第161話 平定!

 門の外は一面の雪景色。

 コレが広域攻撃魔法かあ。地面に積もった雪は早くも溶けていく。魔法の雪は、普通の雪よりも早く消えるのかな。

 バイロンに助けられた女性冒険者は、泣いていたパーティーメンバーの女性と一緒に何度も何度もお礼を告げていた。もう助からないと思ったもんね。


「白い人すっごいねえ。エステファニア様は軍でも優秀な魔導師だったんだよ」

「そうなの?」

 白い人はバイロンのことだろう。広域攻撃魔法に飛び込んで、取り残された人を助けたんだもんね。

 エルマはエステファニア先生のファンで、軍人時代の先生について私より詳しい。そもそも先生は軍に所属していたのすら、自分からはあんまり口にしようとしない。未だに召喚事故を止められなかったことを、悔やんでいるみたいだった。

 視線を感じて見上げると、バイロンが私を見ていた。

「ありがとう、さすがバイロン! 人命救助だね、かっこいいよ!」

「そうかい? ソフィアが喜んでくれて良かった。私はマルショシアス君より役に立つからね」

 なんかマルちゃんと競うなあ。もしかしてマルちゃんって呼び方が、仲良さそうで羨ましいとか? ならバイロンにもあだ名を考える?

 バイちゃん? バイ君? ダメだ、変にしかならない。


 悩んでいると、エステファニア先生が降りてきた。茶色い髪の天使、ベナド・ハシェも一緒に。

 彼女は少し前に翼をもがれる大怪我を負ってバイロンに治療してもらっているので、バイロンのことも知っているよ。先生にも上手く伝えてくれているだろう。

「先生、お久しぶりです!」

「ソフィア、無事で良かったわ。バイロン様、私の未熟で巻き込んでしまった人を助けて頂き、心からの感謝を申し上げます。また、ベナドを治療してくださったことも、なんとお礼を申し上げて良いのやら……」

「いや、私の可愛いソフィアがお世話になっている。効果範囲もしっかり定まっているし、実力のある魔法使いだね」

 バイロンが先生を褒めている! なんか嬉しいな。


 そうなの、立派な先生なんだよ。召喚術がメインで、召喚倫理なんかをしっかり説明してくれていた。でも、魔法は初級しか教えてくれなかった。こんなすごい魔法使いだなんて知らなかったよ……!

 広域攻撃魔法って大抵軍や国の組織で学んで、普通の人は広めちゃいけないのだ。でも使えることくらい教えてくれてもいいのになぁ。

 私だったら自慢したくなるよ。


 周囲では雪の塊になったミュルミドーンを壊している。

 後片付けが大変な魔法だ。でも一発で全部倒せるとか、すごいなあ。


「そういえばバイロン、ずいぶんと早かったね。近くにいたの?」

「ああ、キングゥ君に会いに行ったんだけど、不在でね。いったん戻ってきたところだったんだ」

 なるほど、それですぐに来てくれたんだ。おかげで間に合ったよ。

「キングゥ様って方向音痴なんだよね。無事に帰れてなかったんだったりして」

 道を間違えてもほとんど気にしてないみたいだし、むしろそれで方向音痴が直らないんだと思う。慎重さがないよね。

「いや、ティアマト様の関係で出掛けたらしいよ」

「それじゃあしばらく戻らないね」


 バイロンは次の目的地を考えている最中なんだね。

 作戦の指揮官がこちらを目指して、小走りでやってくる。

「先生! こんな夜中に使いを送ったのに迅速に駆けつけてくださり、本当にありがとうございました。まさかあの大群を一発で片付けて頂けるとは……!」

「防衛に協力するのは当然です。範囲から漏れたものもいるかも知れません、十分に注意してください。まだ町の中では戦いが続いているでしょう、気をゆるめてはなりませんよ」

 そうだった、塀を越えて侵入したミュルミドーンには魔法は届いていないんだっけ。でも高ランク冒険者もいるし、もう問題ないよね。

「敵の残党を発見、こっちだ!」

 外にも範囲から漏れたのがいたみたいで、声がする方に近くにいた兵士や冒険者が集まっていった。


「私も何か手伝わなきゃね」

 先生はまだ指揮官さんと会話をしている。自分で判断しなきゃ!

「ソフィアが心配することはないよ、全て私に任せるといい」

「いやダメでしょ」

 バイロンが私を甘やかすとマルちゃんも口を出せないんだから、自分でしっかりしなきゃ。

 私にできること。治療のお手伝いか、まだ戦っているんなら後方支援か。

 とりあず町へ戻ろう。門の真ん中に大きい丸太の乗った荷車があるって道が狭いから、出る人とぶつからないようにしないと。手の空いた人が移動させようとするけど、少しずつしか動かない。マルちゃんが協力したら、すぐにどかせたよ。


 塀の付近では、戦いが継続されていた。敵はあと少し。

 素早くて背の低いミュルミドーンは倒しにくいようで、高ランク冒険者でも傷を負っていた。お腹を斬られた人が、他の人に支えられて治療場所を目指している。

 そこに後ろから、兵隊の包囲網を抜けたミュルミドーンが一体、かなり早い勢いで迫っていた。背中を向けている二人は気付いていない。

「危ない、そっちに行った!」

「え……っ」

 二人は振り帰るとともに、身を低くした。戦い慣れているから行動が早い。ただ、もう後ろまで迫っていたので、攻撃を防ぐほどの余裕がない。


「マミト・マミト・ウツルト! ミュルミドーンよ止まれ、動くなっ!!!」


 私の禁令が間一髪で間に合ったよ!

 剣を振り上げたミュルミドーンがその姿勢のまま動きを止めた。撤退中だった二人は動揺していたけど、近くにいた兵が駆け寄ってミュルミドーンの背中に一太刀浴びせる。

 ミュルミドーンは膝を突き、ゆっくりと地面に倒れた。

「う、動きが完全に止まった……。こんな防御魔法、見たことがない」

「拘束魔法とも違ったよ。効果バツグンで、詠唱が短い」

 そう、それが禁令ウツルトなのです。

 バッチリ決まると立派な人になれた気分!

 パンパンパンと、隣で手を叩く音が。バイロンだ。

「さすが、さすがソフィア。素晴らしい!」

 直前までやったねって気持ちだったのに、むしろ興ざめだよ……!

 なんで眉の付け根に指を当てて、目を閉じてるの。感動して涙が出るのをガマンしているみたいな表情、本当にやめてほしい。恥ずかしい……!


 残りのミュルミドーンも冒険者と兵が倒している。もう大丈夫そう、あとは治療だけだ。

 人より背が少し低いのが、むしろ戦いにくい身長差だったんだって。わりと怪我人が多いよ。攻撃力は低かったようで、死者は出なかった。

 門の近くの治療所には軽傷者がたくさんいた。

 エルマと狐も、真面目に治療を手伝っている。エルマの指示で、狐が前足で器用に包帯を巻いている。ゴーレムは薬の箱を両手でもっていた。


 広場に作った治療所にも怪我人が運ばれていて、治療が続けられている。ただ敵の攻撃が終わったので、もうそちらまで移動する必要はない。あちらに患者は増えないので、手の空いた人がこちらへ応援に駆け付けた。

「もう戦闘が終わるなんて、すごいですね。矢の攻撃もあったし、門が壊されて、こちらまで攻め入られるかと心配してました。杞憂きゆうでホッとしてます」

 女性が近くにいた私に話し掛けてきた。

「早く終わって良かったよね。でもこんな攻撃的な獣人の集落が近くにあったなんて、怖いね。もう大丈夫なのかな?」


「ミュルミドーンが攻撃する理由は、だいたい人間と一緒だよ。王などの支配者が代替わりして好戦的な者になったか、住人が増えて土地が必要になったか、食料が足りなくなって略奪するのか」

「なるほど」

 近くにいる人も、バイロンの説明に頷いている。

「ミュルミドーンの集落の位置は把握しています。他国にも攻撃していたので、警戒を強めていたところでした。お陰で今回の襲撃も早めに把握できたんですが、想定が甘かったですね。今後の反省点です」

 兵隊さんの偉い人かな、説明してくれる。夜襲を受けたのに防衛の時間があったのは、警戒していたからなんだね。

 外では馬の蹄の音や、ドドドッと団体が押し寄せる地響きが。国からの兵が到着だ! 援軍を要請していたんだっけ。


 どうなっているのか気になって、門から顔を覗かせる。整列した兵が止まり、先頭にいた立派な鎧の兵が馬から降りた。

「……なんだこれは、水たまり? ミュルミドーンはどうした!?」

 雪が溶けて所々ぬかるんでいた。兵を連れてきた隊長さんかな、周囲を見回している。

「森の隠者の会の、エステファニア先生が魔法で撃退してくださいました。冒険者や町の有志も防衛に協力してくれたので、門を破壊されたものの、被害は最小限で済んでいます」

 外にいた先生と指揮官の男性が、隊長に挨拶した。

「それはそれは、ありがとうございます!」

「いえ、隣人の手助けをするのは当然です。何より力なき者を守ることこそ、我らの理念なんです」

 ポーズじゃなくて、本心から当然だからっていう発言。先生かっこいいなあ。


「それにしてもたくさん兵隊が来たんだね。ちょっと怖いくらい」

 騎馬隊に遅れて、歩兵が到着。治療班や魔法使いの部隊もいて、町にいる防衛隊以上の規模だよ。戦争するみたい。

「怖いのかい? 私が一掃してこようか?」

「バイロンには敵味方すらないっっ!」

 バイロンがいると、うっかり独り言もこぼせないよ。どうして助けに来た味方を殲滅しようとするの!

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