第19話 穏やかな時間

 パピーと共に向かった木材の伐採は、問題なく行うことができた。

 とはいえ、ミロの斧で切ってもらったのを縄で束ねて、パピーの足に括り付けて運んでもらっただけだ。パピーは「何故我がこのようなことを……」と若干不満そうにはしていたけど、僕が拳を見せると目を逸らした。その後、鹿を一匹狩ってきたギランカと合流し、僕たちは今新居の前にいる。

 そして木材の数々は、僕の新しい家の隣に置き、ギランカの狩ってきた鹿は解体して燻製にすることにした。長いこと旅をしてきたから、割と僕って燻製作り上手いんだよ。


「すまない、ノア殿。待たせた」


「ああ、ありがと。アリサ」


 燻製作りを終えて、さぁ何をしようか――そう思って立ち上がった矢先に、アリサが現れた。

 アリサが持ってきてくれたのは、ノコギリや金槌、釘といった大工道具である。さすがに僕も持っていなかったので、アリサに頼んで調達してもらったのだ。

 近くの町にでも買い出しに行こうと思っていたんだけど、アリサに止められたのだ。エルフは互いに助け合う精神で生きており、足りないものは他の者に借りればいい、という考えなんだとか。僕にはとっては素直にありがたいことである。


「それから……家を建てると言っていたから、協力を要請した」


「あ、そうなんだ? ありがとう」


「紹介しよう、リュートさんとその孫たちだ」


 そんなアリサと一緒にやって来たのは、五人の子供と一人の老人だった。

 子供の方はまだ成人していない、帝都ならばまだ学校に通っているような年齢から、幼児まで幅がある。男の子が二人と、女の子が三人だ。そして老人の方は、豊かな髭を蓄えた男性だった。

 勿論全員エルフだから、見た目と年齢には差があるのだろうけど。ちなみに、僕は未だにアリサが何歳なのかは知らない。女性に年齢を聞くのはさすがにマナー違反だと思うし。


「ノア様、儂はリュートと申します。よろしくお願い致します」


「ええ、よろしくお願いします。リュートさん」


「して……どのようなものをお作りになられるのですか?」


 老人――リュートさんが、そう聞いてくる。

 そして他の若者たちは、興味深そうにパピーやミロを見ながら「すげー」と言っている。多分だけど、ここまで近くで魔物を見たことが他にないのだろう。

 ミロは鬱陶しそうにしているけれど、何も言わない。逆にパピーは、「我の姿を見るがいい。慄くがいい、がははは!」とか言いながら自分の姿を誇示している。その言葉、僕にしか聞こえないからね。


「僕の家の横に、ドラゴンが住めるくらいの大きさの小屋を作ろうと思うんです」


「ほほう。ドラゴンが住めるくらいの、ですか……」


「僕は素人なので、あまり上手くはできないと思いますが……」


「安心してくれ、ノア殿。リュートさんは、この村でも指折りの建築士だ。この村の家は、大抵リュートさんが建てている」


「あ、そうなんですか?」


「はは。それほど大したものではありませんよ」


 なるほど、だからアリサが声をかけてくれたのか。

 そんな気遣いも、素直にありがたい。僕一人だと、不恰好なものしか作れないだろうし。


「では、まずは図面を引いてみますので……そうですな。少々お時間をいただきたい」


「ええ、それは構いません」


「それから、儂の孫たちなのですが……アリサからお話をいただいたときに、魔物使い様の魔物と遊んでみたい、などと言い出しましてな。危険ではないかと思ったのですが……」


「あ、それは大丈夫です。あいつらは、もう人間を襲いはしませんので」


「でしたら構わないのですが……」


 まぁ、リュートさんの懸念も分かる。今まで魔族って、敵でしかなかったもんね。

 でも、言葉も通じずに遊ぶってできるんだろうか。


「お前たち」


「おう」


「この子たちは、お前たちと遊びたいらしい」


「聞いてたけどよ……めんどくせぇな」


「そう言うな、でかいの。子供ならではの無邪気さではないか。我は構いませんぞ」


「うるせぇなチビ。別に俺も嫌とは言ってねぇっつーの」


「お、おで、おで、あ、あそぶって……」


「ご主人様のご命令に従います! 頑張ります!」


「我も構わぬぞ。我が威光にひれ伏すがよい、子らよ!」


 ギランカは割と子供が好きなのか、そう快諾してくれる。ミロも嫌々そうながら、頷いた。

 チャッピーはどうすればいいか分からずに困惑していて、バウは乗り気だ。そしてパピーは無駄に自分を誇示したいらしく、ばさっ、と翼を広げてアピールしている。

 まぁ、下手なことはしないだろう。何だったら、子供を乗せてパピーと空の散歩とかしててもいいだろうし。


「まぁ、問題ないそうです。とりあえず遊んでくれるでしょう」


「おぉ……ありがとうございます。魔物の言葉がお分かりになるのですね」


「魔物使いですから」


 リュートさんには、さっきの言葉も「グルル」「キキィ」「ガゴォ」「キャイン」「ガルル」とか聞こえてるんだろうね、きっと。

 ただ、ミロたちは僕らの言葉が分かるみたいだ。双方向の意思の疎通はできなくても、子供の要望を聞くくらいはするだろう。僅かに子供たちにも怯えが 見られるけれど、それも時間が解決してくれるはずだ。


 そして、子供たちを相手に魔物が遊んでいるのを、遠目に見る。

 ミロが女の子二人を肩に乗せて、「たかーい!」と女の子がはしゃいでいる。バウの背中に乗った幼児が、嬉しそうに走るバウと一緒にきゃっきゃと笑っていた。

 最年長の男の子は、ギランカが目の前で剣を振るっているのを見ながら感心している。そして自分もやりたくなったのか、長い木の枝を持ってギランカの真似をしていた。チャッピーは女の子を肩車して、のっしのっしと歩いている。ミロとすれ違うたびに、女の子同士がハイタッチをしながら騒いでいた。


「……え、何故我のところには来ないのだ」


「お前、人気ねぇな。うけるわー」


「う、うるさい! 我はドラゴンであるぞ! ほ、ほれ! 子らよ! 来ぬか!」


「いや、言葉通じねぇから」


 何故かパピーだけぼっちになっていた。

 そんな彼らの光景を見ながら、僕の頰も自然と緩んでくる。子供たちが遊んでいる姿を見るのって、やっぱり幸せだよね。

 こんな風に、魔物とエルフが一緒に遊んでいる姿とか、普通は見られないものだと思うし。


「では、儂は図面を引いてまいりますので」


「あ、はい。お願いします」


 リュートさんが、そう言いながら手に持った木の板――そこに置いてある紙を持って、僕の新居の近くでカリカリと書き始める。

 しばらく僕の仕事はなさそうだ。魔物と子供が遊んでいる姿を見ながら、適当な木陰に腰掛ける。

 せっかくだし、のんびりさせてもらうとしよう。


「あはは! すごいー! 高いー!」


「おい、こら、暴れんな! 落ちるぞ!」


「いぇーい!」


「あ、あんまり、動くと、お、おで、落と、あう……」


「かっけぇ! 俺もそんな風に剣使えるようになるかな!」


「全ては修練である。我とて、生まれたそのときから強かったわけではない。弛まぬ鍛錬の賜物よ」


「キキィって言われても分かんねーよー」


「子らよ! 我の元にも来ぬか!」


 そんな風に、遊んでいる彼らの姿を見ていると。

 僕の隣に、アリサが腰を下ろした。


「隣を失礼、ノア殿」


「あ、うん。いいよ」


「……不思議な、光景だな」


 五匹の魔物と、五人の子供が遊んでいる姿。

 それは確かに、不思議な光景だろう。魔物はあらゆる種にとっての敵であり、脅威なのだから。


「今、この森の魔物たちは、ノア殿の配下なのだな」


「まぁ……そう、なのかな。実感は全然ないんだよね」


「ならばいつか……こんな風に、エルフと魔物が共存するような未来が、訪れてくれるのだろうか」


「うん……」


 僕が生きている限り、魔物は僕に従ってくれるはずだ。

 だけれど、もしも。

 僕が死んだら、ミロたちはどうなるのだろう。元のように、襲いかかる魔物に変貌するのだろうか。

 それは、僕が生きている間は、誰にも確かめようがないことだ。


「そんな未来に、なるといいね」


「そうだな」


 だから僕は。

 アリサのそんな、未来に対する希望を――肯定した。

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