第160話 獣人の襲撃・後編

 続々と集まった冒険者達が、兵とともに門へ向かう。

 その間も壁の上から弓矢で攻撃している。味方に当たらないように、離れた敵を狙っていた。

 打って出る人達の間を、ミュルミドーンが強行突破して町の中へ入ってくる。

 待機していた人達が、すぐさま応戦した。門の中央には攻城兵器があるので、左右を出入りしている状態だ。ちなみに門は壊れて、修理しないと閉められないよ。その兵器の上も器用に走り、ミュルミドーンは次々に侵入してくる。

 侵入を防ぐには、兵器の前も抑えないといけない。


 ミュルミドーンは人をそのまま一回り小さくしたような姿で、武装しているのに動きが素早い。肌は薄暗い色をしていた。

「キイィイ、キイ!」

「クキイイイィ」

 言葉ではなく、鳴き声で会話している。意思の疎通はある感じだ。

 門を壊した丸太を渡ったミュルミドーンが、飛び降りて冒険者に斬りかかる。

 勢いが強いので、冒険者は膝を突いてしまった。隣にいた仲間が慌てて槍を繰り出すも、軽く躱され逆に入り込まれて足を斬られた。


「マルちゃん、アイツら動きが速いよ! 大丈夫かな」

「一体相手に手こずるとなると、先が思いやられるな」

「ランクの高い人は~外にいる~。ここにいるのは低ランクばかり、ららら町の運命やいかにいぃい」

 狐はまだ踊っている。治療している人達も、いつこっちに来ないかビクビクしているのに。

「余裕だよね。秘策でもあるの?」

「秘策~、それは。私なら逃げられるから怖くないよ~」

 所詮は狐、自分の身の安全に自信があるからか。

 やっぱりそんなに頼りにならないよ。


「ゴーレムも盾くらいにしかならないなあ。あの動きには、ついていかれないよ……」

 さすがのエルマも顔色が悪い。エルマは逃げられないもんね。

「ここへは一匹も来させん」

 マルちゃんが剣を抜いて、私達とミュルミドーンの間に立った。

 やっぱりマルちゃんが一番頼りになる!

 頼りに、といえば。

「……バイロン、呼んだ方がいいかな」

「正直、バイロン様をお呼びする程の敵ではないんだよな。この程度で呼んだと怒るような方でもないから、お前の好きにすればいいだろう」

「うーん、じゃあ呼んでおく! 怪我をしてからじゃ遅いもんね」

 早めのバイロン。コレ安心!


 私はバイロンの魔力が付与された翡翠に、魔力を籠めて呼び掛けた。

 今どこにいるのかな。バイロンの移動が速くても、それなりに時間がかかるよね。

 来た頃には終わってるといいな。


 門の守りを抜けて前線の治療所を攻撃しようとする敵は、マルちゃんが全部討ち取っている。

 左右から同時に攻撃されようが、その後にもう一体が追撃してこようが、剣と火を使って一撃で確実にほうむっていった。

「あの方、お強いんですね……!」

 治療している魔法使いが、マナポーションを飲んで呟く。

「実は地獄の貴族なんです。よほどのことがない限り、ここは破られないですよ」

「ええ、すごい! 矢はゴーレムが防いでくれるし、ここが一番安全かも……!」

 治療に専念できるよね。私も回復魔法を一回使った。防御魔法を使う時があるかも知れないので、魔力は温存しておく。


 門の外からは人の叫びやミュルミドーンの耳障りな声、武器のぶつかる音などの戦闘音が、絶え間なく続いていた。

 唐突に塀の上をかたまりが通り過ぎた。

 ミュルミドーンが塀を飛び越えたんだ! 弓兵が慌てて的を絞るが、近すぎて矢ではむしろ不利だよ。近くにいた冒険者が着地したミュルミドーンに、武器を向ける。魔法の詠唱をする暇もない。

 敵が通った塀の間際にいた弓兵が、台から降りて下がる。次に飛び越えてくるミュルミドーンは、しっかりと射貫いぬいていた。

 入り込んだミュルミドーンは多勢に無勢なので、皆が協力してあっけなく倒せたよ。


「塀をジャンプで越えちゃうんだ……! このまま戦闘が続いたら、危険じゃない?」

「追い詰められているな」

 またもや塀を越えて、矢をくぐり抜けるミュルミドーン。ちょうど診療所の近くだったので、そのままゴーレムに斬りかかった。片刃の剣が斜めに切り下ろされたが、ゴーレムは細い傷ができただけで、全く動かない。頑丈だね。

「ふっお~、強いゴーレム。えいやッ」

 狐が三本の尻尾を一斉に振って、上半身をけ反らせる。軽く跳ねながら体を丸めると、目の前に小さな火ができてミュルミドーンへぶつかった。

「おおお、狐さんの必殺技!?」

 エルマがゴーレムの後ろで興奮している。

「狐火!」

 当たったけど、キイッと小さく鳴いただけで、大したダメージはないみたい。

 マルちゃんがゴーレムの脇を通り過ぎ、再び攻撃態勢になったミュルミドーンを盾ごと斬っちゃった。


 マルちゃんは簡単に倒しているけど、苦戦している人も多い。

 酷い怪我をした兵士が、タンカに乗せられて広場の臨時診療所を目指している。大きなゲガを負うと自力で避難できなくなり、戦力が一気に二人も三人も抜けるのだ。

 援軍はいつ来るの!?

 マルちゃんは私と契約しているから迂闊にここを離れられないし、かといって私が前線に出るのは無謀だし。

 助けを待つのは、時間が十倍も長く感じちゃう。今度は軽症の人が、腕を抑えながらやって来た。この調子じゃポーションが尽きるのも時間の問題かも、追加はあるのかな?


「撤退、町の中に入れ!」

 外では指令が下った。敵を退しりぞけつつ、皆が少しずつ町の中に戻っている。新しい作戦を開始するみたい。

 上空には魔導師と天使が。応援かな?

 あ! あれは、エステファニア先生だ!

「マルちゃん、先生だよ先生!」

「あああ、反骨の英雄エステファニア様ー!!!」

 エルマが空を見上げて感動している。

 エステファニア先生は軍の無謀な召喚実験を中止するよう進言し、反対の意を込めて辞表を叩きつけて退役たいえきした。その実験においてティアマト召喚をしてしまい、結果として世界最悪の召喚事故を引き起こしている。

 なので防ごうと尽力した先生が、一部で英雄視されているのだ。

 このことが高く評価されて『森の隠者の会』にスカウトされ、入会に至ったんだよ。


「これより、広域攻撃魔法を唱えます。退避を急いでください」

 町の中に撤退している状況を慎重に確認し、ゆっくりと詠唱を始める。全員が門をくぐったら、最後はプロテクションで封鎖するのだ。

 外に兵がいなくなったので、ミュルミドーンがどんどんと塀を飛び越える。矢もまだ降ってきていた。

 防ぎながら、先生の攻撃魔法を待つ。

 前線にいた人の話では、まだまだ敵の数が多く、勢いは衰えていないとか。広域攻撃魔法って、こういう時に助かるのね!


「吹雪の軍勢よ、枯野を吹きすさぶ“死”なる使者よ、訪れよ。我が前にひざまずき、その威を示せ」


 先生は水属性の攻撃魔法を唱えていて、冷たい風が私達の肌もかすめた。外には白い花びらのようなものが舞っている。

 雪だ、夜の空間を細雪が白く切り取る。

「広域攻撃魔法なの!? 助けて、助けてください! 仲間がまだ一人、外にいるんです。私を助けてくれて、逃げ遅れたの……! すぐ行くって言ったのに、まだ来ていないんです……!!!」

 女性の冒険者が、近くにいる兵に涙目で必死に訴えた。

「……もう魔法は発動している。無理だ、手遅れだ……」

「そんな……!!!」

 今から向かっても直撃を受けちゃうだけになる。威力の強い身を護る護符でも持っていない限り、救出に向かった方すら助からないよ。


 目の前で仲間を見捨てる決断をしないとならないのは、辛い。

「マルちゃん、どうしよう。マルちゃんなら助けられる?」

「魔法だからな、微妙だな」

「ソフィア、マルショシアス君より私を頼るといい」

「はえっ!?」

 白い髪をなびかせ、バイロンが私の隣に降りた。いつの間に来たのか、近付いていたのすら解らなかったよ。ビックリした!

 バイロンは再び飛ぶ前に、にっこりと笑顔を見せた。マルちゃんに向かって。どういう対抗意識なんだ。

「頼んだよ、バイロン!」

「ソフィアの友達、すっご〜……」

 狐は踊るのをやめていた。


「凍れ、凍れ! 血の一滴たりともぬるむことなかれ。もはやレギオンの軍靴を阻むものはなし。進軍せよ! グロス・トゥルビヨン・ドゥ・ネージュ!!!」


「キイイィ、キイ……」

 重なって響いていた甲高い声が、小さくなる。寒さで動けなくなったのか、侵入もピタリと止んだ。矢もほとんどこない。

 金切り声は断末魔だったのか、ついに外がしいんと静まり返った。侵入を防ぐためにかけられたプロテクションが解けたので、兵の一人が門の外を覗いた。

「雪像になってる……、もう大丈夫だ! 早くこれを処理しよう」

「うう……っ、リーダー……」

 さっき兵に仲間を助けてと詰め寄っていた女性が、泣きながら外に出る。

 私も人の波に紛れて、町の外へと出てみた。

 

 まだ身を切る寒気が漂っていて、敵はすっかり白に埋もれている。これって死んでるのかな、まだ生きているのかな……?

 中に一つ、丸い雪像があった。何あれ。

 丸い雪像は真ん中からヒビが入って、真っ二つに割れていく。中からはバイロンと、怪我をした女性冒険者が姿を表した。

「リーダー!!!」

 泣いていた女性が他の人を掻き分けて、必死に駆け付ける。

「この方が助けてくれたの。魔法が完全に防がれて、寒くもなかったわ」

 さすがバイロン、先生の広域攻撃魔法の中でも無傷!

 拍手が巻き起こっているよ。

 後は雪像になった敵をどうにかしないとだね。

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