第4話 富国強兵に向けて

 まぁ、そんな風に平和的に交渉は成立して、僕の国グランディザイアはひとまず大陸における戦争を静観する立場になった。

 静観とはいっても、傭兵として魔物を提供することには変わらない。もっとも、あの後にフェリアナと話をしたんだけど、すぐには攻め込む予定はないのだとか。そもそも、まずは手に入れた領地に領民を移動させて、開拓がひと段落ついてからになるのだという。

 そしてドラウコス帝国もまた防衛線をハイドラの関まで下げた以上、向こうから攻め込んでくることはないだろう。


「よっ、と。やっと到着か」


 そんなわけで現状は、どの国も動かない状況だ。

 僕の国は今のうちに、富国強兵に勤しむことにしよう。

 ひとまず、今日はその一環として、この街の入り口までやってきたのである。


「パピー殿に任せれば、その関とやらなど全く意に介さないと考えるのですが」


「……」


「そもそも我らに兵站が必要ない以上、関とやらを迂回しても問題ありません。無理に防衛軍を束ねているような関を攻める必要はないでしょう。そうでなくとも、巨人族による投石でも十分な攻城兵器になりえますからね。関など、落とそうと思えば三日もあれば事足ります」


「はいドレイク黙る」


 ドレイクのそんな呟きに、口を挟む。

 まぁ、一応国のトップである僕とフェリアナによって決定された案件だ。あくまで臣下という形をとっているドレイクが、どれほど口を挟もうとも覆りはしない。


「まぁ約束しちゃったけど、二年くらいのものだよ。今は、僕たちがこの二年間で何ができるのか考えるべきだ」


「二年ですか。ただ待つとなれば長い時間ですが……」


「やりたいことが、いくつかあるんだよね。ほら、富国強兵ってやつ」


「何か、腹案があるのですか?」


「まぁね。ちょっとやってみたいことがあるんだ。丁度、ジェシカもいないし」


 一応オルヴァンス王国とは盟友であるわけだし、向こうの顔も立てて二年動くなという条件を飲んだのである。税収も全部くれるって言うし。

 ちなみに今、ジェシカはそんな税収を調整する件もあって一時、オルヴァンス王国に帰国している。税収面での調整が終わり次第、また国に帰ってくるだろう。その行き帰りは、僕の部下の魔物で意思を持たない者に護衛を任せた。

 意思を持つ魔物の方がいいんじゃないかと言ったんだけど、いざというときに単純な命令に従ってくれる方が助かる、とはジェシカの弁である。僕としては、意思を持つ魔物の方が護衛には適していると思うんだけどな。

 一応、ジェシカは僕の軍師ではあるんだけど、それでもオルヴァンス王国の人間であることには変わらない。下手な情報を与えるべきじゃないだろう。

 そう考えると今、ジェシカの不在はありがたい。


 さて。

 オルヴァンス王国の顔を立てて、僕は二年待つつもりだ。だけれど、二年を過ぎたらもう遠慮はしない。そのときこそ、ドラウコス帝国を滅ぼすときだ。

 そのためにも、今のうちに戦力をしっかり整えておかなきゃね。


「ドレイク」


「は、ノア様」


「ちょっと、ミロとギランカ、バウとチャッピーをここに呼んできて」


「承知いたしました」


 とりあえず、幹部には集合させるとしよう。

 ミロは『獣人隊』の隊長であるミノタウロス、ギランカは『亜人隊』の隊長であるゴブリン、バウは『百獣隊』の隊長であるワイルドドッグ、そしてチャッピーは僕の『近衛隊』の副隊長であるオーガだ。ひとまず、ドレイクを含めたこの五体は僕の国における幹部と考えていいだろう。

 あとはアンガスにも何か役職をあげたいところだけど。リビングメイルだし、普通に不死者アンデッドであると考えれば、ドレイクが隊長を務める『不死隊』の副隊長とかが良いのだろうか。

 ま、そのあたりの調整はドレイクに任せるとして。


「あと、門の外に魔物を集めて。僕がまだ意思を持たせてない奴だけ」


「は。意思を持つ者は除外して良いのですね」


「うん」


「承知いたしました」


 一応、僕が手加減して殴った魔物は、大体千五百匹くらいいる。一万五千の軍勢の中で、僅かにそれだけだ。

 今いるのは元々公園だった場所で、それなりに広い。だけれどさすがに、ここに全員を集合させるわけにはいかないだろう。そして、意思を持っていないとはいえ、単純な命令に従う魔物たちならば『街の外に集合しろ』くらいは理解できるはずだ。

 ドレイクが席を外し、残るのは僕だけだ。

 さて、残る一匹は僕が自ら呼ぶことにしよう。


「おぉぉぉぉぉぉぉい!!! パピぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」


「それほどでかい声を出さずとも聞こえるわぁっ!!」


 あ、案外近くにいた。

 ばっさばっさと翼をはためかせながら、相変わらず外皮が真っ黒なドラゴン、パピーがやってくる。

 なんだよ、久しぶりに全力で声出したのに。


「まったく……この近くで昼寝をしていたというのに、貴様の声で目が覚めてしもうたわ」


「お前自由だよな」


「何が悪い。我には特に仕事がない」


「まぁ、お前だけじゃなくて大体暇を持て余してるけどね」


 そもそも街を貰い受けたし、設備とかも全部そのままだ。そして、極力建物とかは壊さないように徹底させた。

 その結果、ほとんど街に損傷はなかったのだ。

 本当は、戦いで壊れた家とかを魔物たちに改修させようかと思ってたんだけどさ。魔物たちがそれぞれ住む家も配備して、体の大きさ的に住みにくそうな者たちは各々、勝手に家を改造していたりしている。

 そして自由なパピーは特に家などなく、好きなところで好きに過ごしているのだ。一応家でもやろうかと思ったんだけど、こいつ「我が塒は森の中にある」とか言って受け取らなかったんだよね。


「それで、何用だ小僧。我を呼んだからには、それなりの案件なのであろうな」


「ああ、いつぞやの約束を守ろうと思って」


「約束?」


「ま、気にするなよ……お、来た」


 パピーとそんな風に話しているうちに、目の前からやってくる五つの影。

 割とこいつらも近くにいたのかな。ドレイクを先頭にやってきたのは巨大なミノタウロス、矮躯のレッドキャップ、筋骨隆々のオーガ、愛玩犬のようなワイルドドッグ――僕の仲間であり、幹部のミロ、ギランカ、チャッピー、バウの四体である。


「おう、ご主人。来たぜ」


「我が主、御身の前に」


「お、お、おで、きた……」


「ご主人様! こんにちは!」


「うん。お前らご苦労」


 さて。

 パピーは強制執行だけれど、残るこいつらは一応自由意志を尊重しよう。

 僕にとっても謎のスキルで、どういう効果になるのか分かっていない。初めて使うのに幹部を使うのは若干問題かもしれないから、先に意思を持ってて幹部じゃないやつで実験した方がいいかもしれないな。


「ドレイク、案内ご苦労様」


「は。この程度のことは問題ありません。今から、意思を持たない魔物を集めて参ります」


「うん、お願い。あと、ついでにアマンダも街の外に案内してくれる?」


「……アマンダ?」


「うん。僕が意思を持たせたゴルゴーン」


 何匹目かは忘れたけど、僕が意思を持たせた魔物の一匹だ。

 実験に使うのは申し訳ないけど、さすがに何の検証もせずに実行するわけにはいかないよね。

 ドレイクはあまりピンときてないみたいだけど、まぁゴルゴーンって数匹しかいなかったし、分かるだろう。「承知いたしました」と返事をして、ドレイクが再び去ってゆく。


「さて……ミロ」


「おう、ご主人」


「お前さ……強くなりたい?」


「あん?」


 僕の言葉に、そう眉根を寄せるミロ。牛の頭に眉毛ないけど。


「そりゃ、強くなりてぇに決まってんじゃねぇか、ご主人」


「お前が強くなるかもしれない方法がある……そう言ったら、乗るか?」


「へぇ。なんか面白そうなこと考えてんのかよ、ご主人様」


 けけっ、とミロが笑う。

 それと共に、他の魔物たちも反応した。


「我が主、そのお話はまことなのでしょうか」


「うん、ギランカ。お前をもっと強くすることができるかもしれない」


「僕も! 僕も強くなりたいです! ご主人様!」


「お、おで、おでも、つよ、つよく、なる……!」


「おい、俺が先だ! 俺が先に強くなるんだよ!」


 ギランカ、チャッピー、バウも乗り気だ。

 特にバウはレベルも低いし、強くなりたいのだろう。


「ただ、確証はない。本当に強くなるのかは分からないし、お前らの意志が残るのかも分からない」


 これから行うのは、『魔物融合』だ。

 その結果、こいつらがどうなるのかは分からない。レベルが上がるのか、それとも下がるのか。自由意志は残るのか、それとも失われるのか。僕と共に重ねてきた日々は残るのか、それとも失われるのか。

 本当に強くなれる確証などない、『強くなれるかもしれない』方法でしかないけど。

 もしも上手くいけば、彼らをもっと強くすることができる。


「お前らが嫌だって言うなら……」


 だけれど、そんな僕に対して。

 ミロが、シニカルに笑みを浮かべた。


「なぁ、ご主人」


「うん?」


「ご主人は、俺らのご主人なんだよ。俺らを従える、絶対的な主人だ。俺らは、ご主人の意見には従う。死ねと言われりゃ、その場で死んでやる。役に立たねぇって言われりゃ、その場で自害してやる」


「それやめて」


 さすがに、その心構えは重いよ。


「だからよ、ご主人。命令しな。ご主人が何を考えてんのかは知らねぇが、俺らがそれを拒否するこたぁねぇよ」


「ミロ……」


「命令しな、ご主人! 俺らに、もっと強くなれってな!」


 ミロの言葉に、ごくりと唾を飲む。

 どんな確証のない方法であれ、僕に絶対的な忠誠を誓う彼らが、それを拒むことはない。

 それは――僕に対する、心からの忠誠。


「ミロ、その心意気、わかった……パピー!」


「……む? む? 我か?」


「お前のレベルが下がるかもしれない危険な方法だけど、うまくいけばもっと強くなるかもしれない。それを今からお前に施す。いいな!」


 最初にやるのは、パピーと決めていた。

 一番にやってやる、って約束してたし。それに対して、パピーも「好きにせよ」って言ってたし。

 それに、一番レベルが高いのはパピーだ。うまくいけば、目標であるレベル70に最も早く到達できるだろう。

 だけど、そんな僕の言葉に対してパピーは。


「……え、そんなもの嫌なのだが」


 と。

 普通に拒否した。

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