリアナは調印式を行うって言って、僕はそれに賛同したわけだし。あのときの僕は冷静じゃなかった。
多分、冷静じゃなかったからフェリアナの思うままに踊ってしまったのだろう。
『条文の確認はなさいましたか?』
『いや、これから。調印式の前にやるって』
『……なるほど。ノア様、失礼なことを申し上げますが、どうかお怒りになられないようお願い致します』
『ん?』
ドレイクが僕に失礼なこと?
いつも恭しく傅いてくるドレイクにしては珍しいことだ。
『ノア様は、与し易い相手と思われております』
『……どういうこと?』
『かの女王が、どれほどノア様に不都合のある条文を出そうとも気付かれないだろうと、そう思われているのです。もっと簡単に言うならば、見下されております。馬鹿だと』
『……』
……。
……。
いや、もうちょっとオブラートに包んでくれても良かったんじゃないかな。
確かに、僕の頭はあんまり良くないけどさ。でも、思い切り馬鹿って言われると僕もちょっと傷つく。
ちょっとだけ、そんな風に落ち込んでいたところに。
こんこん、と僕の部屋の扉が叩かれた。
「ど、どうぞ!」
「失礼……おはようございます、ノア様。昨夜は、よく眠れましたか?」
その扉を開いて入ってきたのは、純白のドレスに身を包んだフェリアナだった。
今朝来るという話はしていたけど、そんな風に突然に来るのかよ。もうちょっと前に、今から女王が来ます、みたいなこと言ってくれてもいいのに。
あ、でも昨日の僕の訪問もいきなりだ。先触れとか出してなかったし、僕が文句言える立場じゃないや。
「お、おはようございます、フェリアナ様」
「エルザ、朝餉をお下げして。ノア様、昨日申し上げました通り、調印式にあたっての条文をお持ちしましたわ」
「ありがとうございます。確認させていただきます」
僕の座っているソファと、テーブルを挟んで対面する形で存在するソファへと、フェリアナが座る。
そして、エルザが食器を下げて拭いたテーブルの上に、羊皮紙を広げた。
「こちらが、その条文になりますわ」
『ドレイク、今から条文読み上げるから、おかしなところがあったら言ってくれ』
『承知いたしました』
羊皮紙を手に取り、上から確認する。
ちゃんと羊皮紙の周囲に、金箔での装飾がしてある代物だ。恐らく国書とか、そういう大事なものじゃなければ使われないレベルのものだろう。
えっと。僕がドレイクとこんな風に繋がってるの、ばれてないよね?
「え、ええと……フェリアナ様、僕の連れにも確認させたいのですが、いいでしょうか」
「ええ、構いませんわ。エルザ、お連れ様をお呼びして」
「は、はい。少々お待ちください」
ひとまず、アリサが来るまで僕はこの内容について熟読せねばならない。
そして、心の中で読み上げながら、ドレイクにちゃんと内容を指摘してもらわねばならないのだ。
『ええと……オルヴァンス王国、グランディザイア、二国の同盟条約。これがタイトル』
『は。続きをお願いいたします』
『オルヴァンス王国とグランディザイアは大陸においての自国の平和、ならびにその維持にあたって協力する。またその平和を阻害しようとする敵国にあたって協働すること、ならびに商工業において各国の均等の機会を得ることをここに約定する』
『ふむ……いえ、つかぬことを申し上げますが……』
『うん?』
『我らの国の名前は、グランディザイアという名に決まったのですか?』
あ、言ってなかった。
そういえば、僕が勝手に決めて僕が勝手に名乗っただけだった。パピーのせいで。
ちゃんと、そのあたり浸透させておかなきゃ。
『ごめん、勝手に決めた。僕たちの国は、グランディザイアだ』
『承知いたしました。いえ、良い名前でございます。かの伝説に残る邪竜、グランディザイアの名を冠するとは素晴らしいと思います。我らの国も、かの邪竜の如く恐れられる国として君臨いたしましょう』
『……あ、うん』
なんか褒められた。パピーが勝手に決めやがっただけなのに。
というかパピー、お前案外有名だったのかよ。
『それで……ええと、第一条、オルヴァンス王国はグランディザイアの建国、ならびに新秩序建設にあたって物的、人的支援を行い、また同格の立場として尊重を行う』
『……』
『第二条、グランディザイアはオルヴァンス王国の大陸における新秩序建設にあたって先導的立場をとり、また同格の立場として尊重を行う』
『……ふむ』
『第三条、オルヴァンス王国とグランディザイアは、ドラウコス帝国との戦争に対しては立場を同じとし、互いに協働して攻撃を行う。また、攻撃を受けた際にはあらゆる軍事的方法により相互に援助を行う』
『……』
『第四条、本条約においてドラウコス帝国の領土侵攻、征服を行った場合、その領地の支配権においてオルヴァンス王国とグランディザイアは、五分に割譲する』
『……』
『第五条、本条約を滞りなく実施するにあたり、オルヴァンス王国はグランディザイア国内に大使館を設け、有事の際には大使館内においての決定を行う』
『……』
『第六条、本条約は署名と共に実施され、十年間を有効とする。本条約の満了にあたっては、満了となる前に各国間で協議を再び行うこととする』
『……』
『……以上、だけど。ドレイク、どう?』
難しい言葉の連続で、僕にはよく分からない。
とりあえず、ドラウコス帝国と戦うにあたってはお互いに協力する、みたいな内容だ。そして、ドラウコス帝国から奪った領地については、半分ずつ分け合う、ということである。
グランディザイアの中に大使館を云々、というのは全く分からないから、そのあたりはドレイクに判断してもらうとしよう。
『……以上、ですか?』
『うん。他に何もないけど……』
『……妙です』
『何が?』
『いえ……』
ドレイクが、何やら悩んでいるかのようにそう声を発する。
僕にしてみれば、別にこれでいいじゃん、という感じなんだけど。別に、僕の国に不利益がありそうな感じもしないし。
『属国とするような文もない……領地の割譲にあたっても対等、立場も同格……』
『どうしたのさ、ドレイク』
『私が、何かを見落としているのか……? だが、そのような条約をあの女王が……?』
『いや、だから……』
ドレイクが、何故か焦っているのが分かる。
どうしたんだろう。ドレイクの言葉を聞く限り、僕の国に都合の良さそうな内容だと思えるのだが。
『分からない……分かりません、ノア様』
『……どうしたの?』
『私には、あの女王が何を企んでいるのか分かりません……これでは、これでは、まるで……対等な二国間の条約のようにしか……!』
『……それ、何か不味いの?』
ドレイク、何を焦ってるんだろう。
別に対等な二国の条約なら、それでいいじゃん。
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