第1話 公開演習
公開演習。
週に一度行われるそれは、魔物たちの力試しと娯楽を兼ねてのものだ。ギランカやミロ、チャッピー、アマンダといった魔物たちの率いる一部隊と、他の一部隊が衆目の前で戦いを行うというものである。
そのためにラファスの街の中央公園を潰して、魔物たちが一生懸命働いて、闘技場のようなものを作ったのだ。どうしても大きさ的に百匹程度の部隊同士でしか戦うことができないのが難点ではあるけれど、二年間も帝国と矛を構えることができなかったために、ストレスの溜まった魔物たちはこの公開演習で発散しているのだとか。
「さて……今日はまず、弓隊とゴブリン隊の戦いからだな」
「アリサ殿と、ギランカ殿ですな」
「ギランカのエリートゴブリン隊、強いからねぇ。アリサ大丈夫かな」
「今日は、彼女も参加していますからね」
僕もそれに、毎週参加していた。まぁ、僕はあくまで見る側なのだが。
今日も今日とて、王様専用の席で見ている僕である。ちなみにそんな僕の隣では、ドレイクも観戦していたりする。今日は出番がないらしい。
「お……出てきた」
東門からまず入ってくるのは、エルフのアリサを筆頭とした弓隊だ。
とはいえ、その集団にいるエルフはアリサだけであり、その後ろに続くのは全て魔物である。ケンタウロスやオークアーチャー、コボルトアーチャーといった弓に優れた魔物で構成された部隊だ。勿論、全員がレベル90超えであり、意思を持つ魔物の集団である。
アリサは魔物の言葉を解することができないが、アリサの方から命じて動くことは可能であるため、元々職業『弓手』であったアリサを隊長としたのである。
最初は、「私などにそんな……」と遠慮していたアリサだったが、僕が何度か説得することでどうにか隊長になってくれた。
「ギランカ殿も、気合いが入っていますね」
「うん。やる気満々だねぇ」
そして西門から入ってきたのは、隊長ギランカ・ドラン・エルベート・グリフィッサム率いる小柄なゴブリンの集団である。
被っているのは、全員が
勿論、この集団はエリートゴブリン隊であるため、そのレベルは全員が90以上である。レベル40のレッドキャップでさえ素早く厄介な魔物だというのに、それがレベル90台ともなればその驚異度は段違いだ。そして何より、群れで行動するゴブリンはその連携が緻密に取れることも厄介さを増す。
いつも通り、冷静な眼差しで戦闘相手――アリサを見据えるギランカだが、その視線にどこか熱いものを感じ取ることができる。
「それでは、中央に」
そして、審判を務めるのはアンガスだ。
アンガスもドレイクと同じく、今日の公開演習には参加しないらしい。いつもこうして、参加しない者が審判を務めるという形になっているのだとか。
ギランカとアリサがまず中央に出て、互いに握手をする。
「それではギランカ殿、胸を借りる」
「騎士として、正々堂々とした戦いを」
勿論、アリサにギランカの言葉は分からない。だけれど、どこか通じ合っているかのようにアリサは頷いた。
そして互いに背を向け、開始線まで下がる。それと共に、ギランカは部下のゴブリンたちに命じた。
「総員、騎乗っ!」
「はっ!」
そして、西門から現れる魔物の群れ。
ナイトウルフ、ユニコーン、ワイルドドッグ――その種類は様々だが、それぞれがゴブリンたちの騎乗する魔物だ。
ギランカは僕に、「騎士になりたい」とそう願ったのだ。そして長い時間はかかったものの、僕はギランカに乗ることができる魔物を与えたのである。
「さぁ、バウ殿。参ろう」
「はいっ! ギランカさん!」
それは元ワイルドドッグ、現在フェンリルのバウである。
最初は意思を持たない魔物を与えて、騎乗させようと思っていた。だがギランカのレベルが99ということもあり、下手に低レベルの魔物だと操縦時に怪我をさせてしまうのだとか。そのため、僕の仲間の中でも最もレベルの高い一匹であるバウに騎乗したいとギランカが求めたため、以降ギランカはバウに乗っているのである。
ちなみに、バウが隊長を務めていた『百獣隊』は現在、ラミアのアマンダに指揮を任せている。
そしてギランカの配下のゴブリンたちに与えている騎乗魔物も、それぞれレベル90を超えた強者ばかりだ。
「こう見ると、ギランカ殿が有利に見えますね。高速機動ができる相手に、弓だと少し厳しいかと」
「かな」
ドレイクの呟きに、僕は小さくそう返す。
ギランカたちは騎乗しているわけだが、総数は同じだ。アリサ率いる弓隊は弓手が百だが、ギランカ率いるエリートゴブリン隊は人馬合わせて百なのだ。そのため、単純な数的有利という意味ではアリサが優勢だろう。
だが、ギランカたちはまるで自分の足の延長であるかのように、騎乗した魔物を上手く操るのだ。そのため、電撃のように敵陣に攻め込むことができる。今まで何度も公開演習を見てきたけれど、ギランカたちの突撃に瓦解しなかった軍はそうそういないのだ。
もっとも、そう簡単には終わらないだろう。
「でも、ジェシカがいるからね」
「ええ。ジェシカ姫がどう采配するかが見物ですね」
今回の演習で、ジェシカが部隊を率いたいと要請してきたのだ。
だが元々職業『弓手』であり、隠れ里で何度も魔物を撃退してきたアリサは、戦闘経験が豊富である。だけれど、ジェシカはオルヴァンス王国の姫――その戦闘経験は、全くないと言っていいだろう。
だから僕は、弓隊の最後方から全体に指示を出すのならば良し、と条件付きで許可を出したのだ。
弓隊に守られたその最後方で、じっと戦場を見据えるジェシカ。
彼女を《
「それでは、はじめっ!!」
「おおおおっ!!!」
アンガスの声と共に、ゴブリンたちが鬨の声を上げて突進してゆく。
遠距離では弓隊が有利。しかし、懐に入られたら一気に弱くなる。それをどう補佐してゆくかが、ジェシカの腕の見せ所だろう。
「全軍、斉射っ!!」
「はっ!!」
アリサの声と共に、引き絞った弓に番えた矢が放たれる。
それは放物線を描き、やってくる騎兵――ギランカたちを狙って走る。そして対するギランカたちはというと、全員がその左手に携えた丸盾で頭部を守っていた。
勿論、矢からは鏃を外していない。矢が頭に当たれば、魔物であれ死んでしまうだろう殺傷力の高い武器だ。そして勿論、ギランカたちの武器も非殺傷のものにしているわけでなく、ちゃんと真剣である。
ギランカを筆頭とする魔物たち曰く、「普段から当たれば死ぬ得物で相手をしていた方が、いざ戦いとなったときに臆すことなく動くことができるでしょう」とのことだった。それは分かるのだが、この国に回復魔術の使い手は僕以外ほとんどいないため、公開演習が終わると僕は回復魔術を酷使させられるんだけどさ。
誰か外部から神官でも来てくれないかなぁ、としみじみ毎度思っている。
「ふーん……」
だけれど今、ジェシカは何の策もなく斉射をさせただけだ。
そしてあの程度の斉射など、ギランカは今までの演習で何度も味わっている。それは配下のゴブリンたちも同じだ。だからこそ、即座に丸盾での防御に移ることができたのだろう。
ここからどう軍を動かすか――。
「総員、移動!」
「はっ!」
ジェシカの声と共に、弓隊が動く。
それはギランカを先頭にして、鋭い鏃のように一直線に向かってくる騎兵に対して、弓隊自体が左右に広がるものだった。突撃に逃げ惑うわけでなく、まるで計算されているかのように即座に左右に広がってみせた。
そして左右に広がった先で、弓隊の面々が再び矢を番える。そして騎兵の一直線の突撃というのは、簡単に左右に曲がることが難しいものであるのだ。
これは、鶴翼の陣。
突撃に対して包囲を仕掛ける、『後の先』を主とした陣形だ。敵前軍を自陣の内部まで誘導し、縦に広がった部隊に対して攻撃を仕掛けるこれは、確かに騎兵に対しては理にかなった戦い方だろう。
だが、そのタイミングはかなり難しい。早すぎれば敵に察知され、遅すぎれば先頭が騎兵に蹂躙される。敵軍と接触する機も、自軍の動く速度も、全てを把握していなければできない芸当だ。
「くっ! 全軍、防御!」
「甘いです! 総員、斉射!」
ギランカもようやく状況を悟ったのか、足を止めて防御に専念する姿勢を作る。
だが一度直進を始めた部隊というのは、そう簡単に行動を変えられないのだ。指揮官がどれほど素早く命じたとしても、どうしても陣形を整えるのに時間がかかる。何より、それが敵の鮮やかな策に嵌まった後となれば尚更だ。
戸惑い、防御することすらできずに、弓隊の放った矢でゴブリンたちが倒れてゆく。
「くっ――! 落ち着け、お前たちっ!」
騎兵というのは突撃に優れる分、それを対策されると脆い――それを、まさに体現したかのような戦いだった。
結局エリートゴブリン隊は指揮を執りきれず、各自がそれぞれ戦うことしかできなかった。それでも弓隊の半数ほどまで削ったのはさすがだったが、やはり最初の一撃で片は付いていたのだろう。
最後に、ケンタウロスとコボルトアーチャー、そしてアリサがギランカに鏃の先を向けて、そこで決着がついた。
「ギランカ殿、降伏せよ」
「……見事な策。これは、我の負けである」
各個人の力では、恐らくギランカの方に軍配は上がっていただろう。
だけれど、それを覆すだけの指揮――これこそが、職業『軍師』の本領なのだろう。素晴らしいものを見せてもらった。
ぱちぱちと、自然と拍手が起こる。
「素晴らしい戦いでしたね」
「うん。ジェシカ、流石だね。さて……」
「ノア様?」
「それじゃ、僕は今からちょっと忙しいから。ドレイクはゆっくり見てて」
「ああ、はい。それは私でお役に立てませんので、ゆっくりと見させていただきますね」
「うん」
苦笑いするドレイクに、溜息を吐きながら立ち上がる。
闘技場の中央で、アンガスが「弓隊の勝利!」とアリサの右腕を上げていた。そして演習に参加していない『不死隊』の面々が、演習で倒れた魔物たちを闘技場の外に運び出している。
あの魔物たちがどうなるのかって?
僕が今から、死ぬほど回復魔術をかけ続けるのさ。
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