第11話 オルヴァンスとの交渉
「本来ならば国賓としてもてなさねばならないところを、このような待遇で申し訳ありません」
「い、いえ、別に、僕は……」
「ささ、どうぞ降りてくださいませ。こちらがオルヴァンス王都、ノースレア宮殿にございます」
「は、はぁ……」
女王――フェリアナ・ノースレア・オルヴァンスと名乗った彼女に、僕とアリサはそのまま王都の中へと通された。さすがに、パピーは市井が混乱するから、ということでちょっと離れた位置に待機してもらうことになったが。
そして馬車に乗せられて、そのまま宮殿まで連れてこられたのである。アリサは不安そうな顔をしていたけれど、いざとなれば僕がどうにかできる、と耳打ちすることで安心してくれた。
もしもフェリアナが僕たちへ危害をもたらそうとしているのならば、僕は遠慮などしない。
「こちらにございますわ」
「はぁ……」
「本来ならば、わたくしもオルヴァンス王国の女王として振る舞うべきなのでしょうけれど、今回は申し訳がないのですが……私人と私人の会談という形にしたいと思っておりますわ。如何でしょうか?」
「……それは、何故ですか?」
フェリアナの言葉に、純粋にそう疑問を返す。
そういう公的にはこう、とか僕にはよく分からない。だからといって、向こうの言い分をそのまま呑んでも良いことにはならないだろう。僕、そもそも腹の探り合いができるほど頭良くないし。
だったら、純粋にその真意を尋ねる方が早い。
「先程、仰っていた新しい国、グランディザイアなのですが」
「ええ」
「我が国はグランディザイアの建国を心から喜ぶと共に、志を同じくするものとして共に歩んでいきたいと思っておりますわ。同盟か、少なくとも不可侵の条約は結んでおきたいと考えております。ですが今は、グランディザイアという新しい国の王と非公式であれ会った、という記録が残ることは、わたくしのみならずノア様にも不利に働きますわ」
「どういうことですか?」
「周辺諸国は、良い顔をしないでしょう。グランディザイアは建国に先立って、オルヴァンス王国の女王を訪問した――それは、周辺諸国の中で我が国を最も評価している、と見做されますわ。少なくとも、帝国は間違いなくそう考えるでしょう」
「……」
その帝国に、先に僕行ったんだけど。
まぁ、門前払いされたから、どっちにしても同じか。結局、僕が会う他国の重要人物って、フェリアナが最初であるわけだから。
帝国から何か言われたら、先にそっちにも行ったんだけどー、みたいな主張をすればいいのだろうか。
「それを私人と私人の会談とすれば、何か解決するんですか?」
「いくらわたくしがこのオルヴァンス王国の女王といえど、その行動の全てを縛ることなどできませんわ。わたくしはあくまで、友人であるノア様と私人として会談を行っただけのこと。そう主張することができるのです」
「……なるほど」
「ご理解いただけたようでしたら、幸いですわ」
うふふ、とフェリアナが微笑む。
いや、全く僕分かってないよ。でも、とりあえずそれっぽく頷いておこう。
ひとまず、僕に対して何か危害を加えるつもりもないみたいだし。
「さて……私的なものではあるといえ、会談ですわ。有意義なお話ができれば、と考えております」
「ええ。まず、色々と聞きたいことがあるのですが」
「はい。わたくしに答えられることならば、何でもお答えいたしましょう。ノア様」
「……何故、僕の名前を?」
僕は、この国に来て一度も名乗っていない。
だけれど、フェリアナは僕の名前を明らかに知っていた。間違いない確信と共に、僕を『ノア・ホワイトフィールド』と呼んだのだ。
何の情報も得ずに、そんなことはできないだろう。つまり、フェリアナは事前に僕のことを調べていたということだ。
「オルヴァンス王国とドラウコス帝国は、百年来の仇敵ですわ。今でも小競り合いはしておりますが、何か事件でも起こればすぐにでも戦端は開くことになるでしょう。ゆえに、帝国の情報はいち早く我が国に伝わるように内通者を何人も潜入されているのです。勿論、それはドラウコス帝国も全く同じですわ。我が国のどこかに、帝国へと情報を運ぶ者は間違いなく存在するでしょう」
「スパイ、ってことですか」
「そういうことですわ。そして帝国に所属する冒険者、ランディ・ジャックマンとシェリー・マクレーンは、ノア様の情報を皇帝に奏上いたしました。わたくしも最初は耳を疑いましたが……かのドレイク・デスサイズをも害したその実力に、ドラゴンを意のままに操るという異能……いずれは、強大な敵になるであろうと考えましたわ」
「……」
ドレイク生きてるけどね。ちょっとゾンビになっちゃっただけで。
「ですが、もっと良い手段があったのですわ」
「ほう」
「ノア様の建国にあたって、我が国は全力でサポートさせていただきたいと思います。周辺諸国に対して、森を自領とする大義名分も用意いたしましょう。必要であれば、大陸国連への参加にあたっての推薦状を書きます。それだけ、我々はノア様を、グランディザイアを評価しているのだと他国に知らしめることができるでしょう」
「……つまり、僕たちの後ろ盾になってくれる、ってことですか?」
「左様ですわ。必要とあらば金銭の援助もいたしますし、労働力の派遣もいたしましょう。森を開拓したいとあらば、我が国の騎士団を動かしても結構ですわ」
おいしすぎる話である。
大陸でも大国であるオルヴァンス王国の、その女王が全力で後ろ盾になってくれる――それは、僕の国を建国するうえで必要なことだろう。少なくとも、僕の今日の目的は『ドラウコス帝国とオルヴァンス王国の両方に建国を宣言する』ことだったのだ。
帝国側からは冷たくあしらわれたし、オルヴァンス王国と歩みを共に進めるというのも――。
「一つ、疑問が」
「さて、何でしょう?」
「僕たちには必要な話だということは、分かりました。僕は確かに、国を――グランディザイアという国を作ろうとしています。それにあたって、オルヴァンス王国が後ろ盾になってくれて、援助もしてくれる……それは、素直にありがたい話です。ですが、どうしても引っかかる部分があるんです」
「どういうことですか?」
「それをやって、オルヴァンス王国に何の利があるんですか?」
フェリアナが国のトップとして決断したことは、即ち国の意見ということだ。
そして国というのは、基本的に利で動く。何をするにあたっても、利がそこになければ動くはずがない。
オルヴァンス王国が、僕の国の後ろ盾になる――そこに、オルヴァンス王国の利益はないと思うのだけれど。
「利ですか。うふふ……面白いことを言いますのね」
「僕たちにとっては、ありがたい話だと思いますよ。でも、それをやって王国に……」
「利は、十分にありますわ。勿論、それもこれからお話させていただきますが」
フェリアナが妖艶な笑みを浮かべて、腕を組んだ。
その仕草と共に、胸元が盛り上がって谷間が浮かび上がる。そこに一瞬目を奪われて、そっと逸らした。
いかんいかん、女性のそういう仕草に惑わされちゃいけない。
「先も申し上げましたが、我が国とドラウコス帝国は百年来の仇敵ですわ」
「ええ……さっきも」
「そんな仇敵であるドラウコス帝国と我が国の間に、新たに国が生まれた……それも、ドラゴンを操ることのできるような、強大な国が、です」
フェリアナは、その美しい瞳――その奥で、まるで歪んだ炎を浮かべているかのように。
僕を見据えて、言った。
「もしもそんな強大な国と、オルヴァンスとが友好関係を結ぶことができれば、それは素敵なことだと思いませんか?」
それでも、フェリアナは僕を見ていない。
僕を見ず、もっと向こう――帝国の姿を、見て。
僕を、そして僕の国を。
一つの軍事力と――そう、考えているのが分かった。
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