第20話 村の案内

「そういえば、ノア殿。少し提案があるのだが」


「ん?」


 暫く、遊んでいる子供たちを見ていると、唐突にアリサがそう言い出した。

 立ち上がると共に、ふわりと金色の髪が風に揺れる。


「どうかした?」


「ああ。リュートさんが図面を書くにも時間がかかるだろうし、子供たちも存分に遊んでいる。少しばかり、ノア殿がここから離れてもいいだろうか?」


「まぁ、それは大丈夫だと思うよ」


「ならば、村を案内しよう。まだ、どこに何があるか分からないだろう?」


「あ、それもそうだね」


 確かに、僕の知ってる村の情報って、僕の家とアリサの家と長老の家だけだ。

 他に何があるのかとか、さっぱり分からない。今まで気付いていなかったけど。


「では、私についてきてくれ。とはいえ、それほど時間がかかるものではない」


「うん。それじゃ、よろしく頼むよ」


「任せておけ」


 アリサと共に、木陰から離れる。

 どうやら僕の家は村外れにあるらしく、近隣の家も空き家ばかりのようだ。

 魔物避けの柵に囲まれた、四角形の村の隅である。僕の家の裏に柵があるようなもので、家の周囲は農地と空き地だ。農地とはいえ、全く手入れされていない荒れ放題の畑だけれど。

 いずれは何かを植えて、僕も自給自足の生活をしなきゃね。


「ここが一応、村の大通りのようなものだな。大体のものはこの通りで手に入れられる」


「ふむふむ」


「あそこにあるのが、生活用の水を汲むことのできる井戸だ。朝は割と混むが、村の者たちと親密になるには良いかもしれん。水は生活の中心だからな」


「確かにそうだね」


 まぁ、小さな隠れ里だから、それほど広いわけではないんだけど。

 お店とかがあるわけじゃないし、本当に生活に必要な最低限だけが揃っている、という感じだ。


「水を入れておく瓶は、向こうの家のアルバースさんが作るものが良い。家具などは、アルバースさんの家の隣に住んでいるヒエロさんが良いものを作ってくれる。こちらは私の方で頼んでおこう」


「あ、うん。じゃあ、よろしく頼むよ」


 まぁ、僕が自分で頼みに行ってもいいんだけど。

 さすがに、初対面で何か作って、って頼むのも気が引けるし。


「それから、あちらが倉庫だ」


「倉庫?」


「ああ。村で採れた作物などは、あの倉庫に保管するようにしている。それを、必要な者が持ち帰る形だな。ノア殿が農業を始めるのならば、出来た作物はあの中に入れてくれ。その代わり、あの倉庫にあるものは自由に持ち帰って構わない」


「へぇ……」


 なるほど。

 通貨という概念がないエルフの里では、物々交換が主であると考えていた。だが、僕の考えとはどうやら違ったらしい。

 まさに相互扶助――お互いがお互いを助け合う、という考えで生きているのだろう。皆が自分にできることをやって村に貢献し、それを全員で分け合う、という形だ。

 人間のように、独り占めをするような考え方がないのだろう。実に穏やかな村だと思う。


「作物が足りなくなることとか、ないの?」


「あるぞ。凶作で全く採れないときもある」


「そういうときは……」


「危険を覚悟に、戦士たちが森から木の実を摘んでくる。木の実も採れなければ……まぁ、全員で飢えを凌ぐ。自分だけ飢えているのならば耐えられないだろうが、他の皆も我慢していると考えれば耐えられる」


 なんだか精神論だ。

 でも、そんな風に全員で協力して生きていく、っていうのは悪くないと思う。お互いのことを信頼しているからこそ、できることだよね。誰か一人が独り占めするとか、そういう発想がないんだろう。

 エルフって温厚な種族だなぁ、としみじみする。


「エルフは菜食主義って聞いたけど、肉は全然食べないの?」


「食べないな。私も一度食べたことがあるが、どうしても臭くて食べられなかった」


「……」


 肉、臭いんだ。僕、肉大好きなんだけど。

 でも、仕方ない。郷に入っては郷に従えだ。僕が食べる分だけの肉を、ギランカにでも狩ってきてもらうことにしよう。

 あとはやっぱり野菜だな。自由に持ち帰っていいのなら、色々メニューとかも作れそうだし。


「さて、案内するところは……そんなところだな。あとは、他に聞きたいことなどあるか?」


「うーん……」


 少しだけ考えてみる。

 大体のことは聞いたし、もう大丈夫かな。とりあえず水と食料さえ確保していれば生きられるし。

 あ、そうだ。


「僕はまだ何も貢献してないけど、それでも勝手に食料を持っていっていいの?」


 僕は、まだ新入りだ。

 まだ作物も作ってないし、折角作った燻製肉もエルフは食べないみたいだし。

 食料面での貢献は、何もしてない。あ、森に入って木の実採ってきたらいいのかな。何が食べられる木の実なのか分からないけど。だって一人旅、主な食料は肉だったんだもの。


 だけれど、そんな僕の問いに。

 アリサは、小さく溜息を吐いた。


「いや……ノア殿、何を言っている?」


「え? 僕何か変なこと言った?」


「どの口が、何も貢献していないと言うのだ……ノア殿がいなければ、この村は今でも魔物の脅威に震えていた。ドラゴンに脅かされる日々を、救ってくれたのはノア殿だぞ」


「……」


 それもそうだ。

 確かに僕、この村を救ったわけだ。何も貢献してないはずがないよね。

 そんな僕に対して、アリサが小さく笑みを浮かべた。


「だが、そのように無欲なのがノア殿の良いところなのだろうな」


「そう?」


 別に無欲ってわけじゃないと思うんだけど。

 肉食べたいし、魔物だってたくさん仲間にしたいし、勇者やめたいの心一つだけで旅に出たし。


「ああ。私は、この身を捧げる覚悟だった。ノア殿にならば、好きにされてもいいと思っていた」


「いや、それは……」


「私も、自分のことをそれほど誇大に言うつもりはないが……人間の基準で言えば、エルフは美しいのだろう? そんなエルフである私を、好きにしてもいいと……そう宣言したつもりだったのだが」


「……」


 いやいや。

 いやいやいや。

 確かにアリサは可愛いと思うし、僕だって可愛い女の子は好きだよ。というか、可愛い女の子が嫌いな男なんてこの世にいないよ絶対。

 でも、それとこれとは話が別だ。僕は僕の都合でドラゴン――パピーを仲間にしただけであって、そのためにアリサが僕の奴隷になる必要なんてどこにもない。


 そう。

 僕が決してヘタレというわけではなく、こう、違うんだ。

 もしも僕とアリサがそういう関係になるのだとしたら、恩義とかそういうのは関係なく、純粋な想いで向き合いたい。


「まぁ、余談だったな。では、そろそろ戻ろう。リュートさんも、そろそろ図面ができているだろうし」


「う、うん。そうだね」


 いかんいかん。

 僕だって男だし、ちょっとアリサを意識してしまう。どうにか抑えないと。


「む……?」


「どうしたの?」


「いや……煙が、上がっている……?」


「へ?」


 そんな僕たちの進行方向――僕の家がある、そこから。

 何故か、煙が上がっていた。それも、大きな煙が。

 意味が分からずに、目を見開く。他の家に囲まれて、まだ僕の家は見えないけど。


 焦燥に、思わず走った。

 火が、一体どこから出ているのかと――。


「おいてめぇ! 何してくれてんだよ!」


「い、いや、ち、違うのだ。わ、我は決して、このような真似をするつもりは……!」


「ここが主の家だと分かっていながらの愚行、許してはおけぬぞ」


「だ、だが……わ、我も、子らに見てほしいと……!」


 そこには、何故か燃え盛る。

 僕の新居が、あった。


「……」


 おい、パピー。

 お前、何をしやがった。

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