第2話 女王フェリアナとの交渉

「勿論、ノア様に損のあるお話ではありません」


「はぁ……」


 なんだか、詐欺師の常套句みたいに聞こえるのは何故だろう。。

 世の中、誰かが損をするから誰かが得をするのであって、誰もが得をするような話なんてないと思うんだよね。

 勿論、フェリアナにそんな考えはないと思うけどさ。


「ええと……ちょっと整理させてください」


「ええ、構いませんわ」


「ジェシカ、どういうこと?」


「あ、はい!」


 隣にいるジェシカに尋ねる。

 僕より頭のいいジェシカなら、きっと理解していることだろう。そして、僕にも分かるように説明してくれるはずだ。


「フェリアナ陛下の言う通り、我が国に損のある話ではありません。むしろ、得をする話です」


「そうなの?」


「何もしなくても、税収をそのまま提供してくれるというお話です。快諾して問題ないかと」


「……それが、よく分からないんだけど」


「ですが、その放棄された土地というのは、税収の見込める状態なのですか?」


 あ、ジェシカが僕を無視して話し始めた。

 僕、いじけていいかな。


「残念ながら、初年度はまともに開拓することもできないと思うわ。井戸には毒を投げ、田畑は焼き、とても人の住める環境ではない状況を作って放棄されたから」


「敵に奪われるくらいなら自分たちで、ということですか」


「そういうこと」


「……そのような劣悪な環境に、オルヴァンス王国の民を住ませるのですか? それでは税収も見込めないと思われますが」


「井戸が使えないのならば、近隣の小川に向かえば良いのよ。田畑が焼かれているのならば、再び耕して種を蒔けば良いの。その代わりに、自由に開墾することのできる地を提供する――我が王国の臣民ならば、そのような逆境であろうと開墾をすることでしょう。最初は税収も望めないかもしれませんが、初年度は王国の国庫から税収の不足分をお支払いいたしますわ」


 フェリアナの最後の言葉は、僕に向けて。

 ええっと。

 その、人が住めない場所にオルヴァンス王国の国民を住ませて、ちゃんと税収が取れるような場所に変えていく、ってことかな。そう考えたら、まぁ納得だ。将来的な税収を期待して、帝国の死んでいる領地を占領する、ってことだよね。

 でも、分からないのは次の点だ。

 そこで得た税収を、全部グランディザイアに提供する――その言葉である。


「その、放棄された領地をオルヴァンスの国民が得るということは分かりました」


「はい」


「ただ、その税収を全部僕のところにというのは……」


 別に僕も、お金が嫌いというわけではない。

 だけど、そんな風に「全部あげますー」って言われても、なんだか疑わしく思ってしまうのだ。

 そんな僕の考えを読んでか、フェリアナが微かに笑う。


「うふふ……それほどお疑いになられなくとも、他意はありませんわ」


「い、いえ、疑ってるわけじゃ……」


「わたくしどもも、グランディザイアの状況を考えてのことです。思い出していただきたいのは、わたくしどもの条約ですわ。オルヴァンス王国とグランディザイアは、ドラウコス帝国に対する領土侵攻を行い、その領地を得た場合は五分に割譲すると条約で制定いたしました。覚えておられますか?」


「ええ」


 さすがに僕だって覚えてる。

 第何条だったかは覚えてないけど、確かそんな文章があったはずだ。ドラウコス帝国に対する領土侵攻においては協働する立場で、領地の支配権は五分に割譲する、だったかな。

 あれ。

 そうなると、ハイドラの関までの元ドラウコス帝国の領地、半分は僕のものってことか。


「ですが……ノア様の配下に現状、普通の人間はおられないと思いますの。そちらにいる二人の英雄はともかく、国民となるべき人間はいないと認識しております」


「……え、ええ。そうですね。魔物ばかりです」


「グランディザイアはまだ建国したばかりで、法に関する規定もそれほど定まっていないものと邪推いたします。ノア様は、支配をした地における税収を、どのようにお考えですか?」


「ええと……」


 どのように、って言われても。

 税収って言われても、魔物たちはそもそも何も食べなくていいし、別に娯楽とかもなくていいし、というか戦いが娯楽みたいな感はあるよね。

 極論を言うと、何も食べなくていい魔物たちを率いる僕の国は、作物を育てる必要すらないんだよね。誰も食べないから。

 そうなると、税収ってどうなるんだろう。何も取らなくていいんじゃないの?


「まぁ……まだ、そういうのは、全然……はい」


「まだまだ発展途上である以上、仕方ありませんわ。それに加えて、グランディザイアの臣民は魔物ばかりだと伺っております。村を再興させようにも、魔物ばかりでは田畑の管理も難しいかと思います」


「現在、それも調整中です。やはり、食料がなければいくら魔物とて生きていけませんし」


「……」


 ジェシカの言葉を、とりあえず沈黙して流す。

 そういえば、ジェシカは魔物が何も食べなくていいってこと、知らないんだよね。同じく、フェリアナもだ。

 普通は何も食べなくていいなんて考え、思い浮かばないだろう。

 ここは、僕も下手に口を滑らせるわけにはいかないか。


「え、ええと、結局、その、税収を全部グランディザイアに提供する、というのは……」


「ええ。言うなれば、新たな領地は表向きオルヴァンス王国の領土として、グランディザイアがその実質的な支配権を握る、とお考えいただければと」


「……表向き?」


「オルヴァンス王国の民が住みながら、グランディザイアの領土と名乗るのは周辺諸国からも不自然に感じるでしょう。ですので、表向きはオルヴァンス王国の領土とさせていただきたいのです。その代わりとして、税収を全て提供する形でお許しいただきたいのです」


 ふふっ、とフェリアナが僅かに笑みを浮かべる。

 僕には相変わらずメリットとデメリットが分からないけれど、一体どういうメリットがオルヴァンス王国にはあるのだろうか。

 領地というのは、税収が得られるものなのだ。領主と領民というのは、税を納める代わりに庇護を得る、という形でまとまっているのが世間の常識であるはずだ。

 それが、領地を得るけど税収は全部あげます、って考え方が分からない。


「分かりやすく述べるのならば、オルヴァンス王国は名を、グランディザイアには実をとってもらいたいということですわ」


「……実?」


「ええ。単純な国力として、オルヴァンス王国は未だドラウコス帝国に劣っているのが事実ですわ。ですが、張りぼてでも広大な領地を得ることができれば、帝国とも対等な存在となることができるのです。今回、ハイドラの関までにある帝国の領土を得ることができれば、その版図はほぼ同じになるでしょう」


「……」


 なるほど。

 ようやく、なんとなく分かってきた。つまり、オルヴァンス王国は純粋に領土を広げたいんだ。領地から得ることのできる税収を僕に提供してでも、広大な領土を持つ国として周辺諸国に主張したいということか。

 勿論、それが外交上どういう意味があるのか僕に分かるはずもない。


「……そういうことなら、分かりました。税収については……そうですね」


 僕はオルヴァンス王国の税収について、全く知らない。

 フェリアナにそんなつもりはないだろうけど、もしも徴税官みたいな人が「魔物の国に税金なんか納めたくない」とか思って、自分の懐に入れる可能性もある。

 そのあたりは、こちらの方でも確認できる人員を用意しておくべきだろう。


「……えーと、ジェシカ」


「はい、ノア様」


「今後、オルヴァンス王国から納められる税について、監督してもらえる?」


「承知いたしました、ノア様。お任せください」


「じゃ、それで……税収については、ジェシカを通すようにしてください」


 こういうとき、任せられる部下がいるってほんと助かるなぁ。

 ドレイクとかアンガスにもいずれは任せるとして、そのときはどうしよう。聴力を失ったから筆談でお願いします、みたいな風に装えばいいのかな。


「ありがとうございます、ノア様」


「まぁ、僕としては、全部そちらに任せるような形で気が引けるんですけどね……」


「いえ、そのようなことはお気になさらないでください」


 そうフェリアナは頭を下げて。

 それから、真剣な眼差しで僕を見てきた。


「それから……もう一つ、ノア様に不躾なお願いをしに参りました」


「はぁ……何ですか?」


「二年で結構ですわ」


 すっ、と二本の指を立てて僕に示してくるフェリアナ。

 何かの覚悟を決めたみたいに、大きく深呼吸をして。

 言った。


「ドラウコス帝国への侵攻を、我が国が主となる形で行わせていただきたいのです」

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