第158話 ゴーレムとエルマと狐さん
突然のゴーレムの来襲に、ビックリしてしゃがみ込むリネーア。
ゴーレムは四角い腕を上げて、ブンッと振り回す。硬いのかな、当たったら痛そう!
白いコートのマルちゃんが受け止めて、ゴーレムの動きはピタリと止まった。さすが地獄の侯爵、ゴーレムよりも力持ち!
「わ、わわわ、わ……」
「リネーア、早くこっちに来な!」
「お~、ゴーレム久しぶり〜。強そう」
狐は一人、のんきな感想を述べる。
「……これは壊していいものか?」
マルちゃんが悩んでいる。意思はなく命令で動いているから、敵だと認識されたなら壊すしかないんじゃないかな。
「もったいない~」
狐がぴょこぴょこ歩いてゴーレムに近付いた。
「狐さん、危ないよ!?」
「平気、魔力が不安定だから暴走してる。上書き保存、ってい!」
斜め横から跳ねてマルちゃんを越え、ゴーレムの額にある「אמת」の文字に肉球で触る。
黄金色の光があふれて、狐はゴーレムの腕を伝って地面に降りた。ゴーレムの手がマルちゃんから離れる。
これで大人しくなったのかな?
攻撃をやめたゴーレムを、狐が満足そうに見上げていた。
「この子どこの子? 送っていこうよ」
「心当たりがある」
私とマルちゃんが狐と一緒に、ゴーレムを連れて行くことにした。ディーサとリネーアは、依頼続きがある。薬草がまだ足りないのだ。
「はー、マルちゃん人間にもなれたんだね。助かったよ、ありがとう」
ようやく落ち着いたリネーアが、笑顔を見せた。薬草採取は彼女の方が正確にできていたよ。
「ホントにありがとさん! 縁があったら、また一緒に仕事しよう」
ディーサが手を振る。
私とマルちゃんと狐、そして後ろから素直に付いてくるゴーレム。足が遅いので、置いていかないようにゆっくり歩かないと。
「ねえねえ、ご飯ちょうだいよ」
「そうだった、約束だったね。乾物屋で買ったものとかあるよ」
もう塾も近いし、保存食はなくてもいいか。大したものではないのに、狐は喜んで食べている。
「町に着いたら、一緒にご飯を食べよう。多分ラビっていう職業のエルマが作ったゴーレムだから、連れて帰ればご飯くらい奢ってもらえるよ」
「やったね~、何食べようかな」
マルちゃんとゴーレムは、静かに後ろを歩いている。マルちゃんはゴーレムが再び暴走しないように、見張ってくれているのだ。
キツネの応急処置は正しかったようで、その後ゴーレムが襲ってくることはなかった。
町に着いた時には、すっかり夜になっていた。
まずはギルドでゴーレムの捜索依頼が出されていないか、確認する。
……出ていないね。もしかして仕事を言い付けられて、出先で暴走しちゃったのかな? まだゴーレムの状態に気付いていない?
私は郊外にある、ラビのエルマの家を目指した。このあたりでゴーレムを作る人は多分他にいないだろうから、エルマのゴーレムだよね。
エルマの家の外は相変わらず土が盛ってあったり作りかけの何かが放置してあったり、暗くなった街に不似合いな不気味さがあった。家からは明かりが漏れているから、在宅だろう。
「今晩はー! エルマ、ゴーレムを届けに来たよ」
「はいほーい、入って入って。ゴーレムどこにいた?」
返事はすれども、姿は見せず。きっと作業していて手が離せないんだな。
私は遠慮なく家に入らせてもらった。狐とゴーレムがその後に続き、一番しんがりをマルちゃんが務める。
「森で人を襲うところだったよ」
「うぞ! とりあえず一周して帰るよう命令したのに……!」
相変わらず家は散らかっていて、魔石までコロコロと転がっている。そのうち爆発事故でも起きそう。むしろなんで平気なんだろ。
「ゴーレム、不安定だねー。魔力足りてない」
「貴重なアドバイス……! ゴーレムってロマンなんだけど、作ってる人がいなくてほぼ独学なの! ぜひ意見を聞かせて!!!」
エルマは狐の言葉を聞くやいなや、バーンと扉を開いた。興奮気味の表情で、汚れた服を着ている。
「いいよー。ご飯くれたら」
「き……狐!??」
肯定の意味なのか、右前足を上げてパタパタと尻尾を上下させる狐。目を丸くしたエルマだったけど、すぐに気を取り直して咳払いをした。
「ゴーレムを連れて帰ってきてくれたお礼もあるし、ご飯なら奢るよ。君のゴーレム知識を教えて!」
「フルーツタルトが食べたい」
「まっかせなさい!」
エルマは後ろで大人しくしているゴーレムに視線を移した。
私と狐の歩調に合わせて同じ速度で移動してきたゴーレムは、今は静かに
「すごい……大人しく付いてきて、命令しなくても止まって待ってる! これをこの狐さんが……!?」
「魔力で命令を押し込んだ~。私達はそういうの、得意な種族」
エルマが動かす時は、進んで欲しい時は進め、止めるなら止まれ、そう命令しないとダメなんだとか。町を一周して戻れという命令をちゃんとこなせるか、テストしていたらしい。
「せっかくだんだん良くなってきてるのに、あんまり暴走するならもう作るなって怒られてるの……。今回のことは内緒にして」
「いいよ。ねえねえ、なんで森にいたの~??」
「さあ……。最初は普通に町の壁の脇を歩いてたのよ、途中までは確認した。大丈夫だったから家に帰ったんだ。待ってても来ないから変だなあ、と思いつつ魔石の加工をしてた」
「変だと思ったら探しに行け」
マルちゃんがツッコむ。本当だよ、怪我人が出てからじゃ遅いよ。
エルマは軽く謝るだけで、あんまり反省していない。それより食事に行こうよと話を逸らされた。
「ご飯を食べた方が、いいアイデアが浮かぶに違いない。知り合いの店に行こう」
「栄養補給! 甘いもの!」
「大賛成!」
狐と気が合うなぁ。狐はこのままだとタルトが食べにくいから、と人間に変身した。今度は十歳を過ぎたくらいの、ポニーテールの女の子の姿だ。
「上手に化けるねえ、言われなかったら人間だと信じちゃうよ」
「へっへへ~ん、化けるのも得意!」
化け術を褒められて、狐はとてもご機嫌。
エルマが着替えるのを待って、皆で食事をするお店を目指した。ゴーレムは作業部屋に座ってお留守番。魔力を供給すればいいだけで、食事は必要ないよ。
エルマに案内されたのは、彼女の家から遠くない場所にあるこじんまりした小料理屋さんだった。横開きの戸を開けると、テーブルが六つにカウンター席が見えた。お客はいない。
「いらっしゃいエルマさん、今日はお友達を連れてきてくれたの?」
「ここ街から遠くて、潰れそうだからね~」
常連らしく、案内されるまでもなく席に座るエルマ。マルちゃんが狼のまま店内に入ったけど、注意されなかった。
「昼間は冒険者で混むよ。お嬢ちゃん達、文字が読めなかったら絵のメニューが一つあるから言ってね。私が書いたから、見にくいけど」
「読めるよ~。フルーツタルトちょうだい。今日はケーキを食べたい日」
「残ってたかしら。夜の営業だと、ケーキは昼の残りだけを売っているの。あんまり注文がないのよ。あ、あった。じゃあ残ってるケーキを全部だそうか? エルマの奢りでしょ?」
店員の女性が棚を確認して、小さな丸いフルーツタルトを狐に見せた。狐はとても嬉しそうで、隠していた尻尾がぴょこんと出てしまった。
大丈夫、店員からは死角だから! セーフだよ。
「……奢りだよ。よく分かるね」
「分かるわよ、こういう時はゴーレムが迷惑を掛けたお詫びでしょ」
「正解です」
親しいんだね、よくエルマを理解している。私が感心していると、エルナは口を尖らせた。
「ゴーレムもだんだん性能が良くなってるから! そのうち護衛をさせられるくらいになるもん」
「マルちゃん、ゴーレムって護衛に向いているの?」
「そもそも主人の命令のみに従い、護衛や召使いとして使うんだ。正しく運用できないと、凶暴化するとも言われてる」
なるほど、完成したら便利なのね。
狐はお皿に五個並べられたケーキとタルトを、喜んで食べていた。
マルちゃんは鶏肉、エルマはエルマスペシャルを頼んでいた。
横長のお皿に挽肉を混ぜて味を付けたご飯を盛り、薄く焼いた卵を載せ、左にブロッコリーなどの煮た野菜、右に本日のパスタとポテト、それから余った場所にミニトマトが飾られたプレート料理だ。私もどんなものか興味があったから同じものにしてみたよ。美味しい。
ものぐさエルマが一皿で済ませられて色んな栄養が
「いいねエルマスペシャル。面白いし美味しい。このご飯もいいね」
ご飯をスプーンで、他をフォークで頂く。持ち替えるのが面倒なのか、エルマは全てフォークで食べていた。
「毎回違うんだよ。余りもの料理だから」
「嫌なら作らないよ???」
「ごめんごめん、超美味しい! 最高!」
こんな仲良しさんが経営している美味しいご飯のお店があったら、毎日でも通いたい!
先生の塾も近いし、私まで
ガンガンバーン!!!
デザートを待っていると、けたたましいドラの音が響く。
「襲撃だ!!! 民間人は家に入り、戦える者は外へ! 伝令を飛ばせ、早く!!!」
襲撃? 何かが町を襲ってくるの!?
静かだった郊外を大勢の足音が通り過ぎ、あちこちから会話が繰り広げられる。
「魔物なの? 戦争じゃないって」
「戦える者は正門の方へ行くんだ。あちらから来るらしい」
「宿へ入れ! 酔っ払ってフラフラしてたら、踏み殺されても文句を言えないぞ!」
緊急事態だね、皆が不安だったり殺気立ったりしてるよ。
「ここってそんなに危険な町なんですか?」
「普段はそうでもないのよ。もしかすると、岩だらけの土地に住む獣人族かも。以前、隣国が襲撃されたらしいから。二階は家だから泊まれるよ、帰るなら早くね。外出禁止令が出るわ」
「なんの、防衛に協力します! ね、マルちゃん」
「おう。で、お前らはどうする」
「私、戦い苦手~」
狐は困ったように顔を斜めにした。
「ゴーレムの有用性を知らしめるチャンス!」
エルマは行かねば、と立ち上がった。結局狐も付いてきて、皆で正門へ向かう。
街は騒然としていて、松明を持った兵が班に分かれて走っているのが、とても物々しく感じた。
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