第18話 ミズーリへの対処

 ミズーリ湖岸王国。

 僕はその国について幾つか、きな臭い噂は聞いていた。


 そもそも大陸でも最大だった国――ドラウコス帝国は、今や風前の灯にも近いくらいに国領が少なく、それだけ国力も低下している。かつての繁栄を考えると、その領域は十分の一以下に減ったといえるだろう。

 その状態で、いち早くドラウコス帝国に助力を行ったのが、ミズーリ湖岸王国なのだ。元々ドラウコス帝国とは国交があったらしいけれど、通商条約が結ばれていた程度でしかなく、同盟関係にあったわけではない。だというのに国力の低下したドラウコス帝国に対して援助を行い、同盟関係を結び、現在はほぼドラウコス帝国が臣従しているような状態らしい。


 そして、ドラウコス帝国と同盟関係にあるということは、即ちグランディザイアにとっても敵であるということだ。

 今のところグランディザイアから積極的に、外に攻めていくつもりはない。だけれど、もし周辺諸国との関係が悪くなったときには、真っ先に名前が挙がる程度には仮想敵国である。

 とりあえず僕は、シルメリアから与えられた情報を持ち帰り、まずジェシカへと相談した。


「なるほど……やはりミュラー教の総本山を、占拠されましたか」


「この動きは、予想できていたの?」


「恐らく、押さえるならばまずミュラー教だと考えていました。今はグランディザイア、オルヴァンス王国の台頭で力を失ってこそいますが、現在に至っても大陸最大の宗教組織には変わりありません」


「うぅん……」


 ジェシカの言葉に、僕は眉を寄せる。

 ミュラー教。

 かつて、僕にとって最大の敵だった組織だ。それこそ、ドラウコス帝国よりも。

 先代の大教皇が召喚した『守護者』、勇者ゴルドバは本当に強かった。レベルこそ99だったけれど、その強さはレベル以上だったと言っていいだろう。僕も下手すれば、負けていたかもしれない。

 だけれど、今の大教皇はマリンだ。彼女はミュラー教の信徒であり、聖ミュラーの教えに従って行動すると誓っている。一応ミュラー教では魔王が絶対悪という形で認識されているため、表立って友好関係を築けているわけではないけれど、少なくとも敵対しているわけではないはずだ。

 マリンからも以前、「ミュラー教は今後、人間同士の争いに介入しないという形を通すことにします」と言われたことだし。


「でも、ミュラー教の総本山がミズーリ湖岸王国のものになったとして、どう変わるのさ」


「ミュラー教という後ろ盾を、ミズーリが得たようなものです。ミュラー教では、魔王を絶対悪と認定していますので……少なくともミズーリ国内において、反グランディザイア感情が高まることは避けられないでしょう」


「……それが何か、問題になるの?」


「問題というか……まぁ、グランディザイア自体は鎖国をしているようなものですから、さほど大きな影響はないと思いますが」


 頭のいいジェシカになら、色々分かるのかもしれない。

 だけれど、国同士のどうこうって未だに僕、よく分かってないんだよね。こんなのが王様で本当にいいのだろうか、って時々思う。


「ただ、グランディザイアと接する全ての国が、敵国になる可能性があります」


「どういうこと?」


「そもそもグランディザイア国内に、かつてのミュラー教総本山……聖アドリアーナ大神殿があります。あそこは、かつて聖者アドリアーナが聖ミュラーよりお言葉をいただき、かの地に建造したとされている、ミュラー教にとっては神聖な場所です」


「……今、誰か使ってなかったっけ?」


「現在、エリートゴブリン隊の寝泊まりする場所になっています」


「うわぁ……」


 かつて僕が両親と兄さんを救い出すために、乗り込んだ神殿だ。

 やたらと広いし、色々施設も揃っていたため、誰かが使うように指示したのは僕だ。だって立派な建物だったから、壊すのも悪い感じがしたし。

 多分、汚していたりはしないと思うけど。


「あまり考えたくはないですが……もしかすると、他国が協働してグランディザイアに攻め込んでくるかもしれません」


「それは……聖アドリアーナ大神殿を取り戻すため?」


「そうです。ミュラー教にとって神聖な場所で、さらにミュラー教の信徒が多い国ばかりですから。それこそ、彼らにとって聖戦と叫び、連合軍としてやってくる可能性はあります」


「……」


 人間の連合軍。

 それが、グランディザイアに攻めてくる可能性がある――確かに、それはあまり考えたくない。

 そこで、僕の隣――腕を組んでいるリルカーラが、大きく溜息を吐いた。


「ふむ……面倒よのぉ。余が配下を引き連れて攻め、皆殺しにしてきてもいいが」


「それは、さすがに……」


「何の問題があろう。向こうが戦争を望んでおるならば、皆殺しにされる覚悟もあろうよ。むざむざと攻め込まれることを待つよりも、こちらから攻め立て皆殺しにし、我が贄となるべきであろう」


「……」


 とても魔王らしい意見をありがとう。

 でも贄とか、そういうシステムあるのリルカーラ。


「そも、我が軍に敵などおるまい」


「……それは」


「レベルは総じて90台、魔物ばかりの軍だ。例え同じレベルであったとしても、人間と魔物では圧倒的に魔物の方が強い。それこそ、万の人間が襲いかかってこようとも、こちらは百の軍勢で皆殺しにできよう」


「……」


 うぅん。

 本当に、その通りだから困ってる。

 正直今のグランディザイアが、どれほど人間に攻められたとしても、何の痛痒もない。例え四方から十万ずつの兵士が襲いかかってきたとしても、四方に魔物の軍を派遣すれば全部済むはずだ。

 ただしその代わり、大陸の人口は大きく減ることになるだろう。


「それが否と言うならば、亀のように縮こまっておくつもりか? であらば、人間に舐められるだけのことよ。調子に乗った人間ほど、鬱陶しいものはない」


 僕としては、全面戦争に発展することは避けたい。

 現在のグランディザイアの在り方と、人間の国との関係――それは、現状がベストだと考えているのだ。互いに不可侵であり、人間の国と魔物の国という形での差別化を、継続していくことが一番だと。

 いずれは人間と魔物の共生も考えていきたいけれど、今はこれがベストなのだ。


「……亀?」


 そこで、僕に天啓が降りた。

 縮こまる亀――それが、僕の頭の中に浮かぶ。甲羅という狭い世界で、外からの攻撃の一切を受け付けない、その姿を。


「そうだ!」


「えっ……ノア様? 一体どう……」


「リルカーラの言うとおり、人間の軍が動く前に、僕たちから動こう!」


 まだ、人間が連合軍を作って攻めてくるとは限らない。

 だけれど、その対策くらいはできるはずだ。

 何より――今のグランディザイアは、労働力に溢れている。


「ほう、ではやはり皆殺しを」


「いいや」


 僕は壁に掛けてある、世界地図――虎の横顔のように見えるその中央を、指で示し。

 告げた。


「グランディザイアの国境に、壁を築く」

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