第27話 vs魔王リルカーラ

 僕の仲間たちが、襲いかかってくる敵と戦いを始める。

 僕を囲むように円を描いて、決して一匹たりとも僕に近付けさせまいと。

 ミロが大斧を振り回し、ギランカがバウに騎乗してかき乱し、チャッピーが棍棒で弾き返し、ドレイクが拳で魔物たちを打ち、アンガスが大剣で切り拓き、アマンダが締め付け、キングが九つの首で打ち漏らしを掃討する。ロボも緩慢に動きつつ、パピーも頑張って戦っているのが見えた。


「うぉぉぉぉぉぉ!!」


「オォォォォォ!!」


 魔物たちの怒号が聞こえる中、僕の頭の中は限りなくクリアだった。

 魔王リルカーラ。災厄の魔王にして、最悪の魔王。

 激しい激突音の中にありながら、僕とリルカーラの間にだけ沈黙が走っているような、そんな気分だ。


「ほう。良い従僕を連れておる」


「……」


「余の従僕を、これほど抑えるか」


「……」


 サイクロプスの首が飛び、グリフォンの翼が落ちる。オーガキングの片腕が吹き飛び、ペガサスナイトの臓腑が撒かれる。コボルトの体が吹き飛び、ゴブリンの断末魔が響く。

 だが、こちらも無傷ではない。

 ミロは全身に血を流し、ギランカの山刀マチェットは割れ、バウの牙は折れ、チャッピーの目は潰れ、ドレイクの左腕は吹き飛び、アンガスの鎧は砕け、アマンダの体には切り傷が走り、キングの首が一つ落ちては再生する。

 あまりにもレベルが高すぎる戦いは、まるで互いを損耗させているかのようだ。


「お前にとって、彼らは従僕なのか」


「左様。余に従いし、忠実なる従僕たちである」


「そうか。僕にとって、こいつらは従僕じゃない」


 ぎろりと、リルカーラを睨み付ける。

 まるで、自分に従う魔物たちを奴隷のように扱っているその言葉が、癇に障る。まるで、道具のようにしか考えていないように思えて。

 例えそれが、『隷属の鎖』によって成り立っている関係だとしても。

 僕にとって、彼らは――。


「僕の、仲間だ」


「ほう……」


「僕は、魔物使い。そして、こいつらは、僕の仲間だ」


「……」


「お前なんかと、一緒にするなっ!!」


 大地を蹴り、剣を抜く。

 こいつがレベル99の魔王であったとしても、そんなもの関係ない。僕は、僕の全力でこいつを打破するだけだ。

 剣技レベル99の全力でもって、踏み抜いて間合いに入ると共に剣を振り抜く。


「ぬっ!」


「はぁぁぁっ!!」


 リルカーラが紙一重で僕の剣を避けると共に、僕は遠心力に逆らって体を捻り、そのまま剣を返す。

 びきびきっ、と体に悲鳴が走るが、そんなもの無視だ。僕の剣はそのままリルカーラの肩を掠めて、やや浅い手応えが届く。ざしゅっ、と僕の剣が走ったリルカーラの肩から、青い血が僅かに流れた。

 どうやら、体の構造ですら人間とは違うらしい。


「くっ……くくっ……」


「どうした」


「余に手傷を負わせるか……何年ぶりよ。かの守護者以来か」


「ゴルドバか」


「左様……だが、我は死なぬ」


 じゅっ、と燃えるような音と共に、リルカーラの肩にあった傷が消える。

 どうやら、自己再生のスキルも持っているようだ。ここはひとまず、僕も情報を見るべきだろう。

 目に魔力を込めて、力ある言葉を呟く。


「《解析アナライズ》』


 それと共に、僕の視界に現れるリルカーラの情報。

 先程は魔物の群れが多かったから、やたらと重なってレベルくらいしか分からなかった。だけれど今は、僕とリルカーラの一騎打ちだ。

 その情報は――。


 名前:リルカーラ

 職業:魔王レベル99

 スキル

 虚ろの鉄槌レベル99

 自己再生レベル40

 棒術レベル8

 魔物作成レベル99

 魔物調教レベル99

 魔物言語理解

 魔物融合

 魔物呼び出し

 魔物心内対話


「……」


 限りなく、僕の最悪の予想が正解だと分かる。

 職業が魔王であることは分かる。レベル99であることも分かる。そして、そのスキルのほとんどが僕の上位互換だ。

 だが、恐らく攻撃手段なのだろう『虚ろの鉄槌』とやらが何かは分からない。


「何を呆けておるかっ!」


「くっ……!」


 やや離れた位置でリルカーラが右腕を振り下ろすと共に、目に見えない何かが襲いかかってくるような感覚。

 例えるなら、リルカーラが巨大な拳を振り下ろしたような、そんな感覚だ。第六感が危険信号を発して、思わず後方に飛び退く。それと共に、僕の目の前の大地が削れた。

 恐らく、これがスキル『虚ろの鉄槌』――。

 ちっ、と舌打つと共に僕も剣を振り、リルカーラに肉薄する。


「はぁぁっ!!」


 スキル『虚ろの鉄槌』が他にどんな攻撃手段を持つのか、どんな攻撃を仕掛けてくるのか、さっぱり分からない。だけれど、僕は愚直に剣を振るうだけだ。

 鍛え上げてきた、この剣で。

 キングハイドラ、ゴールドバード――これまで僕の目の前に立ちはだかった強者を打破してきた、僕の剣技。それを、今は信じるだけだ。


「くくっ……!」


 リルカーラが笑みを漏らす。

 リルカーラの仕掛けてくる攻撃は、まるで目に見えない鉄槌を落としているかのようだ。距離が離れていても近付いていても関係なく、僕がいる場所に向けて正確に落としてくる。それを僕は空気の流れで察して、必死に回避するのだ。


「ぐぅっ!」


 攻撃が肩を掠めて、痛みに思わず顔をしかめる。

 不可視の攻撃は、空気の流れと音、気配と第六感だけで回避することしかできない。下手に受け止めようとしても、それが果たして防御できる代物であるかどうかすら分からないのだ。

 そして僕の剣は、皮一枚を切り裂く程度までは届くものの、なかなかその防御を破ることができない。まるで皮一枚下に鋼の鎧でも仕込んでいるのではないかと思えるほど、その体が硬いのだ。


「はぁぁっ!!」


 だけれど、僕はただ剣を振るう。

 一度で斬ることができないなら、二度。二度で斬ることができないなら、三度。それでも斬ることができないなら、斬れるまで。

 僕はこうして、たった一人でリルカーラ遺跡を戦い続けたのだ。

 ぎぃんっ、と僕の剣がリルカーラの左腕に阻まれて、止まると共に。


「《雷光ライトニング》っ!」


「なっ――!」


 びくんっ、とリルカーラの体が跳ねる。

 僕のスキルは、剣技だけではない。一応、『雷魔術』レベル45を持っているのだ。そして剣がリルカーラの体に触れている状態であるならば、僕の『雷魔術』もダイレクトにリルカーラへと届く。

 あくまで、低いレベルの魔術だからそこまで効果はないだろうが、たった一瞬でも隙を作ることができればそれでいい。

 その間に、僕は自分の剣に力を込める。


「《帯電チャージ》っ! うぉぉぉぉぉぉっ!!」


 びきびきっ、と僕の両腕に力が込められる。

 それと共に、じわじわと僕の剣はリルカーラの左腕へと沈み込む――魔王の防御すら切り裂く、それだけの力を僕は剣に込めているのだ。

 これは、ちょっとしたスキルの応用だ。

 スキル『雷魔術』で自分の腕に電気を通し、生体電流以上の反応を引き出させる。それにより、一時的に膂力を増すことができるのだ。

 簡易的に、スキル『怪力』を付与できるようなものと考えてもらえばいいだろうか。

 もっとも、終わってから腕が超痛くなるのが難点なんだけど。


「なっ――!」


「うぉぉぉぉぉぉっ!!」


 ざしゅっ、という切り裂く音と共に。

 リルカーラの左腕が吹き飛び、青い鮮血が散った。

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