第78話 マルちゃんが連れてきた助っ人

 食事を終えた竜人族の兄弟、アンドレイとデイビッドに薬草の説明をする。

 二人は聞いているんだけど、理解しているんだか。なんだか頼りないな。

「……おや、この薬草は」

 分けてあった草の内の一つを、バイロンが手に取った。何かに使えるのだったのかな? 私は教えてもらっていないので、解らない。

「それは、もっと森の奥の方にあったの……だと思います」

 あんまり見分けがついていないみたいだから、自信はなさそうだ。

「これはシャッシューグ草。根に解熱作用がある。もっとあるといいのだが」

「おおお、さすが兄者。すごいものを発見したんだな!」

「弟よ、場所は覚えているか? これをもっと採ろう!!」

 偶然にもいい薬草を探し当てたようだ。二人は意気揚々と、また山の奥へ入って行く。私は引き続きこの付近を探すことにした。


 しばらく探して、日が暮れるまでに村へ戻った。

 そのままの足で薬草医の先生の元を訪ねる。

「先生、ソフィアです。薬草を採取してきました」

「待ってたよ! 解熱の薬はもう薬草まで使い終わって、今は腹痛の薬と喉の痛みを取る薬を作っていた。さあ、入って……。そちらは?」

 私の後ろに立つ、バイロンへと視線が移動する。長い白い髪で、独特の袖が広く裾の長いコートを着た彼は、そこらの村の人間には見えない。

「えと、……母方の親戚のバイロンさんです」

「き、貴族の方で?」

 先生は緊張のあまりなのか、肩を縮めている。

「そんなところだと思ってくれていい。ソフィアの仕事ぶりを拝見させて頂いてもいいかな?」

「むさくるしいところで申し訳ありませんが、どうぞお上がりください」

 ぺこぺこと頭を下げながら、招き入れる先生。


「失礼する」

 バイロンも製薬室へ入った。ここで待っていてもらって、持って来た薬草を先生と一緒にキレイにしてくる。

 道具もいったん全部洗って、私はシュヌー樹の実をすりおろす係りだ。

「これは助かる。まさかまた、こんなにシュヌー樹の実を集められるなんて」

「兎人族の村で分けてもらいました。人間を警戒しているみたいですけど、打ち解けるととても親切にしてくれますよ」

「こんな短期間で、よくそこまで親しくなれたね。兎人族はもともと疑うことを知らないような、純粋な人が多い種族だから。悪い人間が騙したりしてね、それで警戒されているんだよ」

 最初は奪いに来たのかって、攻撃的だったもんなあ。まあ、騙されやすそうな感じはするよね。打ち解けると、子供みたいに無邪気だったもの。


「討伐依頼の時に、ちょうど襲われていた女の子を助けまして。そこの子が村の人達を説得してくれたんです」

「そうか、いいことをしたね」

 あの子のお陰で、シュヌー樹の実がたくさん集まったんだよね。感謝しなきゃ。頑張って、擦りおろすぞ~。

 二個目をやり終えたところで、竜人族兄弟の薬草が届けられた。手が離せない先生の代わりに受け取りに行く。

「ありがとう、たくさん採ったね」

「また明日も採ってくる! じゃな、今度食べ物を分けてもらうからな」

「冬服の布も欲しいって、伝えておいて~」

 兄と弟は夕飯に間に合わないと怒られると、籠を置いてすぐに去った。やっぱりまた雑草を除く作業からしなきゃ。村の人が報酬を計算する為に、数や種類を記録しておこう。


 後からの薬草は下処理だけ済ませ、薬を作る手伝いをしている内に、夜も更けてきた。そうだ、家にご飯を作りに帰れば良かった。ウッカリしちゃったよ。おばあさんもいるし、大丈夫かな。お腹空いた……。

 あとちょっとだし、がまんがまん。先生は焦げないよう、鍋の中の薬をゆっくりと掻き回している。ずっと薬作りをしているので、製薬室は薬草の匂いが充満していた。

「今晩は。先生、どうですか」

 玄関の扉が開いて、男性が問い掛ける。

「出来てるぞ、中で待っていてくれ」

 どうやら患者の身内が、薬を受け取りに来たみたい。渡すばかりの状態で用意してあるので、名前を聞いて私が差し出した。

「これです、どうぞ」

「ありがとうございます、早速飲ませます!」

 代金を置いて、すぐに踵を返す。効果がありますように。


 夜になってバイロンと戻ると、おばあさんと叔父さんが玄関まで出迎えてくれる。

「ソフィア、遅いから心配したのよ」

「すみません、そのまま薬を作るお手伝いに行っちゃいまして」

「そうだったのか。先生は喜ばれたろう。さあご飯を……、おやバイロンさん。ソフィアを守ってくださったんですか? ありがとうございます」

「いや、突然失礼する」

 バイロンも一緒だったので、二人とも嬉しそう。

 ご飯は足りなくなっちゃったけど、バイロンは少し食べただけで私にくれた。あんまり食事は必要じゃないみたい。

 洗い物をして、今日はゆっくり眠ろう。奥さんとニコルはもう熱も下がって、熱いと布団を減らすくらい回復している。

 その夜、マルちゃんは戻って来なかった。どこまで行ったのかな。


 昨日は頑張ったよ。朝ご飯は熱の引いた奥さんが用意してくれた。

 私も早く起きたつもりだったんだけど、奥さんはもっと早かった。朝食を頂いて、片づけは私がさせてもらう。ニーナはおばあさんとお洗濯をしている。

 これが終わったら、私も干すのを手伝おう。

「……誰かな」

 静かに椅子に座っていたバイロンが、急に呟いて立ち上がった。

「どうかしました?」

「様子を見てくる」

 何だろう。スタスタと歩き出した。ここは終わったし、私も追い掛ける。

 そのまま玄関から外まで行ってしまう。村の中心部を目指しているみたい。


「ハーッハハハ! ここか、人間どもが病に苦しんでいるというのは」

「そうでございます、是非とも契約者様のお力をお貸し頂きたく」

「大丈夫よ、狼ちゃん。ダーリン、私の活躍を見てね」

「もちろんだよ、ハニー」

 あ。ダーリンとハニーだ。ダーリンは地獄の王、アスモデウスって人。スキンヘッドで豪華なマントを付けていて、紺の服で背が高い。

「マルショシアス君が連れて来たということは、敵ではないのだろうか」

「きっと薬を作るお手伝いです。あの女性は、腕のいい魔女なんです」

 マルちゃんは狼姿だ。どうもその姿を、ハニーが気に入ったみたい。


 広場の中央に降りてきた謎の二人組に、村の人達が集まった。ハニーはワンショルダーでスラッとしたドレス姿。治療というより、夜会にでも来たみたい。

「皆さん、私は『サバトの主催者会』に所属する、薬草魔術の魔女ウィッカよ。具合の悪い人から治すわ、特別な秘術を受け継いでいるの」

 治療に使っていた、不思議な魔法のことかな。

「美人さんだ~……、あの、うちの子を診てもらえますか?」

 すぐに男性が申し出た。薬草医の先生が順番に回っているけど、まだの人がウチもと控えめに頼んでいる。

「もちろんよ。行きましょう、ダーリン!」

「ハニー、無理をし過ぎないように」

 ハニーはすぐに高熱を下げられるから、体力がない人を先に治療してもらうといいかも知れない。


「こりゃ助かる……! 出来れば私はまた、隣村に行きたいんだが……」

 一軒の治療を終えて出てきた薬草医の先生が、治療にきたハニーの姿に少し安心したみたい。ハニー達は派手だけど、マルちゃんが咥えているカバンはシンプルで、ちゃんと薬や薬草を用意している。

「いいわよ。任せて、ぼったくらないから安心してね」

「よろしくお願いします」

 先生はもう二軒ほど回ってから、出発だ。村の男性が二人ほど、護衛も兼ねてお供する。マルちゃんはハニー達と患者の家に向かったから、とりあえず私も一緒に行った。バイロンも後ろを付いて来る。


「この前会った子爵邸へ先に行って、応援を寄越すよう頼んできた。あちらは病など蔓延していない」

「そっちも行ってきたの!? 確かに、ここのご領主じゃ心配だよね」

「治療の人材と、薬を送ると約束してくれたぞ」

 お母さんのお友達の子爵夫人、いい人だな。貴族のわりにあんまり裕福そうでもなかったから、無理をしていないといいんだけど。

「それにしても、まさかあの二人を連れてくるとは思わなかったよ」

「……腕のいい薬草魔術の使い手だからな、あの女性は条件にピッタリだろう」

 よくカバンを銜えたまま喋れるなあ。ちょっと声がくぐもってる。

「うーん、『神秘なる魔女の会』のワンダも、けっこういいと思うんだけどなあ」

「…………あ」

「同じ会のヘルカなら、マルちゃんが呼んだら大喜びで来てくれるし! 犬とお髭が大好きだもんね」

「アイツだけはない」

 やっぱりダメか。なんか懐かしくなったなあ。

 そろそろ先生の所に戻りたいし、帰りにまた会いたいな。

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