第2話 乱入

「……おかしい」


 もう、半分は戻ってきただろうか。既に僕は、新たに『魔物使い』として転職をして一週間を経ている。

 安全を確保した場所で休みながら、魔物を一撃で殺し続けて戻ってきている途中だ。最下層こそ苦戦したものの、最奥を目指していた頃と違って魔物はだんだん弱くなってくるので、正直張り合いがなくなってきた頃だ。

 だがこの一週間。もう何匹の魔物を殺してきたか分からない。少なくとも、出会った敵は全員容赦無く殺してきた。

 だというのに――魔物使いであるはずの僕に、誰も従わないのだ。どいつもこいつもあっさり死んで消えてゆき、隷属の首輪とやらが生まれる気配など欠片もない。

 何か間違っているのだろうか――そう首を捻るが、僕には何の情報もないのだ。


解析アナライズ》をかけても、僕の職業は『魔物使いレベル1』から動かないままである。何か倒し方に条件でもあるのだろうか。それがほとほと分からないからこそ、戸惑っているというのが事実である。


「うーん……」


 歩きながら、考える。

 確認したスキル、魔物捕獲の条件は『魔物を戦闘不能にする』ことだ。それ以外に条件らしい条件はない。最初の夜王狼ナイトロードウルフを相手にしたように、背骨を砕けばそれは戦闘不能と言えるのではなかろうか。

 ならば、純粋に僕のレベルが足りないということになるのか。低いレベルだと、弱い魔物しか仲間にできないとか。

 うん、なんかそれっぽい。

 このあたりの魔物も僕からすれば十分弱いのだけれど、もっと弱い――ゴブリンとかスライムとかそういうレベルの弱い魔物を、まず当たっていく必要があるのかもしれない。


「ちぇ。たくさん仲間にできると思ったんだけどなぁ……」


 はぁ、と小さく嘆息をしながら、とぼとぼ歩く。

 一人きりの旅路は、随分と長く感じるものだ。この五年、ずっと一人きりだったから慣れたものだけれど。

 誰ともパーティを組むわけにはいかなかったのだ。僕は冒険者ギルドにも所属していない、ただの無職の旅人だったのだから。

 おかげで、身分証も持っていないから途中の村で宿を借りる、というのもできなかった。少しばかり大きい街にでもなれば、衛兵に袖の下を渡してやれば通してくれる場所もあったので、そういうときしか街に入れなかった。

 そう考えれば、やはり冒険者ギルドには所属しておくべきなのだろうか。『魔物使い』という職業に驚かれそうだから、あまりやりたくないけれど。


 そんな風に考えながらも、しかし僕の体は勝手に敵を撃退する。

 考え事をしながらでも相手にできるくらいに、このあたりの敵は弱い。数少ないミノタウロスなんかが少々タフなくらいで、あとは大体一撃与えれば即死する。そんな連中ばかりなのだ。

 最奥近くでの敵の強さには、若干のスリルがあった。だが、今の状況ではスリルも全くなく、ただただ長くて面倒にしか思えない。


「おや……?」


 ふと、前の方が騒がしいのが分かった。

 ここは迷宮の半分か、恐らく前半三分の一、といったところだろう。行きよりは割と楽に戻れているために、もう少し上かもしれない。

 だけれど、この迷宮に入って、久しぶりに別の人間に会った。


「くそっ! 補助切らすな! 行くぞ!」


「ええっ! 《強化ストレングス》!」


「《防御シールド》!」


「はぁぁぁっ!!」


 三人パーティのようだ。男一人に女二人という、なかなか羨ましい編成である。

 僕もこんな風に、女の子二人に補助してもらいながら戦うとか楽しいだろうなぁ、とか思ってみる。まぁ、基礎魔術は習得しているから、補助魔術は自分でかけれるんだけど。あと、補助魔術かけてもかけなくても一撃で倒せるけど。


 戦士らしい男を中心に、魔術師らしい女、神官らしい女の子の三人だ。

 魔術師のように見えるのは、亜麻色の髪に右手に持った杖、それに臙脂色のローブという魔術師らしい出で立ちの女である。神官らしい女の子は、銀色の髪を背中で一つにまとめている。真っ白の衣に金の装飾をあしらったそれは、神官としての正装だ。

 最後に戦士は、細身の色男である。短く刈った黒髪に整った顔立ち、軽鎧を纏って片手剣を持っているのは、速さを追求してのものだろう。まぁ、あまり速くはないみたいだけど。


 そんな三人のパーティが相手にしていたのは、 牛頭人身の巨人ミノタウロスだった。

 少々タフで、体力だけながら最下層の魔物にも及ぶものを持っている。その代わりに動きが鈍重で重い武器を使用するために、簡単に避けることができるのだ。

 もっとも、彼らはそんなミノタウロスに随分苦戦しているように見えるが。


「はぁぁぁっ!!」


「《火炎球ファイアーボール》!」


「《加護プロテクション》!」


 あまり効いていない。

 ミノタウロスには高い魔術耐性があり、どちらかといえば物理攻撃の方がよく効く。だが恐らく、男の方はあまり攻撃力が高くないのだろう。攻撃力よりも速度を選んだそれは、どちらかといえば敵を翻弄するための装備である。

 恐らくここまでは、戦士の彼が敵の目を引きつけながら、その敵に対して魔術師の彼女が攻撃を仕掛けていたのだと思われる。そういう形でやってきたのなら、ミノタウロスが強敵で然るべきだ。

 助力をするべきだろうか――そんな風に、少しだけ思う。


「ぎゃあっ!」


「カイト!」


「カイトさんっ!」


「く、そっ……! ユリア! マリン! お前らは逃げろ!」


「そんなっ……!」


 あ。

 なんかヤバそうになってる。さすがに助けるべきだろうか。

 でも、下手に手を出すと「獲物を奪われた!」って騒ぐ奴がいるんだよね。僕も何回か会ったことある。

 どうしよう――そんな風に、少しだけ悩む。


「カイトさんっ! 今、治療を……!」


「来るなっ! くそっ! デカブツ! こっち来やがれぇ!」


「……」


 さすがに、助けた方がいいよね。

 どうか、面倒臭い相手ではありませんように――そう祈りながら。

 僕は大地を蹴って、そのままミノタウロスへと突撃を仕掛けた。


「えっ……!」


「ふぅ……ちょっと、乱入するよ」


「あ、あんた、誰!? えっ!?」


「いいから、下がって。安全なところに」


 ミノタウロスは、僕の一撃で吹き飛んだ。

 まずはこの三人を、安全な場所に誘導しなければ。そのために、引き剥がす必要があったのだ。

 突進してぶつかっただけだから、大したダメージはないだろうけれど。

 ミノタウロスがごふっ、ごふっ、と何度か咳き込むのが聞こえ。


 次の瞬間に。


「あれ……?」


「グルル……」


 ミノタウロスはゆっくりと立ち上がり、僕を見る。


 その首に、先程まではなかった――銀色に輝く首輪をつけて。

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