第26話 一息ついて

「んで、そのお嬢が隣国の姫さんってことか」


「うん」


 とりあえず、ギランカとチャッピー、バウの三匹はそれぞれ仕事に向かったため、ミロと一緒にジェシカを運んだ。

 ちなみに運んだ場所は、暫定の僕の家である。いつまでもアリサと同じ家というのも気が引けたために、新しく村長さんに伝えて貰った家である。リュートさんにお願いして図面を引いてもらった僕の家は、現在エルフたちによって建設されている最中だ。さすがに、僕も家なき子ってわけにはいかないしね。

 そして現在、エルフ式の寝台(固くて安っぽい)にジェシカを寝かせている段階である。お姫様を、こんな寝台で寝かせてもいいのだろうか。

 余談だが、この家は小さいのでミロが入れない。そのため、ミロは一匹家の外で、窓から顔を出している状態である。


「つか、疑問なんだけどよ」


「ん?」


「なんで隣国の姫さんがここにいんだ?」


「いやー……」


 正直それ、僕に聞かれても超困る。

 なんか大使として紹介されたのはいいけど、ドレイクが「諜報員を潜入するためです!」とか言ってきたから、とりあえずその場で連れて帰ればそういう連中も入ってこれないだろう、って考えで連れてきた。

 でも、だからといってそれが、一国のお姫様をぞんざいに扱っていい理由にはならないだろう。

 ひとまず、掻い摘んでミロに説明してみる。


「ええとな、ジェシカは隣国のオルヴァンス王国ってとこのお姫様なんだけど」


「ああ」


「そことは、割といい関係を築けてるんだよ。今回、同盟みたいな感じで支援をしてもらう話になった。その代わりに、大使として派遣されたのがジェシカってわけ」


「へぇ」


 にやり、とミロが笑みを浮かべる。

 お前、顔が凶悪だから笑うだけでジェシカ泣いちゃうぞ。


「ってこたぁよ、ご主人」


「ん?」


「割といい関係を築けなかった相手もいる、ってこったな」


「……まぁ、うん」


「いつ攻め込むんだよ。俺らぁ、いつでもご主人の命に従う準備はできてんぜ」


「……」


 ミロにしては随分と鋭いその発言に、僕は思わず顔をしかめる。

 攻め込む――それは、戦争をするということだ。

 僕の命令で、大勢の人が死ぬ。僕が魔物に命令するだけで、国が一つ滅ぶ。

 ドラウコス帝国は僕の両親の仇であり、滅ぼすことには何の問題もない。むしろ、僕一人で乗り込んで壊滅させてもいいくらいだ。

 だけれど、ドラウコス帝国の国民全てが憎い、ってわけじゃない。

 帝国を攻めるにあたっても、帝国の全てを滅ぼすっていうのは、ちょっと違う気がする。むしろ国として大きくなるためには、人間も同じく統治していく形の方がいいのではないだろうか。

 だったら、僕はどうすればいい。


「さすがに、すぐってわけにはね……向こうは、大国だよ。それこそ、この森が僕の国の領土とか言ってるけど、その何十倍何百倍だ」


「別にいいじゃねぇか。ご主人の下には、一万匹以上の魔物がいるんだぜ」


「帝国の軍隊は、一万人なんて軽くいるよ。しかも、全部訓練された正規兵だ」


「俺ら全員、ご主人が回復魔術使えば生き返んだろ。だったら、実質無限みてぇなもんだ」


「あー……」


 そういえば、確かにその通りだ。

 僕の部下の魔物は、僕がいる限り死なない。チャッピーが生き返ったように、他の魔物たちも亡骸が残っている限り、僕の魔術で生き返ってくれる。

 絶対に死なない魔物の軍と、殺せば死ぬ人間の軍。

 どちらが強いかなんて、分かりきったことだ。


「確かに、生き返るけどさ……」


「それに、人間の軍ってぇのはメシが必要なんだろ。比べて、俺らは何も食わなくてもいい。種族として、人間と魔物は全く違うんだ。数の有利なんざ、全くねぇよ」


「まぁ、ね。食事が必要ないっていうのも、利点の一つなのかな」


 魔物は、一切の食事が必要ない――これも、僕たちの利点だ。

 戦争では基本的に、補給線というのが大切になってくる。前線で戦う兵士に対して、食事や水を運ぶための道だ。補給線がなければ、軍隊は戦いを続けることができなくなる。

 だけれど、僕の軍は違う。

 どれほど遠くに攻め込もうと、どれほど敵の中枢に行こうと、補給線なんて考えなくていいのだ。何せ、補給するものが全くないのだから。


「俺らは死なねぇ。加えて、ご主人の能力があれば仲間は増え続ける。敵国からすりゃ、悪夢だろうよ」


「……」


「命令をくれりゃ、俺らいつでも人間の国ぐれぇ滅ぼすぜ」


「まぁ、とりあえず待てよ、ミロ」


 改めて、現状の凄まじさに笑いすら出そうになる。

 確かに僕の軍は強い。食事も必要とせず、死んでも生き返る、万単位の魔物――それに対抗することのできる国など、あるのだろうか。

 でも、とりあえずジェシカにも言われたことではあるし、もう攻め込んじゃってもいい気がしてきた。

 確かに、一から国を作るより、奪った方が早いもんね。


「ちょっとそのあたり、ドレイクにも相談するべきだと思ってたんだよ」


「ドレイクに?」


「ああ。ええと……ジェシカにちょっと言われてね」


「何をだよ」


 説明めんどくさいな。

 どうせドレイクにも、また説明しなきゃいけないっていうのに。


「エルフの村をもっと広げて、城壁を作って、ここを国にする。そういう方針だっただろ」


「ああ」


「でも、ジェシカに言われたんだよ。もう僕たちはオルヴァンス王国と同盟したわけだから、帝国に今すぐ攻め込んでもいいんじゃないかって。加えて、既にある帝国の都市を、そのまま奪えばいいじゃないかってさ」


「……へぇ」


「だから、今後の方針とかそういうのをドレイクに……ん?」


 と、僕がミロに説明をし終わったそのとき。

 僅かに、ジェシカが動くのが分かった。

 名前言ったから、呼ばれたって勘違いしちゃったのかな。


「ん……」


「ミロ、話は後だ。ちょっと隠れてろ」


「あいよ」


 ジェシカが少しだけ身をよじらせて、それからゆっくりと目を開く。

 多分、少し驚いて気絶しただけだろう。状況が飲み込めないようで、薄く開いた目のままで周囲を見回している。


「ジェシカ、どう? 気分は悪くない?」


 寝台の横に座る。

 多分大丈夫だとは思うけど、一応。さすがに、やってきて初日に体調を崩したとなれば、フェリアナに合わす顔がない。

 ジェシカはいまいち状況が飲み込めないようで、とろんとした眼差しで僕を見た。そして暫く僕を目が合い。

 その後――目を見開いて、飛び起きた。


「はっ――! わ、わたしっ! とんでもなく失礼なことをっ! の、ノア様! わ、わたし……!」


「いや、大丈夫だよ」


 むしろ、僕の方が失礼な真似をしたかもしれない。

 道中にでも、僕の国には魔物が大勢いるってことを説明していれば、ジェシカもこんな風に驚かなかったかもしれないし。

 まぁ一番悪いのは、凶悪な顔をしているミロだろう。あいつ、泣く子もギャン泣きするレベルで顔怖いもの。


「気分は大丈夫みたいだね。ゆっくり休むといいよ」


「わ、わたし、こんな、失礼なことを――」


「大丈夫だから。それより僕、ちょっとドレイク……参謀っていうか、そういう奴に今後の方針とかの相談があるから、今からちょっと出るよ。ジェシカは、もう少し休んでて」


「えっ……」


 僕の言葉に、ジェシカは僅かに考えて。

 それから、寝台で僕に向けて物凄い勢いで頭を下げた。


「あ、あの、ノア様! わ、わたしも、ご一緒させてください!」


「え……」


「わたしは、オルヴァンス王国より派遣されてまいりましたが、ノア様の一助となるために心より仕えるよう母上より言われております! 参謀の方と今後の方針をお話するのであれば、是非わたしもご一緒させてくださいませ!」


「えー……」


 そういうの、大使の仕事なのかな。

 よく分からないけど、確かに帝国と鉾を交える案件だし、オルヴァンス王国にしてみても他人事じゃないのは分かる。

 確か、僕がどこかの領地を落とすとかそういうのやった場合、半分はグランディザイアに、半分はオルヴァンス王国に、だったよね。

 確かに今後、どこを攻めるかとかそういう情報は、オルヴァンス王国側の話も聞いておくべきだろう。それにジェシカは天職『軍師』であるわけだから、役に立つ献策とかしてくれるかもしれない。


「まぁ、うん。気分は悪くない?」


「はい、大丈夫です!」


「それじゃ、一緒に行こうか。ミロ、ドレイクどこにいるか分かる?」


「あいつなら、村の中央で何かやってるぜ」


 余談だが。

 ぬっ、と再び窓の外からそう顔を出したミロに、もう一度ジェシカは驚いて悲鳴をあげた。

 でも、さすがにもう一度気絶することはなかった。

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