第159話 獣人の襲撃・前編

 町の門には兵士や冒険者が集まっていた。

 ただし比較的大きいとはいえ普通の町なので、兵の数は多くはない。襲撃の相手が多かったら、守るのは大変かも。

 見張り台から外を警戒しているが、町の外は夜の闇に沈んでいた。

「集まってくれた冒険者? 名前とランク、それから得意は?」

 若い兵士が質問をしてきた。ボードとペンを持っている。


「ソフィアと言います、Dランクです。召喚術と魔法を使います。この子はマルちゃん。悪魔なんで強いですよ!」

「そりゃ助かる。属性は?」

「火だ」

 狼の姿のまま、マルちゃんが答える。狼で戦うのかな。近くに召喚師と小悪魔がいて、小悪魔はマルちゃんに無言で敬礼していた。


「君は、回復は使える?」

「一番弱いのでしたら、浄化も使えます」

「じゃあ後方支援に回って。あそこにいる女性の指示に従ってね」

 兵が示す先には、軽装の鎧でメイスを持った女性が数人に囲まれていた。

 魔法使いや職人かな、ローブだったり作業着にエプロンだったりする。指示を受けて去ると、また別の人が近付いた。忙しそうだよ。

「私はラビのエルマ! 冒険者じゃなく、研究者です。ゴーレムが戦います」

「……よく暴走してるヤツだよね? お帰りはあちらです」

 兵は無表情でエルマの家がある郊外を指さした。

 エルマのゴーレム、評判悪いね! むしろ危険人物扱いじゃないの?

「今回は! 大丈夫なんです! ゴーレムに詳しい人……ではなく、狐がいるんです!」


「アローハー」

 満を持して登場した狐が、ゴーレムの後ろから顔を出す。

 しかし今は十歳くらいの女の子の姿。時は夜、危険な襲撃が起こる緊張の現場。むしろエルマが連れ回しをする犯人にしか見えない。

「……エルマさん。こいういう場所に、少女を連れてくるのはどうかと思います」

「この子がゴーレムに上手に命令を与えられるの、信じて!」

「信じてプリーズ」

 狐は単純に楽しんでいる。ケタケタ笑っているよ。

「まあ、確かに今までと違って待っている間にゴーレムが奇妙な動きをしたり、顔だけグルグル回す奇行もないようだけど……」

「グルグル回す~ゴー!」

 兵の言葉を聞いた狐が面白がって、ゴーレムに命令をした。

 ゴーレムは顔だけグルグル三周させる。うわ、ちょっと気持ち悪い。


「へえ、ちゃんと命令を聞くなあ! じゃあとりあえず、門の付近を守ってもらえる?」

 気持ち悪い動きでも、ちゃんと制御できていると証明されたよ。狐はエッヘンと誇らしげに顎を上げた。エルマも満足そうにしている。

「ゴーレムにお任せっ! いいとこ見せるよ、ゴーレム!!!」

「おー」

 狐が命令して、ゴーレムと一緒に右手を振り上げて同じポーズをする。デコボココンビが妙に可愛い。

「エルマさんより立派にゴーレムを扱えるんだね。これは安心だ!」

「でも化けたまま命令するの、疲れる。狐になっても追い出さない?」

「悪さしなければ平気だよ」

「しないしない、したことないよ!」

 たまにしか。と、聞こえそう。狐は女の子の姿から、元の二足歩行の狐に戻った。尻尾が三本ある他は、まるっきり普通の狐だよ。この姿も可愛いよね。


「ところで、敵は判明しているのか」

 マルちゃんが兵に尋ねる。先程まで表情を緩めていた兵が、口元を引き締めて頷いた。

「民間人には発表していないが、協力者には伝えている。ミュルミドーンという獣人で、戦士部族だ。人間より一回り小さく、盾と片刃の剣を持ち集団で襲ってくる」

「あー、蟻の獣人か。厄介なヤツらだが、魔法は使わないな」

 私は聞いたことがない種族だけど、マルちゃんは知っているみたい。さすが物知り。

「それって強いの、マルちゃん」

「単体は強くない。集団戦が得意で辛抱強く、統率のとれた軍隊の相手をするようなもんだな。密集して行動するからなあ、広域攻撃魔法の使い手でもいれば、かなり有利に戦局を進められる」


 広域攻撃魔法の使い手なんで、普通の町にはそうそういないからね。援軍を待って防戦する作戦だそうだ。

 町の塀には弓兵が台を用意して、壁越しに矢で攻撃する準備をしている。

「来たぞ! 松明がたくさん並んでる、かなりの数だ!!!」

 見張り台から叫んでいる。まだこちらは体制が整っていないので、付近は一層慌ただしくなった。兵士が門の付近に集結し、冒険者がそれに加わる。

 私は後方支援なので、門から少し離れた広場に移動した。

 歩いている途中で、赤いものが塀を越えて飛んでくるのが見える。


「火矢だ! 気をつけろ、それと消火……!!」

 家の壁や植木に刺さったり、地面で燃えていたり。

「ど、どうしましょう。消火活動に参加した方が……!?」

 後方支援チームをまとめるメイスを持った女性に、周囲の人が尋ねた。彼女は悩みつつ、広場に集結した面々を眺める。

「……消火活動は任せておきましょう。こうなったら、怪我人が出るのも時間の問題だわ。受け入れられるようにしておかないと」

「じゃあ、私は矢が多く飛んでくる場所にプロテクションをかけてもいいですか?」

 私は許可を求めた。火矢が気になるので、ここにいても落ち着かないよ。


「そうね、消火活動は民間人にも手伝ってもらいたいし、なるべく守ってあげたいわ。プロテクションが使える人は、まずそちらに回ってもらえる?」

「僕も」「私も行くね」

 他に二人がこちらで防御魔法を使うと申し出た。

 門の付近はまだ矢が飛んできていて、燃えるとか誰かに刺さったとか、怒号に近い声が行き交い混乱している。燃えるという言葉で住民が出てきて、矢が飛ぶ空に警戒しながら木桶に水を汲んで火矢にかけていた。

「ソフィア、プロテクションを早く!」


「任せて! ……プロテクション!」

 さすがにプロテクションの詠唱は慣れたよ。素早く唱えて、展開させる。

 数本の矢がプロテクションの壁に当たり、地面に転がった。もう少し展開したままにした方がいいかな、まだきそう。

 不意にドンッと大きな音がして、門で身構えていた人達が下がった。

「ダメだ、突破される! 危ないから近寄るな、左右に分かれて。突入してきたところを一気に叩くぞ!」

 門が壊されそうなの?

 マルちゃんが空に浮かんで様子を確認する。


「……本格的だな。台車に大きな丸太を乗せた、攻城兵器を使ってやがる。町の脆い門なぞ、ひとたまりもない」

 獣人族って、そんな危険な戦いをする種族だっけ……!?

 ミュルミドーンって、とんでもないんだね……!

 轟音は再び鳴り、二回目で早くも門が壊された。長い台車に積まれた先の尖った大きな丸太が、一番に突っ込んでくる。

 これで左右に分かれろって命令したんだ。

 台車を押すミュルミドーン達を脇に控えていた兵達が横から切り、門の外へ討って出た。火矢はあまり飛んでこなくなり、消火活動と火矢で負傷した人への治療が続けられている。


 人通りの途絶えた道を、女性が一人でキョロキョロと周囲を見回しながら走ってくる。手には箱を抱えていた。もしかして、回復アイテムの提供かな?

 かなり不安らしく青い顔をしている。

「マルちゃん、あの女性に付き添ってあげようよ」

「そうだな、まず目的を確認しろよ」

「はいはい」

 検討かついているとはいえ、思い込みで行動するなって意味かな。

「こんばんは。どうされました?」

 女性は一瞬ビクッとして、箱をしっかりと持ち直した。

「あ、あのこれ……、私のお店のポーションなんです。どこへ持っていけばいいですか?」

「ありがとうございます。広場です、案内しますよ」


「助かりました……。協力したいのに、怖いしどこへ行けばいいか分からないし、困ってたんです」

 ちょうど門が突破されたタイミングになっちゃったもんね。

 金属のぶつかる音がしたり、双方の叫びが混じり合って何を言っているか分からないくらいになっている。異様な雰囲気だけで圧倒されそう。

 後方支援、広場に場所を作っちゃったけど敵が入り込んでこないかな……。

 腕と足を怪我した負傷兵が、一人で広場を目指して歩いている。

「……あの人に一本あげても良いですか?」

「いいんじゃないか。すぐに戦場に戻った方がロスが少ない」

 マルちゃんはいつの間にか騎士姿になっていた。


 兵にポーションを分けた後、彼女を広場へ送り届けた。

 責任者の女性にマルちゃんが守ってくれるから、門の近くで活動したいと申し出たら、受け入れてくれた。さて、門へ移動するよ。

 戦闘が繰り広げられているのは、門の外だ。たまに中に侵入されるけど、まだ余裕で対処できている。

 塀の上から弓を射かけ、魔法攻撃も放たれた。回復魔法や防御魔法を使える人は魔力を温存して、攻撃より守る方が優先。


 門の近くの一角で、回復魔法を使う魔法兵が治療をしていた。荷車に積まれた箱から回復役を取り出し、兵に渡している。そしてそれを、なんとヘルマのゴーレムが守っていた。火矢を浴びてもビクともせず、土なので燃える心配もない。

「ゴーレムファイト~」

 狐は後ろで踊っている。なんの儀式なんだ。

「ああ、見てソフィア! 私のゴーレムの勇姿を!」

「うん、確かに安心感があるね」

「でしょう。これで皆ゴーレムを見直してくれるわ!」

 エルマが一人で大興奮だ。でも矢の心配をせずに活動できるのは心強いね。


「ゴーレムって役に立つのね」

「矢を受けても平気なんだもんな、スゴイぜ」

 他の人にも好評だね。エルマの目的は達成できそう。

「そうそ、皆で踊ろうよ」

「踊っちゃお」

「狐さんはともかく、エルマも協力しなよ。どんどん怪我人が出てるよ」

 脳天気な二人の組み合わせになっちゃったよ。真剣に戦ってるのに、ここだけ陽気な空間になってる。

 私は回復アイテムを出す手伝いをした。怪我人が集まるので、周辺の地面はどこも血の跡がある。夜だから黒っぽく見えていた。


「おい、こっちに来てくれ! 門を越えられる、ヤバイ!!!」

 門を守る兵が必死に訴える。

 怖い、早く援軍が来ないかな……!

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