第17話 商人シルメリア

 ドレイクが始めたという綿糸工業事業――工場での生産も割と上手くいっているらしく、生産量は割と良いとのことだ。

 しかし、ドレイクが懸念していた商人との取引――シルメリアとの関係については、色々面倒くさいことになっていそうではある。

 何せシルメリアが自分の利益しか考えていないせいで、様々な問題が起こっているのだ。


 だからこうして、僕がわざわざ来たわけだが。


「よぉ来たな、王さん。せやけど、茶ぁくらいしか出せへんで」


「お気遣いなく。別にお茶を飲みに来たわけじゃないから。それにしても……名前はシルメリア商会なんだね。ノーフォール商会じゃなくて」


 シルメリア商会。

 グランディザイアの端も端――ミズーリ湖岸王国との国境に程近い位置にある建物が、現在シルメリアが運営している商会だ。

 何でも、グランディザイアに移住して割とすぐに起業したらしい。それまでは確か、ノーフォール商会を名乗っていた気がするんだけど。


「ノーフォール商会ゆうたら、アメリアでは有名なんや。商業国家アメリアの十大商会の一つで、ウチはその支部を任されとったようなもんでな。実際には、暖簾分けしてもろたみたいなもんやったんよ」


「そうなんだ」


「でも、ウチも商人やからな。商人たるモン、自分の商会を持ってナンボや。ウチはこの商会を大きくして、いつかはアメリアにも支店を出すのが夢や」


「へぇ」


 興味ないけれど、とりあえず頷いておく。

 僕に商会の云々は分からないけれど、彼女は彼女でそういう夢を持っているのだろう。


「まぁでも、ウチとしては……ようやく来たか、って感じやな」


「僕が来ること、分かってたってこと?」


「せやな。まぁ、ウチも割と好き勝手やらせてもろとったからな。そろそろ、『今代魔王』様からお咎めの言葉でも入るんやないかとは思っとった」


「……まぁ、実際その通りなんだけどね」


 はぁ、と小さく嘆息。

 僕がこうして、わざわざ国境近くまでやってきたのも、彼女に『お咎めの言葉』を伝えるためなのだ。まさか、予想されてるとは思ってなかったけど。


「ジェシカからもドレイクからも、クレームが出てるんだよ」


「端的に言うてな」


「ぼったくりすぎ」


「あかん。端的すぎや」


 けらけらと笑うシルメリア。

 僕も極めて簡潔に伝えたけれど、実際ほとんどのクレームはそれに尽きる。

 現在、数は少ないけれど、僕も含めて人間も暮らしているグランディザイアだ。そして人間が生きるにあたって、色々必要なものというのは存在する。例えば食料品と衣料品とか、衛生用品とか。

 そして現在、そういった人間に対する商品というのは、全部シルメリアから購入している状態だ。何せ、国の外に販路を持っているのはシルメリアだけだから。

 その商品が、とにかく高いのである。


「ジェシカが、幾つかの商会に話を通すべきじゃないかって僕に言ってきてね」


「ほう」


「今、グランディザイアと他国の取引は、全部きみに任せていると思うんだよ。その状態だと、不公平すぎるって言ってきたんだ」


「まぁ……今まで言われんかったんが不思議なくらいやけどな」


 シルメリアが、苦笑を浮かべる。

 まぁ実際、ここには魔王と称される僕がいるわけだし、魔物の国だ。普通の人間は、決して近寄りたくない場所だと思う。

 だから商人もあまり近付きたくないだろうと考えて、全部シルメリアに任せていたわけなんだけど――。


「ドレイクは、グランディザイアと他国の取引について……他の商会に話を持っていったら、多分飛びつくだろうって言ってたよ」


「せやな。ウチでも飛びつくわ。どう考えても、儲け話の匂いしかせぇへん」


「じゃ、進めていい?」


「せやけど、それやとウチが困るんよなぁ」


 のらりくらりと、僕の言葉をそう肯定しては首を傾げるシルメリア。

 そしてくいっ、と丸眼鏡を押し上げて、僕の方を見てきた。


「確かに、ぼったくりに思われるかもしれへん」


「……そこは認めるんだね」


「せやけど、それは理由があってのことや。今後、多少のことがあっても取引できるように、割と金撒いとるから、それを回収しとんのよ。他の商会やと……ウチと同じことは、多分でけへんで」


「どういうこと?」


「グランディザイアの、今の状況を考えてみ。恐ろしい魔物が大勢国の中におって、今代魔王と呼ばれる存在が統治している。その上、大陸でも最強やったドラウコス帝国を滅ぼして、中央の覇権を握っとる。他の国々からすれば、恐ろしいことこの上ないわ」


 シルメリアが、真剣な眼差しでそう告げる。

 確かにそう言われると、恐ろしいのかもしれない。だけど、僕は今のところ他の国に攻め込むつもりなんてないんだけど。


「せやから、他の国は表向き友好的な態度は取れへん。魔王が統治しとる国やからな。オルヴァンス以外のほとんどの国で、国教はミュラー教や。ミュラー教では、魔王は絶対悪って教えられてるからな」


「……」


「それもあって、商会は表立ってグランディザイアと取引できへん。だからウチは、アメリアの仲介人に間に立ってもろて、できるだけ目立たんように取引しとんのよ。これで、他の商会が入り込んで目立つ真似をしたら、取引相手の商会にも国から圧力が掛けられるかもしれへん。その辺の情報を得るために、人も雇っとる。ぼったくりすぎって言うかもしれへんけど、ウチは安全のために金使うて、その金を回収しとるだけや」


「うぅん……」


「せやから、ウチは適正価格でやっとる。そう嬢ちゃんに言うてんか」


 確かに、そう言われると納得できる。

 国同士のことを考えた上で、目立たないように。自分が儲けるためではなく、必要経費として掛かっている額が多いから、どうしても商品が高額になってしまう。

 実際、アメリアの仲介人とかめちゃくちゃ請求してきそうだし。


「それに、きな臭い話も仕入れとるで」


「えっ」


「まだ確定情報とちゃうけどな。確定情報やと分かったら報告しようと思てたんやけど……まぁ、ええ機会やから言うとくわ」


 シルメリアが丸眼鏡を押し上げて、僕を見る。


「ミズーリ湖岸王国が、妙な動きをしとる」


「妙な動き?」


「せや。まだ噂で聞いただけやけど……ミュラー教の総本山を乗っ取ったらしいわ」


「――っ!」


「理由は、まだ調査中や。せやけど、きな臭い感じしかせぇへん」


 ミュラー教の総本山。

 それはマリンが大教皇を務める、現在中立地帯に存在する神殿だ。


「なるほど……」


「ん? 何か知っとんか?」


「いや……」


 僕の脳裏に蘇るのは、いつだったかジェシカに言われたこと。


――恐らく、まず危険に晒される場所は、ミュラー教の総本山でしょう。


 彼女の予想が、完全に当たった――。

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