第28話 街、襲撃

 魔物たちを引き連れて、森を抜ける。

 軍勢の先頭は当然ながら僕、そして幹部の四匹――ミロ、ギランカ、ドレイク、バウだ。その後ろを追随する軍勢は、合計で一万五千。

 人間の街からすれば、悪夢にすら感じられる数だろう。


「さて……この数で、ラファスの街を落とすことはできるかな?」


「恐らく、問題ないでしょう。ラファスの街はリルカーラ遺跡から最も近い街ですので、それなりに冒険者は揃っています。しかし、それほどランクの高い冒険者は少ないですから」


「そうなんだ?」


「そもそも、リルカーラ遺跡があまり人気のない迷宮ですからね。魔物のレベルは総じて高く、どれほど高ランクの冒険者でも中層ほどで限界になるのだとか。少なくとも、二十階層以下から生きて戻ってきた冒険者は、かの勇者ゴルドバだけと聞きます」


「……」


 うん、まぁ、確かに魔物のレベルは物凄く高かった。

 当時、勇者だった僕でさえ何度か死にかけた覚えがある。二十階層を超えてからは、確かに物凄くきつかった。

 何せ、遺跡に入った当初、僕のレベルは70だったのだ。それが二週間かけて階下へと降り続け、あらゆる魔物を軒並み倒してゆくうちに、レベル99まで上がっていたのだ。

 まぁ、そのおかげで最下層――四十五階層で『転職の書』を手に入れることができたんだけど。


「ふぅん……冒険者のレベルは、どれくらい?」


「せいぜい、20から30といったところでしょう。たった一人、Sランク冒険者がいますが」


「あ、そうなの?」


「はい。レベル63の大剣士、通称『鉄塊』アンガス・フールガーという男です。高齢ゆえに冒険者から引退し、現在はラファスの街で後進の指導、そしてリルカーラ遺跡のマッピングを主に行っているそうです」


「ふぅん……」


 レベル63か。さすがに、僕が相手にしなきゃいけないかな。

 ミロはレベル45だし、ギランカは43、バウもレベルが上がったとはいえ、まだ34だ。そして、最強の冒険者と言われていたドレイクでさえ、レベル59である。重ねてきた年齢もあるのだろうけれど、今まで出会ったことのある人間の中では、一番強い。

 まぁ、レベルがイコールで強さというわけじゃないけど、それでも幹部に相手をさせるより、僕が相手にした方が早いだろう。


「おっと……見えてきましたな、あちらです」


「うん」


 遥か遠くに見える、街並み。

 かつて僕もリルカーラ遺跡に挑む際に、一夜の宿をとった街だ。あのときは、久しぶりにふかふかのベッドで眠れた記憶がある。

 もっとも、その翌日から二週間、死ぬ思いでリルカーラ遺跡を攻略したのだけど。

 そんな街を今から蹂躙するのも、少々気が引けるけどさ。


「ふむ……我が主」


「うん? どうしたのギランカ」


「街の前に、随分と人間が集まっておりまする。それぞれ武装しておりますな」


「あ、そうなの?」


 ギランカの報告に、僕も目を細めて街の方を見る。しかし、残念ながら僕には何も見えなかった。ギランカは視力が良いらしい。

 でも、そんなに人が集まってるなんて、何かあったのかな。


「くんくん……ご主人様、何か燃えている臭いがします!」


「殺気がビリビリ来るじゃねぇか……くくっ、やる気満々ってかよ」


「恐らく、あれのせいでしょうな」


 バウの鼻が燃える臭いを嗅ぎ取り、ミロが戦意を高揚させている。

 そしてドレイクが指し示すのは、僕たちの進行方向――その斜め前にある、小さな櫓のような建物だった。そして、そんな櫓から一筋の煙がもうもうと立っている。


「なるほど、狼煙ね」


「私はラファスの街を拠点にしたことはありませんが、同僚から聞いた覚えがあります。リルカーラ遺跡から、時折魔物が溢れて来るのだとか。そんな魔物の襲撃に備えて、狼煙台を準備してあると」


「んじゃ僕たちは、リルカーラ遺跡から来たって思われてるのか」


「でしょうな。この近辺にはいない魔物ばかりですから。特に、ミノタウロスやレッドキャップとなれば」


「ふぅん……」


 リルカーラ遺跡か。

 そういえば、もうあんまり覚えてないけど、レベル90台の魔物とかいたな。僕が一撃で殺した夜狼王ナイトロードウルフも、確かレベル88とかそんなもんだった気がする。確か、最大はガーディアンゴーレムのレベル91だ。

 思えば僕、とんでもない迷宮を攻略したんだよね。そのおかげで忌々しい勇者を捨てることができたんだけど。


「さて、お前ら」


「おう」


「はっ」


「はいっ!」


「は」


「今から、僕たちはラファスの街を攻略する。だけど、それは虐殺をしろってわけじゃない。あくまで、脅すだけだ」


「……マジかよ、ご主人」


 僕の言葉に、顔をしかめるミロ。

 まぁ、戦争だぁ、って興奮していた連中には悪いけど、さすがに僕だって人間だ。それほど簡単に、一つの街を虐殺しようとは思わない。虐殺とかやっちゃうと、さすがに周りの国が黙ってないだろう。

 そりゃ、必要ならやるけどさ。

 僕の家族を殺した帝国に、手加減はしないつもりだし。

 ただ、平和的にこの街を貰えるのなら、そっちの方がいいってだけ。


「向こうが僕の要求を飲めないのなら、実力行使はするけどね。それでも、できるだけ平和的に街を貰い受ける予定だから」


「承知いたしました、ノア様」


「問題ありませぬ、我が主。我が主のご意向のままに、我らは働きましょうぞ」


 ドレイク、ギランカがそう恭しく礼をする。

 逆にミロ、バウは多少不満そうだ。バウ、きみは僕の癒しなんだから、そんなに血気盛んじゃなくてもいいんだよ。


「ジェシカも、よろしくね」


「は、はいっ!」


 ジェシカは、一応従軍軍師という立場だ。

 まぁ、今回のことを提案してきたの、ジェシカだしね。


「さて……どう切り出すかな」


 僕の歩みと、軍勢の歩みは止まることなく、まっすぐにラファスの街を目指す。

 そしてラファスの街を囲む壁と門、その門の前に集まる冒険者たちの姿までが視認できる距離へとやってきて。

 僕は、片手を上げて全軍を止めさせた。


「よし、まずは僕が行く。ミロ、ギランカ、ついてこい。ドレイク、ジェシカの警護を任せる」


「おう」


「承知いたしました、我が主」


「はっ。ノア様」


 冒険者たちは、合計で三百人といったところか。剣を持つ者もいれば槍を持つ者もいて、後方には杖を持つ者もいる。

 そんな冒険者たちの中央で、巨大な戦斧を構えた初老の男と、まず目が合った。

 佇まいからして、普通の冒険者と異なるのは分かる。恐らく、この男がドレイクの言っていたSランク冒険者、アンガス・フールガーなのだろう。

 だけれど、そんな堂々としたアンガスと違って、周りの冒険者たちはどこか逃げ腰だ。


「やべぇ……なんだよ、あの大群……」


「こ、殺される……」


「あれ、『魔の森』の魔物じゃねぇか……」


「ミノタウロスとかいるぜ……無理だろ、あんなの……」


 本人たちは小声で喋っているつもりなのかもしれないが、ばっちり聞こえてきた。

 なんだろう『魔の森』って。もしかして、エルフの隠れ里がある森のことなのかな。そんな物騒な名前だったのか。

 まぁ、そんなことは気にせず、僕は歩みを止めない。

 ここの代表――アンガスと、まずは交渉をしなきゃね。


「それ以上、近付くな!」


「……?」


「貴様、何者だ? 人間のように見えるが……」


「ああ、人間だけど」


 アンガスの言葉に、そう返す。

 僕のどこを見れば魔物に見えるのさ。まぁ、中には人間に擬態する魔物もいるって話も聞いたことがあるけど。

 でも、こんな場で人間に擬態する必要なんてどこにもないよね。


「あのさ、あんたがアンガスさん?」


「……何故、儂の名前を」


「あんたがこの街の代表みたいな感じ?」


「……儂は、あくまで冒険者だ。この街の、自警団を率いているに過ぎない」


「あ、そうなの」


 ってことは、どこかに領主がいるのかな。

 ラファスの街自体はそれほど大きくないし、貴族領の端っこみたいな感じなのかも。


「んじゃ、領主に伝えてくれる?」


「何を……」


「黙ってこの街を明け渡すのなら、何もしない。逃げても追わない。でも抵抗するのなら、今から一万五千匹の魔物が街に入って虐殺する。魔物に殺されたくないのなら、さっさとこの街を明け渡して。一日以内でね」


「……」


 アンガスが、眉根を寄せる。

 さすがに、即答できる条件ではないだろう。でも、残念ながら僕もそれほど悠長に待つつもりはない。

 抵抗するようなら虐殺する――その言葉は、嘘じゃないのだから。


「わかった……その言葉、領主に伝えよう。おい誰か! 領主に伝えてこい!」


「は、はいっ!」


「お、俺が! 俺が行く!」


「俺に任せろ!」


 アンガスの言葉と共に、走り出す冒険者たち。

 我先に、とばかりに烏合の衆は門から街の中へと入っていき、その数を目減りさせてゆく。

 あのうち、何人が領主に言いに行くんだろう。というか、ほとんど冒険者いなくなってるんだけど。

 残るはアンガスと、逃げるタイミングを失った十数人といったところだ。三百人くらいいたのに。

 これはアンガスの人望がないわけじゃなくて、恐怖で逃げ出した感じかな。


「……」


 小さく、アンガスが溜息を吐く。

 そして斧の先――槍の穂先になっている部分を地面へと突き刺し、アンガスはその場に座り込んだ。


「お頼み申す」


「ん……?」


「我が名は、『鉄塊』アンガス・フールガー。かつてはSランク冒険者と呼ばれた老骨。この首に然程の価値もなかろうが、この命をもってお頼み申す。我が素っ首を、いかにしてくれても構わぬ。その代わり、街の者たちの命は助けてやってくれ!」


「……」


 自分の命を盾にしてでも、街の人たちの命は守りたい。

 冒険者だというのに、まるで騎士のような言葉だ。

 でも僕、街の人まで皆殺しにする気はないよ。最初から、黙って明け渡すのなら何もしないって言ってるんだけど。


「ふぅん」


 でも、その心意気、いい。

 まるで英雄譚に出てくる、民衆の英雄たる騎士そのものだ。そういう生き様、僕は好きだ。

 だからこういう場合、僕も粋な悪役を演じなきゃね。


「分かった、アンガス・フールガー」


 ミロとドレイクを手で制して、僕一人でアンガスの近くへと向かう。

 もしかしたら僕の命を狙って奇襲してくるかもしれないけど、そんな気はしなかった。現実、僕とアンガスの距離が、戦斧を用いればすぐにでも攻撃できるまで至っても、アンガスは動かなかった。

 そして――アンガスは目を閉じる。

 命を捧げる、その言葉が、決して嘘ではないとばかりに。


「それじゃ、覚悟しろ」


「……」


 僕はアンガスの額へ向けて、中指を親指で弾く。

 これこそ、粋なやり方であるはずだ。

 命を捧げてでも民衆を守と決意した騎士に対して、大した威力もない攻撃を仕掛けて、「これで命はいただいた。あとは好きにしろ」みたいな風にその命を助けるのだ。僕も幼い頃に、そんな英雄譚を読んだ覚えがある。

 そう、大した威力のない攻撃を――。


「ふっ、これで命は……」


「ぶ、はぁっ――!」


「いただ……え?」


「う、が、は……!」


 アンガスは、悶絶していた。

 暫く痛みにのたうち、それからもう暫くして、動かなくなる。

 ……え、僕のデコピン、レベル63の冒険者を殺せる威力なの?


「嘘ぉ……」


 そんな僕の予想は。

 アンガスの首に、よく見る鈍色の首輪が生まれたことで、現実となった。なってしまった。

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